Days 2-2:「め、迷宮……迷宮だここ……」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「学校案内だヨ、全員集合!!」
さて、楽しい校舎案内の始まりだ。
「えー、ヴァラール魔法学院には重要な設備が8つある。ここは座標が変わらないから、遅刻しそうになったら転移魔法を使うことをお勧めする」
ユフィーリアの説明が、静かな校舎内に響く。
どこまでも伸びる廊下の片側には等間隔に木製の扉が並び、しかし扉には何の表札もないので教室なのか普通の部屋なのか判別がつかない。もう片側は窓ガラスだ。磨き抜かれた窓からは雄大な大自然を一望することが出来る。ちなみに窓ガラスは防衛魔法が練り込まれた強力な材質で作られているので、生徒の魔法が暴発した程度では割れない。
廊下の天井も高く、幅も十分に確保されていて広々としており、複数の生徒が並んで歩いてもまだ余裕はある。廊下には赤い絨毯が敷かれているので寝転がっても身体が痛くない仕様となっており、見た目はどこぞの王宮の内部のようだ。
廊下の片側にずらりと並んだ扉を指差し、ユフィーリアは言う。
「ここが教室棟。普段、魔法の授業をやる教室があるところだ。教室棟がある座標は変わらないが、授業をやる教室そのものは移動するから気をつけろよ」
その一言に、新入生たちが騒めく。
まさか建物の中が動くとは到底思えないのだろう。だがここは魔法学校である。魔法学校の中でも名門中の名門と称される魔法学校だ。残念ながら外界の常識は捨てた方がいい。
そんな訳で、こういうのは見せた方が早い。
「そこのお前」
「え、あ、はい」
ユフィーリアは新入生の1人を指名すると、
「適当な扉に入って、ここに戻ってこい。ちゃんと『導きの灯火』を使えよ」
「え、ええ……」
指名された新入生は腰のカンテラを両手で持つと、多数の新入生に見守られながらすぐ近くにあった扉を恐々と開ける。
「うわ」
「ど、どうなってんだ」
「廊下がある……」
扉の向こうをたまたま目撃してしまった生徒が唖然とした声を漏らした。
開いた扉の向こうには、別の廊下が伸びていた。片側は扉、もう片側は窓という似た構成である。一体どういうことなのかと誰もが混乱する光景だ。
開かれた扉の入り口で固まる生徒だったが、意を決して扉の向こうに踏み出す。生徒が扉の向こうに姿を消すと同時に扉が閉まった。
「え、あれ平気……」
「大丈夫?」
新入生たちが不安げにそんなことを囁くのを、ユフィーリアは背中で受け止める。雪の結晶が刻まれた煙管を手持ち無沙汰に揺らしながら、何も言わずにしばらく待ち続けた。
待ち続けること30秒、唐突に右側の窓がガラリと外側から開いた。新入生たちが騒めく中、窓枠を潜り抜けてきたのは扉の向こうに消えた生徒である。生徒の手には煌々と輝くカンテラが握られており、不安からか瞳には薄い涙の膜が貼られていた。
ユフィーリアは「お帰り」と生徒を出迎えると、
「言ってることは分かったか?」
「め、迷宮……迷宮だここ……」
生徒は膝から崩れ落ちそうになりながらも、何があったのか息も絶え絶えに話す。
「カンテラが便所を示したから入って、個室の扉を開けたらまた別の廊下が出てきて、最終的に窓を示したから開けたら戻ってきた……」
「それがヴァラール魔法学院だ。慣れろ」
ユフィーリアは同級生に助け起こされる生徒を含め、新入生に教訓的な意味合いを込めて言う。
「ヴァラール魔法学院の特定の座標以外は全部動く。内部はまるで迷路みたいになってんだ。だから『導きの灯火』が必要になるし、扉から入ったはずなのに窓から出てきたなんてザラだよ」
ヴァラール魔法学院の内部構造は非常に複雑となっており、まるで迷路のようになっているのだ。授業用の教室は常に移動するので『導きの灯火』が必要になるし、特定の場所へ移動できる魔法『転移魔法』は意味をなさない。
唯一、座標が変わらないのは『教室棟』『魔法工学棟』『図書棟』『寮棟』『温室棟』『懲罰棟』『食堂棟』『儀式棟』の8施設だけである。それ以外は全部動く。しっちゃかめっちゃかに動く。教室だと思って扉を開いたら女子トイレだったという事件も多々ある。
「……こんな魔法なんてあるんですか」
「お、ショウ坊。いい質問だな」
ハルアに手を握られたままのショウがポツリと吐き出した呟きを拾い、ユフィーリアは彼へ振り返った。
「そもそも魔法ってのは想像力を基礎に、魔素と魔力を掛け合わせて行使するんだよ。ヴァラール魔法学院も誰かの想像力を基礎に、複雑な魔法を行使されてるんだわな」
