Interlude 1-4:「あの、腰が余っちゃって……動くとずり落ちます……」
【前回までのあらすじ】
ショウ「お部屋汚いな」
ザカザカと箒で集めた部屋の埃を掃き出し窓から外に捨てて、お掃除完了である。
「終わりです」
「ショウちゃん、お手伝いしてくれてありがとう!!」
「お世話になるのでこのぐらい当然です」
感激のあまり抱きついてくるハルアに、翔は冷静に返した。
ハルアとの掃除は大変だった。何せ彼はすぐに掃除から興味を逸らしてしまうのだ。翔が絵の具を片付けている間にハルアはぬいぐるみで遊び始め、翔が床掃除をしている間にせっかく片付けた絵の具で絵を描こうとする始末である。そのたびに翔は「ちゃんとお掃除しましょう」だとか「エドワードさんに怒られますよ」だとか脅したり宥めたりして片付けという仕事を遂行させた訳である。
抱きつかれながら、翔はしみじみと大変な片付け作業を振り返っていた。これは功労賞授与モノである。盛大に褒められて、感謝されてもいいぐらいだ。
すると、
「ただいまぁ、ちゃんと掃除したぁ?」
「お帰り、エド!!」
「お帰りなさ――」
夕飯と翔の日用品の調達を終えて帰ってきたエドワードを、ハルアは溌剌とした声で迎える。翔も遅れて先輩を出迎えるのだが、帰ってきた彼の姿を目の当たりにして言葉を失った。
黒猫のマークが描かれた一抱えほどもある大きな紙袋を抱えたエドワードだが、彼の手には他に平たくて巨大な箱とプレゼント箱かと思うほど大きめの箱が積み重なって抱えられていた。鼻孔をくすぐる香ばしい匂いは空腹を訴える胃袋を刺激するが、その箱の大きさに圧倒された。
外国の食べ物は規格外に大きいと聞いたことはあれど、エドワードの手に握られている箱は想像の倍以上の大きさがあった。夢かなと思って目をこするもまだ箱は存在している。どうやら現実である。
ポカンと立ち尽くす翔に、エドワードが「はいこれぇ」と紙袋を手渡してきた。見た目よりも重さはそこまで感じられない。
「当面の寝巻きと下着ねぇ。無難なものを選んだつもりだけどぉ、趣味じゃなかったらごめんねぇ」
「いえ、揃えてくれただけでもありがたいです」
翔は手短にお礼を述べて、紙袋の中身を確認する。
薄青の上下が揃った寝巻きが3着、黒と灰色と白色のボクサータイプの下着が一揃え。さらに歯磨きセットやタオルといった代物までしっかりあった。シャンプーや洗顔用の石鹸などは共用のものを利用しているのだろう、紙袋の中には見当たらない。
おまけでインク瓶と羽ペン、それから何枚かの羊皮紙まで紙袋の中に詰め込まれていた。こちらは授業に必要な道具だと推察する。わざわざ授業に必要な日用品まで揃えてくれるとはありがたい話だ。
「エド、ご飯は!?」
「今日はショウちゃんも来たからねぇ、ピザを買ってきたよぉ。あとついでにフライドチキンもねぇ」
「やったぜ!!」
豪勢な夕飯の内容に、ハルアが小躍りで喜びを露わにする。どこの世界でも共通でピザはご馳走なのだ。
「あ、えと、夕飯の前にちょっと寝巻きを試着してみたいんですがいいですか?」
「ああ、大きさも心配だからねぇ。待ってるから試着してきなぁ」
「すみません、ありがとうございます」
翔は紙袋から寝巻きと下着を取り出し、それらを抱えて洗面所に向かう。同性とはいえ、それほど知らない相手の前で全裸を晒すような真似はしたくなかった。
背後から「ついていかないのぉ」とエドワードの声が聞こえる。ハルアがついてこようとしたのだろう。窘めてくれるのも助かった。
そして洗面所で寝巻きと下着を着替えてみるのだが、
「…………」
翔は無言で洗面所を出た。
「ショウちゃん、どんな感じぃ?」
「ちゃんと着れた!?」
「…………大変申し上げにくいのですが」
それまで戯れあっていたエドワードとハルアが、同時に翔へと振り返る。
エドワードがわざわざ揃えてくれた寝巻きと下着を身につけてみたのだが、大きさがブカブカだった。腕の長さに袖が合っておらず、萌え袖を通り越して指先まで完全に隠れてしまっている。裾も同じく引き摺るほど余ってしまっており、躓かないか心配になるほどだった。袖や裾の長さは捲れば問題ないのだが、問題は腰である。
