Days 2-4:「図書棟ではお静かにお願いします」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「愉快な副学院長でごめんな」
次なる場所は図書棟である。
「待ってたよぉ、ユーリぃ」
「おう、エド。不審者はどうだった?」
「懲罰棟の独房にぶち込んできたよぉ。3回ぐらい叩いたら大人しくなったぁ」
「殺してねえか?」
「息はしてたよぉ」
図書棟の入り口で番犬よろしく待ち構えていたエドワードと合流を果たし、ユフィーリアは不審者に関する報告を受けることになった。この筋骨隆々とした男に殴られて、果たして無事で済むだろうか。
すると、ハルアがショウの手を引いてエドワードに歩み寄った。膝を折って目線を合わせたエドワードに、ハルアが「副学院長がね」とこしょこしょと何やら耳打ちし始める。報告を聞いていくたびにエドワードの表情が曇っていき、背後からドス黒いオーラのようなものが噴出していた。ハルアに手を引かれるショウは、何だか泣きそうな表情を見せる。
エドワードはハルアの頭を撫でると、
「ご苦労」
「あい」
「ショウちゃんもねぇ、見かけたらパンチしていいからねぇ。油断も隙もない」
「ぱんち……」
ショウは泣きそうな表情のまま、己の貧弱な拳を握りしめる。頼りなさそうであった。
「何話してんだ」
「男と男の問題だよぉ、ユーリぃ」
エドワードは取り繕うように笑顔を見せると、
「それよりもぉ、次は図書棟の案内じゃないのぉ? 今なら利用者は少ないよぉ」
「あとで会話の内容を吐かせるからな」
「意地でも吐かないから安心してぇ」
強制的に話をすり替えられたような気がしないでもないが、新入生を待たせるのも気がかりである。ここは校舎案内を続けることにしよう。
先頭を歩くユフィーリアは、図書棟の天鵞絨張りの扉を押し開ける。蝶番が軋む音が耳朶に触れた。扉を開けると同時に紙とインクの独特な香りが鼻孔を掠める。
水を打ったように静かな空気が、開け放たれた図書棟の扉を潜り抜けて肌を撫でた。呼吸音どころか心音まで捉えることが出来そうなほど静謐に満たされている。かすかに鼓膜を揺らす話し声は、背後に控えた新入生たちの囁き声か、それとも図書棟を利用する在校生か。
そして、ユフィーリアたちはついに図書棟に足を踏み入れた。
「わあ……」
その感嘆は、果たして誰のものだったか。
円形の階層はどこまでも上空に伸びており、弧を描く壁に沿って本棚が配置されている。螺旋を描くように通路が設置されており、在校生が言葉を交わすことなく行き交っていた。
特徴的なものは、本棚と本棚の間に設置された扉だろうか。等間隔に扉が置かれており、利用者は扉を開けてその向こうに姿を消したり、または扉の向こうから出てきたりしている。あの扉にも意味があるのだ。
「ヴァラール魔法学院の図書棟には、魔導書だけで約3000万冊収納されている。それ以外にも小説とか図鑑、新聞、漫画、画集まで合わせると5000万以上はあるな。好きな時に借りることが出来るから、勉強熱心な新入生諸君は積極的に利用するように」
「魔導書とは何ですか?」
「お、ここでもショウ坊の質問力が冴え渡るな」
間髪入れずに質問を飛ばしてきたショウに、ユフィーリアは感心する。やはりこの異世界出身の少年、頭が大変よろしい。空気も読める。
「魔導書は魔法を学ぶ為の教科書だ。初級、中級、上級、特級の全部で4段階に種類が分かれてて、本そのものに魔法がかけられてる。ちなみに魔導書を読む為に魔法を解く授業が『魔導書解読学』だな」
「好き嫌いが分かれそうな授業ですね」
「お、分かる?」
ユフィーリアは肩を竦めると、
「実はこの授業、エドの大の苦手な授業でな。魔導書解読学は必修科目にもなってるから受けろって言ってんのに、あの手この手で逃げるんだよ」
