Days 2-5:「魔法を使うことが出来ねえ」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「いいなー、図書棟。本読みてえ……」
それから校舎案内を手短に終え、ついに今回最大のイベントが到来した。
「さて、新入生諸君。お待ちかねの時間割作成のお時間だ!!」
教室棟の最も広い教室を借り受け、ユフィーリアは教壇の前に立つ。
等間隔に並んだ長机と長椅子に、新入生たちがお行儀よく着席していた。誰も彼もこの瞬間を待ち侘びていたと言わんばかりに期待感に満ちた目を、教壇の前に立つユフィーリアに向けている。校舎案内よりもこの時間を楽しみにしていたことだろう。
これより始まるのはヴァラール魔法学院で生活する上で最も重要で、最も楽しい時間――『時間割作成』である。自由と自主性を尊重するヴァラール魔法学院では、生徒が自ら時間割を作成するのが醍醐味となっていた。無数にある授業数の中から好きなものだけを選び、休憩時間も自由に設定し放題という何とも自由度の高いものとなっている。
「時間割作成の上で注意すべきことがある。ちゃんと寝ないで聞いてろよ」
「「「「「はい!!」」」」」
「お元気そうで何よりだ」
元気よく返事をしてきた新入生たちに微笑を投げかけたユフィーリアは、時間割作成の注意点を発表する。
「1つ、ヴァラール魔法学院で1日に受けられる授業のコマ数は最大で6コマだ。1コマが90分の授業になってるから詰め込みすぎには気をつけろよ」
ヴァラール魔法学院の授業時間は90分制と、他の学校と比べると桁違いに長い。これは生徒数の多さが起因しており、出席している生徒全員に魔法を実践させるとなると時間がかかるのだ。
補足になるが、ヴァラール魔法学院の授業方式は実技が中心である。お行儀よく椅子に座って教科書を読んだり、授業内容を羊皮紙に書き写すこともない。魔法の勉強は身をもって体験するのが上達の近道である。
ユフィーリアは「2つ」と言い、
「時間割の変更は、授業開始の1時間前までに行うこと。ギリギリでの出席変更は、先生方の負担にもなるからな。変更したい時は時間にも気を配るように」
時間割を自分で作成することが出来るのがヴァラール魔法学院の魅力だが、時間割の変更が簡単なこともまた魅力的である。だが、ホイホイと変えられてしまうと教職員も出席の把握が大変になってしまう。
その時に必要となってくるのが『1時間前変更ルール』である。これは教職員が自分の担当する授業に出席する生徒の人数を事前に把握しておく為に言い渡された、ヴァラール魔法学院の暗黙の了解だ。規則を破れば単位はない。
ユフィーリアは「最後に3つ」と指を3本立てると、
「必修科目は週に2コマ以上は入れること。1年間でそれぞれ100コマ分の単位を取ってないと落第になるからな」
自由に時間割を作成できるのはいいが、世の中には必ず学ばなければならない分野が存在する。その分野をヴァラール魔法学院では必修科目と呼んでいる。
その必修科目は全員が共通して学ばなければならないものであり、苦手だろうが何だろうが出席する義務が発生する。一定の単位を取得できなければ――つまり一定時間、必修科目に出席しなければ落第となってしまうのだ。
時間割作成の注意点を発表し終え、ユフィーリアは人差し指を雑に振った。
「お前らの前に時間割の紙と、ヴァラール魔法学院で受けられる授業の冊子を置いておく。参考にするように」
新入生たちの目の前に置かれたものは、縦が7マス、横が6マスの図形が描かれた羊皮紙と嫌に分厚い冊子だった。
分厚い冊子の方は、ヴァラール魔法学院で受けることが出来る授業が網羅された手引書だ。同じ授業でも違う教師が教鞭を取ることもあり、主にどんな内容の授業を執り行うのかという内容が取りまとめられている。授業を選ぶ際の参考資料である。
