Days 2-7:「世界で最も優しい魔女で生徒会長様だぞ」
【前回までのあらすじ】
ショウ「俺は誰だ?」
ガタン、という音が教室中に響いた。
「?」
ユフィーリアが視線をやると、ショウが座席から立ち上がっていた。時間割作成の作業にあたり何か質問でもあるのかと思ったが、彼の纏う雰囲気から判断してどうにも違うような気がする。
顔色は悪く、夕焼け空を溶かし込んだかのような双眸は見開かれている。身体全体は小刻みに震えているようだった。見るからに体調不良だろう。
周囲が怪訝な表情を向ける中、ショウは自分の口元を押さえると慌てた様子で教室から飛び出した。
「ショウちゃん!!」
ハルアが後輩を追いかけようと座席から立ち上がるが、ユフィーリアが「座れ」と短く命じた。
「アタシが行く。お前は待機」
「何で!? オレ、ショウちゃんのお世話やるって言ったよ!!」
「『導きの灯火』を使っても方向音痴を発揮するお前が追いかけられる訳ねえだろうが」
ハルアはかなりの方向音痴である。看板とは逆方向を突き進むのは当たり前、迷宮と化したヴァラール魔法学院に於いて必需品と呼べる『導きの灯火』を用いても反対方向に突き進んで迷子になるのは日常茶飯事なほど方向感覚はアホである。たまに第六感が働いて目的地に到着できるが、十中八九、ショウを追いかけることによって二次被害が出る。
自分が方向音痴であることを理解しているようで、ハルアはしょんぼりと肩を落としてその場に着席した。大人しく後輩の帰りを待つ選択をしたらしい。賢明な判断である。あの場で飛び出そうものならば、氷漬けにしてでも止めていたかもしれない。
ユフィーリアはエドワードとアイゼルネへ振り返り、
「エド、アイゼ。ここは任せる」
「はいよぉ、行ってらっしゃい」
「気をつけテ♪」
睨み合っていた2人だが、意外にも快くユフィーリアのことを送り出してくれる。
新入生たちの不安げな、それでいてどこか好奇心が滲む視線の群れを振り切るように、ユフィーリアは教室を飛び出した。扉を閉めると、その向こう側からエドワードが新入生たちを取りまとめる声が聞こえてくる。頼りになる副会長を持って生徒会長としては満足だ。
転送魔法でカンテラを手元に呼び出したユフィーリアは、軽く揺らして燭台代わりに置かれた小さな魔石に衝撃を与える。小さな魔石はカンテラのガラスと衝突して跳ね回り、キンコンコンという音を奏でたのちにポウと淡く輝いた。
カンテラから伸びる光の道筋に従い、ユフィーリアは伽藍とした廊下へ足を踏み出す。その足取りに迷いはなかった。
「ッたく、ショウ坊はどこに――お」
カンテラから発される光を頼りに迷宮と化した校舎内を歩くユフィーリアは、廊下の真ん中に蹲る人影を発見した。黒い髪に軍服の如き黒装束を身につけた背中。間違いなくショウである。
廊下の壁にもたれかかる彼は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していた。明らかに体調不良の様子である。今朝はそんな様子など見かけなかったのに、原因不明の体調不良に見舞われたか。
ユフィーリアは慌ててショウに駆け寄り、
「おいショウ坊、大丈夫か? 体調不良なら保健室に行くぞ」
「へ、いき……です……」
ガタガタと震えながら、ショウは平気だと主張する。その主張は明らかに無理をしているようにも見える。
顔色は青を通り越して白くなり、今にも嘔吐が始まりそうな雰囲気がある。本人は口を押さえて必死に堪えているのが何よりの証拠だ。このままでは大惨事を引き起こす。
とりあえず保健室まで転移するかとユフィーリアはショウの肩を抱き寄せると、
「俺じゃない、です」
「は?」
「好きなものも、嫌いなものも、趣味も、特技も、全部、俺のものじゃないんです」
急に、何の脈絡もないことを語り始めるショウ。
ユフィーリアはただ首を傾げるしかなかった。
好きなものも嫌いなものも、趣味も特技も、全て彼自身を構成する情報だった。閲覧魔法ではそれらが表示されている。異世界の文字で書かれているので読めはしないが、閲覧魔法で読み取られた以上は嘘ではないだろう。