「ダッセェよね!!」
「ハルちゃん殴るよぉ」
呆れるユフィーリアへ同調するようにハルアが馬鹿にすると、彼の脳天に容赦なくエドワードが拳骨を叩き込んでいた。頭蓋骨から聞こえてはいけない音が聞こえてきた。
脳天に強烈な一撃をもらったハルアは、声にならない悲鳴を上げて図書棟の床をのたうち回っていた。余計なことを言わなければ殴られなかったのに、彼は進んで先輩の地雷を踏みにいくものである。
すると、
「ん゛、ん」
どこからか、やけに大きめな咳払いが聞こえた。
顔を上げると、こちらを厳しい目で睨みつけてくる老婆が受付に座っていた。魔導書などを借りる際に受付をしてくれる司書である。綺麗にまとめられた白髪と細い鎖で繋がれた銀縁の眼鏡、乱れなく着こなすスーツという生真面目を体現したかのような女史が冷たい視線を容赦なく刺してきた。
ユフィーリアは申し訳なさそうに、
「すまん。でも新入生を案内してるから見逃してくれ」
「多少のことは目を瞑りますが、図書棟ではお静かにお願いします」
司書の老婆は『お静かに』という部分を殊更強調して告げ、手元の分厚い書籍に視線を落とした。相変わらず厳しい司書である。
「あー、で。構造は1階部分が図書館の閲覧フロアとなってる。1階以上は全部本棚だ」
ユフィーリアたちが現在立っている階層は、見渡す限り4人がけのテーブル席やソファ席などが用意されていた。寝転がりながら読書を楽しめる大きめのクッションや壁などで仕切られた1人用の座席など、多種多様な座席が存在している。
基本的に図書棟では、喋ること以外は何に関しても寛容だ。飲み物を飲みながら読書を楽しんだり、寝転がりながら魔導書の研究をしたり、おやつを食べながら他の授業で出されたレポートを書いたりなど行動は自由である。
広々とした閲覧フロアを目の当たりにして、ショウがポツリと言う。
「これだけ広かったら、目当ての本を探すのにも苦労しそうだ」
「実際、苦労するよ。何せここだと魔法が上手く使えねえ」
ショウの呟きをしっかり拾ったユフィーリアは、
「さっき、魔導書は魔法がかけられてるって言ったろ。3000万冊もあるからな。魔導書にかけられた魔法が漏れ出して競合しあってるせいで、魔法が安定して発動しねえんだ」
「では、目当ての本を見つけるには自力ですか? 3000万冊もあると、さすがに探すのが大変だと思いますが……」
「時間がある場合は自力で探すのも醍醐味だが、忙しい時や面倒な時はバイトを使う」
ユフィーリアが「受付のところにあるだろ」と言い、司書の老婆が座る受付を指差した。
受付に設置されたコルクボードには、多くの羊皮紙が張り付けられていた。羊皮紙に記載されているのは本の題名である。1冊だけしか記載していないものから、数十冊にも及ぶ題名がずらりと並んでおり、中には『緊急』や『至急』などと主張して急ぎの依頼であることを示していた。
「魔導書拾いって言ってな、金を払って目当ての魔導書を探してきてもらうんだよ。金のない学生にとっては割りのいいバイトだぜ」
「なるほど、お金で時間を買うということですね」
ショウは納得したように頷くと、周囲を取り囲む本棚を見上げた。
「でも、この程度の本棚の量だったらすぐに見つかりそうな気配がありそうですが……」
「おいおい、表面だけ見て判断するのはよくねえな」
ユフィーリアは本棚と本棚の間に置かれた扉を示すと、
「あの向こうにも本棚があるんだよ」
「……扉が多すぎません?」
「裏側は迷路みたいになっててな。だから魔導書拾いに頼る生徒や教師がいるんだ。何年か前は魔導書拾いから帰って来れなくなって、図書棟で餓死寸前にまで陥った生徒がいたな」
ユフィーリアは軽い調子で笑い飛ばすも、ショウを含めた新入生たちは笑っていなかった。図書棟で餓死寸前にまで追い込まれるなど想像できない。