手引書のページを捲って授業を羊皮紙に書き込んでいく新入生たちの姿を横目に、ユフィーリアは「ショウ坊」とショウを呼んだ。
「お前はこっち来い」
「え」
「痛いことはしないから」
「はい……」
目の前にずしんと置かれた手引書をペラペラと捲っていたショウは、ユフィーリアに呼ばれて恐る恐る駆け寄ってくる。何故かハルアもついてきた。
おそらくショウをこの世界に召喚した何某の出現に警戒しているのだろう。彼の琥珀色の双眸は忙しなく周囲に巡らされており、ショウからも視線を離さない。後輩思いの優しい先輩である。「ちゃんと面倒を見る」と宣言したことは有言実行できているらしい。
不安げにこちらを見てくるショウに、ユフィーリアは手のひらに収まる程度の水晶玉を差し出した。
「今からお前の魔力総量を計測する。他の新入生は入学試験の際に測定済みだからな」
「この水晶玉を使うんですか?」
「この水晶玉に手のひらを乗せるだけで十分だよ」
ほい、と差し出した水晶玉に、ショウが恐々と手のひらを乗せる。べたりとショウの手のひらが水晶玉に触れると、透明な球体の内側に白い靄が溜まっていく。
この靄の濃度が魔力総量を示している。魔力の量が多ければ多いほど白い靄の濃度が増していき、水晶玉が真っ白になればかなり多くの魔力量があるという証になる。余談だが、ユフィーリアや学院長のグローリアは魔力量が規格外と言われているので、この水晶玉をお釈迦にした回数は数知れずである。
そうしてしばらく水晶玉に手を置いてから、魔力総量の測定結果が提示された。
「ん、なかなか量が多いんだな」
「……これで分かるものなんですか」
「まあ、慣れればな。さて」
測定結果が提示された水晶玉をアイゼルネに回収させ、ユフィーリアはショウに自分の両手を差し出した。
「はい、次。魔力回路の強度測定」
「あの、この手は?」
「外部から魔力を流す為に決まってんだろ。本来は計測員がいるけど、そんな都合のいい奴を用意するのが面倒だからアタシが代わりにやる」
「え」
ショウは固まった。
言い換えれば、ユフィーリアと握手をしなければならないという訳である。目の前に絶世の美貌を持つ魔女が迫るのだ。しかも自分の手を握るというおまけ付きである。
新入生の数名が、恨めしげな視線をショウの背中に突き刺していた。それもそのはず、ユフィーリアは生徒人気の高い生徒会長様である。1人の生徒が握手をして計測されるのは羨ましがられることだろう。
そのことをショウは理解しているのか、そっとユフィーリアから距離を取った。
「あの、せめて別の人が。ハルさんとかはダメですか?」
「ダメだね!! オレ魔法使えないから!!」
「それは、魔法学校の生徒として致命的では」
「知恵と工夫で頑張るんだよ!!」
ハルアは笑顔でショウの申し出を断った。
残念ながら、ハルアは魔法が使えない。子供の児戯である簡単な魔法も使うことが出来ないのだ。魔法の呪文を唱えてみてもうんともすんとも反応しないのである。だから魔法の授業では知恵と工夫とほんの少しの技術でどうにかしているに過ぎない。
あちこちに視線を彷徨わせて逃げ道を探すショウは、次にエドワードに目をつけた。
「では、あの、エドワードさんは」
「俺ちゃんは苦手なんだよねぇ、そういう魔力の操作的なぁ」
エドワードは申し訳なさそうに「ごめんねぇ」と謝る。残念ながら、この場で魔力回路の強度を測定することが出来るのはユフィーリアぐらいのものだ。
「ほら、ショウ坊。観念しろ」
「うう……」
ショウは一生懸命、自分の手のひらを服で擦ってからユフィーリアの差し出す両手に己の手のひらを乗せた。
「よろしく、お願いします」
「よし。じゃあ力を抜いてろよ、痛くねえからな」
