Days 2-3:「説明の役割を奪ったから生徒会長様はご機嫌斜めっスねー」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「迷宮区じゃねえ、学校だ」
お次は魔法工学棟である。
「魔法工学の分野は専用の授業棟が用意されてる。扱う品物の数が多いし、何より巨大なものを作るからな」
ユフィーリアが新入生たちに説明しつつ足を踏み入れたのは、鋼鉄の塔だった。
足元の床は真っ赤な絨毯から打って変わり、頑丈な鉄板が敷かれている。歩くたびにガンガンという足音へさらに金属音を追加したような独特の音が塔内に響き渡る。それまでの豪奢な様相とは違い、魔法工学棟と呼ばれる場所は無骨で油臭い場所だった。
新入生たちも大いに警戒しているが、中には目を輝かせて周囲を見回す生徒も存在する。なるほど、彼らは魔法工学の分野に興味があってヴァラール魔法学院にやってきたのかもしれない。
「ここの魔法工学は外よりも数百年先に進んでるって言われてる。何せ魔法工学を専門的に教えてる教職員は選りすぐりの変人だからな、突飛な思考でいつも驚かせてくれるよ」
「具体的には何を作るんでしょうか」
「ショウ坊はほしい時にほしい質問をくれるな。お前は優秀だよ」
異世界出身の少年の聡明さに舌を巻きつつ、ユフィーリアは魔法工学の授業内容について説明しようとする。
「魔法工学ってのは」
「歯車や発条などから構成される『機械構造』を魔法によって自動化し、魔法を使えない一般人でも生活をラク〜にしてくれる便利な発明品である魔法兵器を開発・構築・実験する分野っスよー」
ユフィーリアの説明を横から気怠げな声が奪い取る。
不機嫌そうに声の方向へ視線をやれば、何やら厳めしい見た目の車椅子がゆっくりと進んでくる。車輪を押している訳でもなく、後ろから押してくれる人物がいる訳でもなく、車椅子はそれでもひとりでに動いていた。魔法の知識のない一般人が目の当たりにすれば、すわ幽霊の仕業かと勘違いするだろう。
車椅子にお行儀よく腰掛けているのは、背筋が異様に曲がった魔法使いの男だった。毒々しい色合いの赤い蓬髪は鳥の巣を想起させ、肌の色は病気を疑いたくなるほど白い。厚ぼったい真っ黒なローブから伸びる手足は枯れ枝のように痩せ細っているものの、年老いた気配はない。むしろ背筋を伸ばして身なりを整えれば、痩身の美青年と言っても差し支えはない。
ただし、彼の目元は真っ黒な布で覆い隠されていた。景色を完全に遮られているというのに、彼はあたかも目の前など見えていると言わんばかりの態度を見せる。
「ひひひ、説明の役割を奪ったから生徒会長様はご機嫌斜めっスねー。でも魔法工学の説明と言ったらボクの役目っしょー」
「狂った発明家のくせに説明だけはちゃんとしてるんだからな、こいつは」
「やだなー、将来的に獲得する生徒の前っスよー? ちゃんと真面目にやるってー」
呆れたような視線を寄越すユフィーリアに、目隠しをした猫背の魔法使いは「ひーひひ」と引き攣った笑い声を上げる。見た目は完全におとぎ話で悪役として登場する魔法使いだ。
「どーもどーも、ご挨拶が遅くなって申し訳ないっスねー。ボクはスカイ・エルクラシス、ヴァラール魔法学院の副学院長にして魔法工学を専門的に教えてる先生っスよー」
「論文読んでます!!」
「お会いしたかったです!!」
「あなたの下で魔法工学を学ぶのが夢でした!!」
「お、今年は気合いの入った生徒が多いこと多いことー。感心っスねー。時間割作成の時はぜひいらっしゃいなー」
猫背の魔法使い――スカイ・エルクラシスが自己紹介をすると、数名の新入生が瞳をキラキラさせながら自己主張する。本当に彼の下で魔法工学を学ぶことを夢見てきたのだろう、スカイに向ける新入生の眼差しには尊敬の念が滲んでいた。
事実、スカイはいくつもの便利な発明品を世に送り出してきた。彼が組み上げた魔法兵器は文明発展に寄与し、莫大な利益を生み出す。今や魔法工学の界隈ではスカイの名を知らぬ魔法使いや魔女は時代遅れと言われるほど、現在の魔法工学の界隈を牽引している天才発明家である。
ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、
「ほら副学院長、魔法工学の説明。他の新入生はポカンとしてるから」
「おっとー、そうだったそうだったー。新入生ってのはいいっスねー、反応が若々しくてー」
スカイは「んん゛」と咳払いをする。まるで痰が絡んだ老爺のような咳払いだったが、あえて触れることはしない。
「んでねー、この魔法兵器ってのが面白くてねー。全長50センチを超すものは魔法兵器に分類されてー、50センチを下回ると魔道具の分類になるんスよー。だからキミらの持ってる『導きの灯火』は魔道具っスよ、全長およそ35センチで」
「待ってください」
「およー?」
スカイの説明に待ったをかけたのはショウだった。別におかしな説明ではなかったが、彼の琴線には何かが触れた様子である。
「50センチと言いましたね? この世界の単位は『センチ』や『メートル』が普及されているんですか?」
「そっスよー」
「重さは?」
「『グラム』や『キログラム』っスねー」
「距離は?」