翔は何とか手で押さえているのだが、衣類の腰が余りすぎる。手を離せばかろうじて腰骨で引っかかってくれるものの、動き回るとずり落ちてくる。このままでは尻が丸見えになる恐れが出てきた。そんな変質者になりたくない。
泣きそうな顔で、翔は主張する。
「あの、腰が余っちゃって……動くとずり落ちます……」
「嘘でしょぉ?」
エドワードは驚愕の表情を見せると、
「だってショウちゃんの小柄さを見越して1番小さいの買ったんだよぉ。それでもずり落ちちゃうのぉ?」
「えと、ご覧の通り……」
翔はこれが証拠だと言わんばかりに自分の腰を示した。
びろん、と下着と寝巻きの腰の部分を引っ張ってみる。手で押さえないとだらしなくずり落ちた下着と寝巻きのズボンは、どこかみっともなさがあった。エドワードの銀灰色の双眸と、ハルアの琥珀色の瞳が揃って翔の真っ白いお腹と腰に向けられる。
そして、2人揃って悲鳴じみた声を上げた。
「「ほっっっっそ!!」」
「え?」
赤い瞳を瞬かせる翔に、ハルアが半泣きで飛びついてきた。
「ショウちゃん死んじゃう!! 死んじゃうよ!!」
「え? いや死にませんけど。どうしてそんな飛躍するんです?」
いきなり生命の危機を疑われ、翔は困惑した。死に至るような不健康さはないし、まして重篤な病に罹患している訳でもない。ただお腹を見せて死ぬようなことはない。
「ショウちゃんさぁ、何でこんなに腰が細いのぉ? お腹の中身ちゃんとあるぅ?」
「わびゃ」
エドワードからはいきなり腰を両手で掴まれ、翔の口から変な声が出た。ちょっとくすぐったかった。
彼の大きな手のひらで掴まれた翔の腰は、見事に両手で掴めるほど細かった。こんなに自分は華奢なのかと改めて実感する。同時に鶏ガラみたいに細い自分の身体に嫌気が差した。
翔の腰の細さに顔を青褪めさせたエドワードは、やけに真剣な表情で翔の肩を掴む。
「ショウちゃん、まずはご飯を食べようねぇ。太らせないとお洋服が入らないよぉ」
「肉体改造って奴だね!!」
「え、あの」
翔は寝巻きのズボンと下着がずり落ちないように手で押さえて、
「こ、これ以上に小さいサイズはないんですか?」
「それ以上に小さいものだと子供用になっちゃうよぉ。子供用なんて入らないでしょぉ?」
「う……さすがに俺も子供用は嫌ですね……」
エドワードの言葉に、翔も嫌な表情を浮かべる。さすがに子供用の衣服は翔でも着れない。
「はい、ご飯食べよっかぁ。ショウちゃんはハルちゃんのお隣座りなぁ」
「は、はい」
食事を促され、翔はずり落ちる寝巻きのズボンと下着のコンボに四苦八苦しながらも何とかハルアの隣に落ち着いた。冥式と呼ばれる部屋の構造なので、床に座っても大丈夫である。
足の短いテーブルにピザの箱を置くと、もうテーブルがその箱だけで占拠されていた。現実とは思えない大きさの箱が目の前にある。これは食べ切れる大きさなのかと戦慄してしまう。
ピザの巨大さに言葉を失う翔などお構いなしに、エドワードがピザの箱を開けた。
「わあ」
「お肉たっぷり!!」
蓋を開けた箱の中身は、肉がたっぷりと乗せられたピザが鎮座していた。
黄みがかったチーズがこれでもかと振りかけられ、隙間から顔を覗かせる具材はどれもこれも肉ばかり。ピザの生地はふっくらと膨れており、食べ応えがありそうだ。
エドワードは追加で、プレゼント箱の如き大きさの箱も開ける。そちらの中身は山盛りのフライドチキンだった。クリスマス以外でこんな大量のチキンを見るのはあまりない。
「ショウちゃん、しっかり食べなねぇ。目標はピザ3枚」
「3枚……が、頑張ります……」
「そんなに痩せてたら倒れちゃうからね!! 魔法使いは身体が資本!!」
部屋で常備されているという炭酸飲料とビールを片手に、翔が異世界にやってきて初めての夕食会が始まるのだった。
ちなみにピザはこれまで食べたものと比べ物にならないぐらい、お肉がジューシーで美味しかった。何と頑張って2枚は食べたことをここに宣言する。




