Days 2-6:「俺は……誰だ?」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「魔力測定するぞー」
ショウ「おー」
どこからどう見ても魔法少女です、本当にありがとうございました。
「わあ……わあ……」
生徒会長であらせられる銀髪碧眼の魔女から手渡された薄い冊子をペラペラと捲りながら、翔は死んだ魚のような目でそれらを眺めていた。
ページの上を踊る少年少女たちは、格好よくそれぞれの杖を構えている。そのどれもこれもがキラキラと宝石がついていたり、ピカピカと7色に光ったりするのだ。大いに目立つ。玩具みたいである。
そっと冊子を閉じた翔は、音もなくそれを端に退けた。多分、自分の感性がまだ追いついていないのだと思う。まずは別の問題から片付けよう。
「授業数も多いな……」
授業の目録を引き寄せて表紙を捲ると、目次だけで目が痛くなるほどの授業の数が並んでいた。同じ授業の名前でも教鞭を執る教師の名前が異なり、それによって教える内容も差があるのだろう。
周囲に視線を巡らせると、他の生徒は「えー、どれにしよう」とか「この先生の授業を受けてみたいな」とか会話が聞こえてくる。羊皮紙にもスラスラと自分の学びたい授業を書き込んでいる様子だった。翔には何も分からない。
とりあえず何かしら適当に書こうとすると、
「ショウちゃん、魔杖決まった!?」
「わッ」
どすん、と隣に衝撃。見れば、ハルアが翔の隣に腰掛けていた。
翔が授業の目録を眺めていたのを確認すると、ハルアは「魔杖、いいのなかった!?」と聞いてくる。いいのがなかったというより、持つのが恥ずかしいものばかりで標準的なデザインの魔杖が見当たらなかったから、とりあえず見送る方針にした次第である。
翔は首を横に振り、
「まずは授業を選んじゃおうかと思って」
「魔杖を先に選んだ方がいいよ!! 授業でも使うから!!」
「うーん」
翔は困惑する。授業でも使うとなったら、あの魔法少女とか戦隊モノみたいなピカピカゴテゴテのものの中から選ばなければならないのだろうか。
そこで閃いた。そういえば、ハルアも魔法を使うことが出来ないと言っていた。つまり翔と同じく魔力回路とやらが欠如していることに違いない。魔力回路が欠如しているということは、彼も魔杖を所持している可能性が高かった。
「ハルさんは、魔法が使えないと言っていたな」
「そうだよ!!」
「えと、じゃあハルさんは魔杖を使っているのか?」
「うん!!」
「参考までにどんなものを使っているのか見せてほしい」
「いいよ!!」
ハルアは元気よく頷くと、自分の腰元に手をやる。ハルアの腰には革製の帯刀ベルトが巻かれており、そこに短めの黒い棒が括り付けられていた。手のひらで握り込んだら隠し持てるのではないかと思うぐらいの短さである。目算で10センチ程度の長さだろうか。
その黒い棒を手にすると、ハルアは思い切り振り下ろした。すると、カシャンカシャンという金属が擦れ合うような音がして、黒い棒が伸びた。どうやら伸縮できる魔杖のようで、長さは50センチ程度ぐらいになった。
自慢げに己の魔杖を掲げるハルアに、翔は「おお」と小さく拍手してしまった。
「格好いい」
「お気に入り!! ユーリに作ってもらった!!」
「あの人は何でも出来るなぁ」
「出来ちゃうんだよね!! だって魔法の天才だから!!」
ハルアは自分の魔杖を短く縮めながら、
「でも、オレはエドみたいなのがよかったな!!」
「エドワードさんみたいなの? あの人も魔杖を持っているのか?」
「エドもショウちゃんと同じで魔力回路ってのがなくてね!! 魔杖じゃなくて擬似魔力回路の敷設手術ってのをやったんだ!!」
また新しい単語が出てきてしまった。魔杖の他にも擬似魔力回路というものを用いれば魔法を使うことが出来るようになるようだが、手術と名がつく以上は痛みも伴うということになるだろう。
「ええと……」
「今はお洋服で隠れてるんだけど、エドのお身体は刺青だらけだよ!! その刺青が擬似魔力回路って言ってね、魔力回路の役割を果たしてくれてるんだって!!」
翔は反射的に、生徒会長である銀髪碧眼の魔女の後ろでメイド服を着た爆乳美女と睨み合っている先輩に視線を投げかけた。
見上げるほどの巨躯と鍛え抜かれた鋼の如き肉体美を併せ持ち、洋画スター張りの彫りの深い顔立ちをした先輩のエドワードが全身に刺青を彫っていると聞いて妙に納得できてしまった。「似合うな」とも思う。あの彫像めいた筋肉の上に刺青があったら、さぞ映えることだろう。