「『キロメートル』とか『メートル』が常識っスよー」
「……そうですか」
ショウは少し考える素振りを見せた。小声で、しかも『単位が同じだ……そんなことってあり得るのか……?』と極東語に似た異世界語で何やら呟いていたが、どうやら単位に思う部分があるらしい。
「何か思うところがあるみたいっスけどー、この単位は1000年前から魔法工学の分野でも広く知れ渡ってるものっスよー。便利っスよー、これのおかげで魔法工学の分野は発展したと言ってもいいっスー」
「なるほど……」
スカイの説明を受けて、ショウはまた考え込んだ。手を繋いでいるハルアが「どしたのショウちゃん!!」なんて不安げに顔を覗き込んでいる。
どうやら先程からセンチやメートルなどといった単位が気になっている様子である。これらの単位は本当に、ヴァラール魔法学院の創立当初から広く知れ渡り始めた常識だった。物や重さを測るのに用いられる単位は便利なもので、それまでは目分量でどうにかしていたので単位の登場は誰もが歓迎した。
何かを考えたまま黙り込んでしまったショウにスカイは不思議そうに首を傾げていたが、興味が失せたのかユフィーリアに首を向ける。
「ところでエドワード君はー?」
「新入生に学校案内してる途中で不審者と遭遇してな。とりあえず氷漬けにしたから懲罰棟に連れて行ってもらってる」
「あれー? ハルア君に行かせなかったのー?」
「『導きの灯火』をぶっ壊したみたいでな」
「あららー」
ユフィーリアが事情を話すと、スカイはハルアにぐりんと首を向ける。
「壊しちゃったのー?」
「あい!!」
「新しいのほしいー?」
「あるの!?」
「いいのあるよー、作ったんスよー」
「わーい!! ちょうだい!!」
喜びを露わにするハルア。
『導きの灯火』は特殊な魔道具なので準備に時間がかかるが、この魔法工学界を牽引する天才発明家はすでに新しいものを用意していたらしい。これは有能である。「さすが天才!!」と褒めたいところだ。
スカイは厚ぼったいローブの袖に右手を差し入れ、ゴソゴソと袖を弄る。それから棒状の何かを引っ張り出した。
「はい、これ。『導きの灯火』だと明かりが弱いから、ちょっと強めに改造したんスよー」
それは細い円筒形をしていた。円筒形の底面の片側は水晶で覆われ、中身には丸く磨かれた石が取り付けられていた。誰もが持っている『導きの灯火』に使用される、あの衝撃を与えると輝く石と同じものだろう。
この不思議な魔道具を目の当たりにしたショウが「軍用懐中電灯……?」と呟いた。どうやら見覚えのある形だったらしいが、それが何なのかはユフィーリアでは見当がつかない。異世界の物品名だろうか。
その円筒形の物体を手渡されたハルアは、不思議そうに瞬きを繰り返していた。矯めつ眇めつ、その円筒形の何かを眺めている。
「これ何!?」
「新型の『導きの灯火』っスよー。振ったら光るー。よかったら使ってねー」
「ありがと!!」
ハルアは嬉しそうに笑いながらお礼を言った。ちょうど壊したばかりだったので、無料でもらえるならありがたい話はない。
「んで見返りなんスけどー、生徒会長に魔法兵器の実験に付き合ってほしいって言うかー」
「まあ、助かったことには助かったしな。多少のことには付き合ってやるけど」
「さすが生徒会長!!」
ハルアに新型の『導きの灯火』を渡した見返りを求められ、ユフィーリアは仕方なしに応じる。いずれは依頼しなければならなかったのだから、魔法兵器の実験台ぐらいで最新型の『導きの灯火』をもらえるならお安い御用だ。
視界の隅で、ハルアが新型の『導きの灯火』の感触を確かめるようにニギニギと握っている。よほど気に入ったのだろう。まるで重さを確認するかのような素振りは気になるところだが。
スカイははしゃいだ様子で、ローブの袖をゴソゴソと弄る。「実はねー」と言い、
「感度1000倍にしてえっちな気分にさせる魔法の煙管が」
ガンッ!! と。
ハルアが、手にした最新型の『導きの灯火』でスカイの脳天をぶん殴った。
殴られた衝撃でスカイは車椅子から転がり落ち、うつ伏せでピクリとも動かなくなる。脳震盪で気絶でもしているのだろう。碌でもないものを発明した罰だ。
「あ、光った!! 超光るよ!!」
「あの、ハルさん。人を殴るのはよくないと思うが……」
「人じゃないよ、ゴミだよ!! だからオレがやったのはゴミ掃除だね!!」
「どうしよう、そこはかとなく怖い」
殴った衝撃で煌々と明かりを放つ最新式の『導きの灯火』に興奮気味のハルア。問答無用の暴力を目の当たりにし、後輩のショウは若干引いている様子だった。
最新式の『導きの灯火』はかなり強力な光を放つようで、ハルアはぶんぶんと振り回している。その度に眩い光が目の前を通過するので眩しくて仕方がない。あれは人に向けるものではないとあとで教えよう。
ユフィーリアは「よし」と頷き、
「碌でなしは放っておいて、次のところを案内するか」
そう言って、ユフィーリアは魔法工学棟をあとにしようとする。そしてふと足を止めて、
「アイゼ、行くぞ。いつまで副学院長を踏んでるんだ」
「承知いたしましたワ♪」
うつ伏せに倒れたスカイの後頭部を丁寧に踏みつけていたアイゼルネを呼び、ユフィーリアは次なる施設を目指すのだった。