そう呼びかけてやり、ユフィーリアは自分の手のひらに魔力を流し込む。それから手のひらを伝わせて、ショウの身体に流し込んでやろうとした。
この試験は『魔力回路の強度測定』と言い、魔力回路に外部から魔力を流してどれほどの強度があるのかを測定するのだ。魔力回路とは魔法を使う際に魔力を流し込む血管のようなもので、魔力を魔力回路に流し込んで魔素と反応させることで魔法が成立するのだ。強度を測定するのは、大規模な魔法を使う場合に魔力回路の強度の高さが必要だからである。
そんな訳でどこの魔法学校へ入学する際にも魔力回路の強度測定を執り行うのだ。今回も同じである。
「お?」
ユフィーリアは頓狂な声を漏らした。
ショウに流し込んだはずの己の魔力が、何故か霧散して消えたのだ。まるで底の開いた壺に水を注いでいるかのように、魔力が流れない。
この現象から考えられる可能性としては1つだけだ。この世に於いて、ごく一般的な現象である。
「魔力回路がないのか。自力で魔法を使うのは難しいな」
「え……」
ショウの顔が、明らかにショックを受けたように引き攣る。
「それは、その、魔法学校に在籍する身として適しているのでしょうか。お荷物では……」
「まあ、魔力回路が全くないって状態は珍しいけど。でも今じゃむしろちゃんと全身に魔力回路を備えている方が珍しいな」
世の中は誰もが魔法を学ぶことが出来る時代である。魔法の行使に必要とされる魔力回路が欠けていたとしても、工夫次第では魔法が使えるようになる。
むしろ、今の時代は魔力回路が全身に備わっている方が珍しいのだ。魔女や魔法使い同士で血統を維持していた時代は限られた人間しか魔法を使えず、だからこそ魔力回路も全身に備わった人間が多かった。今や誰でも魔女や魔法使いを目指せる時代である。魔力回路が欠けている人間の方が多い。
そんな彼らが安定して魔法を使う為に、外部に魔力回路を敷設した補助装置が開発されていた。
「じゃあ、ショウ坊は魔杖選びからだな」
「魔杖?」
「魔力回路がなかったり欠けたりして自力で魔法を使えない奴らの為に、外部に魔力回路を持つ補助装置が開発されてんだよ。それが魔杖だ。魔力を流して呪文を唱えりゃ魔法が使えるから、安心して授業が受けられるぜ」
ユフィーリアは「そんな訳で」と右手を振って新たな冊子を転送させる。
表紙には煌びやかな杖を握りしめた少年少女が、華麗にウインクを決めた様子が描かれていた。題名は『これでアナタも魔杖デビュー!!』である。初めて魔杖を持つ人間用の魔杖カタログであった。
カタログをショウに手渡し、ユフィーリアは言う。
「その中から選べよ。まあちょっと時間はかかるけど、なるべく希望通りのものは用意するから」
「……あの」
ショウは困ったように眉を下げ、
「これ、女の子用だったりしませんかね。中身が全体的にキラキラしてますが」
「キラキラしてていいだろうがよ。ピカピカ光ったりするものもあるぞ」
「普通のってないんですか?」
「盗難防止とかすり替え防止で見た目が派手な奴をお勧めしておく」
ちなみに現在の流行は『魔法少女』であった。短めの杖に煌びやかな宝石がこれでもかとくっついた代物で、デザインが無数に存在することから自分だけの魔杖を調整できることで人気が高い。
このタイプの魔杖を持つのは女子が多いが、中には男子も持つこともある。というか、男子は木の枝みたいな魔杖がピカピカと7色に光ったりする方が人気であった。光るのは万物共通で人気が高いらしい。ユフィーリアも現代に生まれていれば、ビッカビッカでゴッテゴテの超豪華仕様の魔杖にしていたかもしれない。
ショウはそっと冊子を閉じ、
「考えさせてもらってもよろしいでしょうか」
「決まったら教えろよ。注文しておくから」
「はい……」
力なく頷いたショウが自分の座席に戻るのを、ユフィーリアはただ静かに見送った。