だが事実、ヴァラール魔法学院の校舎も広ければ図書棟も迷路のようになっているので迷いやすい。特に図書棟の場合は魔法が安定して使えないという欠点を抱えている。方向音痴にとって図書棟は鬼門だろう。
その時、
「――きゃああああああ!!」
甲高い悲鳴が、図書棟全体に響き渡る。
弾かれたように顔を上げると、螺旋状に設置された通路から女子生徒が投げ出される。大量の魔導書や一般書籍を抱えたせいでバランスを盛大に崩したのだろう、空中に身体を投げ出した少女と同じように書籍が雨の如く降り注ぐ。
少女の姿を認識するなり、ユフィーリアは即座に動いていた。閲覧フロアに置かれた机を足場にし、高く飛び上がる。同時に魔法で空中を浮遊することで体勢を維持し、落ちゆく少女を見事に受け止めた。魔導書から漏れ出る魔法のせいで安定して魔法が使えないというのに、難なく魔法を使いこなす手腕はさすが魔法の天才と言えよう。
だが、
「しっかり捕まって――ッ!?」
少女を受け止めた際、ユフィーリアは右肩に激痛を感じた。
反射的に視線をやれば、落下する恐怖を紛らわせる為にしがみついてくる少女の手がユフィーリアの剥き出し状態となった肩を掴んでいた。少女の手のひらがユフィーリアの肌に触れた箇所から火傷したように赤くなっていく。
魔法を使ったことで体温が低くなる『冷感体質』の弊害だった。冷気を逃がさないと人肌に触れただけでも火傷を負ってしまう。今ほど自分の体質を恨んだことはない。
悲鳴を噛み殺し、ユフィーリアは魔法の出力を緩めて徐々に高度を下げていく。そして図書棟の床に着地を果たし、抱えていた少女を解放してやった。
「大丈夫か、怪我は?」
「は、はぃ……あッ!!」
少女は、ユフィーリアの右肩に残された火傷痕を目の当たりにして顔を引き攣らせる。
「そ、それ、まさか私がッ」
「気にするな。こんなの回復魔法でもかけときゃ治る」
ズキズキと痛みを発するものの、ユフィーリアは少女を心配させまいと笑い飛ばした。――背後から傷よりも痛い視線が突き刺さってくるが、今は振り返れない。
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアは閲覧フロアに散らばった本を集めてやる。それらを少女に渡して「気をつけろよ」と念を押した。ユフィーリアならばまだ対処は出来るが、一般の生徒はそうともいかない。
泣きそうな顔で何度も謝罪をする少女に手を振り、ユフィーリアは校舎案内に戻ろうとするのだが、
「ユーリぃ?」
「……今は説教しないでくれるか、エド」
冷たい眼差しを寄越してくるエドワードに、ユフィーリアは苦笑いで応じる。
「あの生徒もわざとやった訳じゃねえ。何度も謝ってんだからそれでチャラにしてやれよ」
「…………」
「返事」
「…………はいよぉ」
まだ納得したような雰囲気ではないが、エドワードの口から低めの声で了承するような返答があった。その証拠に、男前な顔立ちが不細工になるほど歪んでいる。残念ながら納得してくれなければ困る。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、冷えた身体から冷気を吸い出す。白い煙を吐き出しているうちにアイゼルネが楚々と近寄り、素早くユフィーリアの右肩に回復魔法をかけてくれた。
魔法によって右肩の火傷痕は綺麗に治癒され、痛みも幻想のように消え去る。ついでと言わんばかりに腕に引っかかったままにしていた大きさの合わない制服のローブを、肩まで引っ張り上げていった。
心配そうにこちらを見てくる新入生たちに向けて、ユフィーリアは何事もなかったかのように笑顔を見せた。
「さて、司書のお姉様に挨拶して次に行こうか。まだまだ行くところはあるからな」
お邪魔しましたー、と辞去し、ユフィーリアは次の設備に向かうのだった。