「魔力は個人が持つ、魔法を使用する為のエネルギーと言いましたね。魔素は一体?」
「空気中に散らばった魔法の源だ。自然から湧き出るエネルギーで、自然豊かな場所は魔素が豊富だ」
そして自然から湧き出るエネルギーである『魔素』と個人の生命力から湧き出るエネルギーの『魔力』が掛け合わさることで、様々な魔法を行使することが出来るのだ。ただし、その魔法を行使するのも原理を理解していないと不発に終わったり暴発したりするので、魔法を教える魔法学校が必要なのである。
ちなみにこの世界で最も魔素が豊富な場所に建っているのが、ヴァラール魔法学院である。だから学院内が迷路みたいになるほど複雑な魔法も実現してしまう。豊富な魔素と豊富な魔力がなせる技だった。
ショウは周囲を見渡し、
「一体誰がこんな魔法を……」
「学院長」
「学院長だよぉ」
「学院長だね!!」
「学院長だワ♪」
生徒会で満場一致で正体を明かした。
「あいつの空間構築魔法は洒落にならねえからな。瞬きで校庭に城が立つぞ、あいつの腕前なら」
「扉を開けたらお風呂だったってこともあるよぉ」
「永遠に続く階段の餌食になったこともある!!」
「学生寮の模様替えとか学院長にお願いするとすぐにやってくれるわヨ♪」
「この学校の学院長、凄すぎじゃないですか? 昨日のあの優しそうな人ですよね?」
「「「「優しい?」」」」
ショウのたった一言で、生徒会全員揃って眉根を寄せた。
在校生代表として言わせてもらおう。
学院長は決して優しくはない。いや優しいのだが、基本的に人間の心を理解していない。
「あいつ、アタシ以上に長生きしてる魔法使いだぞ。長生きしてるから人間の心を理解してない、平気でまずいことをやってくる」
「悪いことをした生徒を深海に転移魔法で叩き込んだりねぇ」
「今回の入学式でも、ユーリの悪ふざけから生きて帰れたのは学院長が転移魔法を使ったからだよ!!」
「何に関しても寛容だけど、悪いことをしたら容赦はしないわヨ♪」
「肝に銘じます」
生徒会から真剣な表情で説明を受け、ショウは納得したように頷いた。新入生たちもまた同じように緊張した面持ちで先輩からの助言をしかと受け止める。
「ちなみにその学院長は」
「常に学院内を迷路にする魔法を使ってるせいであんまり動きたくねえんだとよ。だから学院長室から基本的に出てこない」
「そんな魔法を使わなければいいだけでは?」
「ど正論で攻めてくるな、ショウ坊。さすがだな」
異世界人だからか、元来の真面目な性格ゆえか、正論を突き刺してくるショウにユフィーリアは「訳があるんだよ」と説明する。
「ヴァラール魔法学院は最先端の魔法の研究所としても有名でな、様々な魔法が研究されてるんだよ。その研究成果を狙って侵入者が絶えない」
「危険じゃないですか」
「生徒を少しでも不審者から遠ざける為に、校舎内を迷路化してんだよ。そのおかげで生徒も多少は迷惑を被ってるけど、もし普通の学校だったら」
ユフィーリアの言葉は、すぐ近くの扉が開く音で掻き消えた。
視線を向ければ、そこにはヴァラール魔法学院の生徒ではなく全身をマントで覆い隠した怪しげな人物が立っていた。口元も布で覆い隠しているので顔立ちは不明である。背丈から判断して男性だろう。
明らかに不審者だった。新学期早々に不審者が侵入するとは運がない。学院長によるヴァラール魔法学院の迷路化は失敗に終わっていないだろうか。
ため息を吐いたユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめる。
「こんな感じにな、遭遇したりするんだよ」
煙管を一振りすれば、真冬に似た冷たい空気が駆け抜ける。それと同時に、生徒会長の目の前に現れた不審者が一瞬にして氷像と化した。
全身が凍りつき、ピタリと止まって動かない。不審者は、無様な氷像と化していた。それは一瞬の出来事だったので、相手も反応できずに終わっていた。
ユフィーリアは新入生たちへと振り返り、
「はい、新入生は校舎案内を続けるからちゃんとついてこいよ」
「えと、あの、あの人はどうするんですか?」
「あー」
ショウに指摘され、ユフィーリアは氷像と化した不審者を一瞥する。
「エド、とりあえず懲罰棟に連れて行け」
「俺ちゃんの扱い雑じゃない?」
雑用を押し付けられて文句を垂れるエドワードを無視して、ユフィーリアは校舎案内を続けるのだった。