ただ、翔では刺青は似合わないと思うので――というか反社会的な印象を与えたくないので、
「ハルさんみたいな魔杖がいいなぁ。作ってもらえないだろうか」
「オレの魔杖は作るのにお時間かかったよ!!」
「じゃあ、無理だろうか。俺は、その」
翔は「いつ帰れるか分からないし」という言葉を飲み込む。
召喚魔法と呼ばれる技術で元の世界から誘拐されてきた翔は、いつ帰ることが出来るか分からない状況である。何年も帰れないかもしれないし、もしかしたら明日には帰ることが出来るかもしれない。未来が見通せない状況に立たされているので、用意に時間のかかる制服や『導きの灯火』なるカンテラも見送りとなっている。
当然ながら、ハルアのような魔杖を用意するのも難しいだろう。何せ時間がかかるとのことだ。制服の用意にすら時間がかかるのに、それよりもさらに時間がかかりそうな魔杖を強請る訳にはいかない。
やはりここは迷惑をかけないように、素直にカタログから選ぶべきだろう。ピカピカやキラキラしていても、触るのはほんの一瞬かもしれないだろうから。
「ショウちゃん」
「ハルさん?」
魔杖のカタログに伸ばそうとした翔の手を、ハルアが横から掴んだ。彼の表情は真剣そのものだった。
「これはね、オレの我儘なんだけどね」
「ああ」
「ショウちゃんは、帰る場所があるってことは分かってるんだけどね」
「うん」
「オレは、ショウちゃんにいてほしいな。この学校で一緒にお勉強して、楽しいことをいっぱいしたいな」
ハルアは寂しそうな声音で、そう言った。
この先輩は、本当に面倒見がいい。新入生など数え切れないほどいるし、彼の後輩は両手の指で何度数えても足りないぐらいに在籍している。それなのにこうして気にかけてくれるのは嬉しいが、同時に申し訳なさもあった。
だが、翔はそんな感情をおくびにも出さない。きっと、父親ならそうしないから。
「ありがとう。俺も、出来れば帰りたくはないな。ハルさんと一緒に魔法のお勉強がしてみたい」
「うん、ショウちゃんと一緒ならオレも頑張れそう!!」
満面の笑みを見せたハルアは、
「ショウちゃんは何の授業を受けるの!?」
「えっと」
「ショウちゃんは何が好き!? どんなことが得意!? 魔法の授業は苦手なものよりも得意なもので固めた方がいいんだよ!!」
「好き……」
ハルアの言葉を反芻し、翔は魔法の授業が網羅された目録を見やる。
好きなものや得意なもので授業を固めるのがヴァラール魔法学院では常識らしい。ハルアの言葉では「魔法の授業は危ないからね!!」だとか。危険なものならば得意教科で固めることで命を失う可能性を回避できる、という寸法なのだろう。
その話を聞いてしまうと妙に納得してしまうが、翔は困惑するしかなかった。授業の目録を捲ってみるも、多数の見覚えのない授業名らしきものがずらずらと並んでおり、選ぼうにも悲しいことに文字が読めない。
いいや、それよりも。
(好きなもの――好きなもの?)
好きなものとは何だっただろうか。
得意なものは一体何だっただろうか。
こんな時に、父親だったら――――!!
「――――!!」
ガタン、と翔は椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がっていた。
時間割の作成作業に没頭していた新入生たちが、新入生たちの監督をしていた生徒会と呼ばれる先輩たちが――隣に座っていたハルアが不審な目でこちらを見上げていた。その場の誰もが翔の一挙手一投足に注目していた。
全身に不審な視線が突き刺さることなどお構いなしに、翔はその場で立ち尽くす。気持ち悪い。頭がぐるぐるする。思考がまとまらない。耳鳴りが酷い。
それよりも。
(俺は、また)
吐き気がした。
胃の底から迫り上がってくる胃液を喉の奥に押し込み、それでもなお腹の中に蟠るぐるぐるとした気持ち悪さは消えない。気がつけば、翔は教室を飛び出していた。
後ろからハルアの声が投げつけられる。それでも止まれない。静かな廊下を、翔は行くあてもなくただ走った。この世の常識で塗り固められた、自由な世界から逃げ出した。
(俺、は)
どれほど逃げたのか分からない翔は、廊下の壁にもたれかかり、その場にずるずると座り込む。
「俺は……誰だ?」
頭を抱え、掠れた声が口から滑り出た。
好きなものも、嫌いなものも、得意なことも、苦手なことも。
翔自身のものではなかった。