それなのに「俺のものじゃない」の発言は、つまり彼自身を構成する情報が虚構であるということで。
「えーと、それはつまり情報は全部偽物という訳で。閲覧魔法を騙すような何らかの強力な魔法をかけられているって理解でいいか?」
「違いますね」
「じゃあ洗脳魔法?」
「物騒」
いつのまにかショウは元気を取り戻していた。ユフィーリアの質問にも素早く切り返していた。顔色もやや改善されてきたのだが、いつまた体調不良に陥るか心配である。
「ええと、ちょっと洗脳とは違いますか……いや違わないような、当たらずとも遠からずと言いますか……」
「じゃあ何だってんだ?」
「俺は父親のようになるように教育を受けてきました」
「?」
ユフィーリアは再び首を傾げた。その教育の何が悪いのだろうと疑問に思う。
どこの家庭でも「親の背中を目指せ」と教育を受けるのは当たり前だろう。両親が偉大であるなら尚更である。子供も尊敬できる人間は両親だと答えるのが大半だと思う。
その雰囲気を感じ取ったらしく、ショウは「ちょっと語弊があって」と説明する。
「喋り方や性格、態度、それに思考回路に至るまで父親に寄せるように教育を受けました。『父親のように振る舞え』と」
「何だそれ、親父の影武者にされてたってことかよ」
「影武者……」
ショウは「それならよかったんですけどね……」と小声で言い、
「父は俺が4歳の時に亡くなり、母は俺を産んだあとにすぐ死にました。俺は叔父夫婦の元で育てられましたが、叔父が大層父親を尊敬――いえ執着していたようで」
そこから先は、説明の通りだ。
ショウは、自分の父親と容姿が似ていたらしい。そのせいで自分の父親に執着心を抱く叔父夫婦に目をつけられ、引き取られ、父親と同じような性格や言葉遣いや趣味や特技に至るまで教育を受けた訳である。
だからこその「俺じゃない」発言に結びつくのだ。そこまで説明されて納得した。――納得していいものではないような気がしないでもないが。
「だから、俺は俺自身が何をしたいのかも分からないです。何が得意で、何が不得意で、何が好きで何が嫌いなのかも。全部……全部……」
「なるほどな」
父親のようになれと強要され、父親の真似事ばかりを幼い頃から繰り返させられ、徹底的に自分を抑圧された人生を送ってきたショウに、ヴァラール魔法学院の自由な校風は合わなかったようだった。
彼は「父親ならばどんな時間割を選ぶか」ということは考えられるが、ショウ自身が好きな教科を選ぶとなったら出来なくなってしまう。自分自身の好きなものも嫌いなものも押さえつけられて、分からなくなってしまったがゆえの弊害だった。
ショウは顔を俯かせ、
「だから、すみません。俺は、この学校には相応しくないかも……」
「よーし、分かった」
ユフィーリアは頷き、
「じゃあ、ショウ坊の時間割はアタシが作ってやろう。心優しい生徒会長様に感謝しろよ」
「え?」
俯かせていた顔を上げ、ショウは赤い瞳を瞬かせた。
「えと、出来るんですか?」
「ウチで学べる授業は幅広いからな、とりあえず適当に学んでおけば何が好きで何が嫌いかってのもハッキリしてくるだろ。こういうのは経験することに意義がある。経験もしないうちから『合う』だの『合わない』だの決めるのは早い」
ユフィーリアはショウに手を差し伸べ、
「だからショウ坊、お前がお前自身の好きなものを見つけられるまではアタシがお前を導いてやる。だからそんな悲しいことを言うなよな」
「…………」
ポカンとした表情を見せていたショウだが、やがてその表情が綻んだ。
「貴女は、とても優しい魔女ですね」
「おうよ。世界で最も優しい魔女で生徒会長様だぞ」
「貴女のような魔女に導いてもらえるなんて俺は幸せ者です」
「何だか宗教みたいに聞こえるから止めようか、そうやって言うの」
差し伸べた手にショウが己の手を乗せ、ユフィーリアは彼の手を引いて新入生で賑わう元の教室に戻っていくのだった。




