Days 2-1:「おはよう、新入生諸君。昨日はよく眠れたか?」
【前回までのあらすじ】
ハルア「ショウちゃんの弱点は朝!!」
ショウ「そんな大きな声で言わないでほしい」
波乱のある入学式から翌日である。
「はあい、新入生ちゃんたちぃ。昨日はよく眠れたぁ? 初めての授業とか夢のある魔法学校での生活でワクワクしてるところ悪いけどぉ、今日はちゃんとお話を聞いておかないと死ぬ可能性があるからねぇ。これは冗談じゃないよぉ」
ヴァラール魔法学院の大講堂に集められた新入生たちを前に、生徒会副会長のエドワードが整列を呼びかける。
真新しい制服に身を包んだ新入生たちは、やはり緊張した面持ちで整列に応じる。肉声が届く範囲に固まり、生徒会副会長の案内に従っていた。相手が巌のような顔面を持っているから、という理由ではないだろう。あらかじめ彼が用意した脅し言葉と、ヴァラール魔法学院の風評をいくらか耳にしているはずだ。
ずらりと整列していく新入生たちを遠巻きに眺める生徒会長のユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を咥えつつ隣の人物に一瞥をくれた。
「お前、暇なの? 学院長だろ」
「入学式直後は大した仕事もないし、君のオリエンテーションの行く末を見守るぐらいは出来るよ」
学院長のグローリアは「それで」とユフィーリアに紫色の瞳を向けると、
「昨日の異世界出身の子はどうしたの?」
「男子寮に預けた。今は新入生たちに混ざってる」
ユフィーリアが手袋で覆われた指先を新入生たちの集団に向けると、そこにはハルアに手を握られてオドオドと何が始まるのか理解していないショウが混ざり込んでいた。周囲の新入生も、主に上級生のハルアが何故ここにいるのかと疑問に思っている様子であるが、口には出していない。あまり触れてはいけないと直感しているのだろう。
彼は昨夜、男子寮に預けられた。ハルアが「オレが面倒見るの!!」と譲らなかったのである。本当はグローリアが男子寮を魔法で改築して部屋を用意するつもりだったのだが、ハルアが頑なに離さなかったので男子寮にある生徒会男子メンツの部屋に泊まることになったのだ。
ただ、その際に問題が発生したらしい。エドワードからの報告を思い出したユフィーリアは、
「起こすのに苦労したらしいぞ」
「異世界人にこの世界の環境は適さないのかな?」
「いや、単に低血圧で朝に弱いらしい。叩いても叫んでも布団に引きこもって寝てたってよ」
「へえ」
グローリアは楽しそうに笑い、
「それなら心配しないでもいいかな。知らない世界にやってきたから精神的につらいかなって思ってたけど、ちゃんと寝れてるようなら大丈夫そうだね」
「意外と強かだよな、人間って」
ユフィーリアとグローリアがそんなやり取りを交わしていると、新入生の整列を終えたエドワードが「ユーリぃ」と言いながらやってくる。
「新入生のオリエンテーションを始めるんでしょぉ。いつまで学院長とお話してるつもりぃ?」
「おう、ご苦労」
エドワードの呼びかけに軽く応じたユフィーリアは、煙管を吹かしつつ綺麗に整列した新入生たちの前に出る。
昨日の入学式よりも近くに名門魔法学校の生徒会長が現れたことで、新入生の誰もが息を呑んだ。至近距離に絶世の美貌を持つ銀髪碧眼の魔女が現れれば、誰だって同じ反応をするだろう。漣の如き騒めきの中に「毛穴が見えない」だとか「どんな美容方法を」などといった言葉が聞こえてくる。
緊張感が緩みかけたところで、ユフィーリアは軽く咳払いをした。その行動が合図となり、新入生たちの騒めきは途端に引いていく。しんと静まり返り、誰もが緊張した面持ちで生徒会長の発言を待っていた。よく教育が行き届いている。
「おはよう、新入生諸君。昨日はよく眠れたか? 緊張して寝れなかったとかいう生徒もいるだろうが、今日ばかりは目ん玉かっ開いてちゃんと話を聞くように。次の日には消し炭か、細胞も残さず消し飛ぶか、無惨な死体となって発見されるかしたくなけりゃな」
エドワードの時と同じように――いやむしろエドワードよりも直球で脅しをかけるユフィーリア。新入生たちは口を揃えて「はい!!」と元気よく応じた。
「よーし、まずは景気付けにびちょ濡れのヌルヌルになって」
「ユーリぃ? おふざけしたら抱き潰すからねぇ――物理的に」
「やべえ、こんなエロ方面でしか聞かない単語に身の危険を覚えるのは初めてだ」
早速とばかりにふざけようとした生徒会長を、生徒会副会長のエドワードが止めた。言葉の端々に殺意を感じ取った。これはふざけた途端に命の危機に晒されることだろう。
不安げな眼差しを寄越してくる新入生たちに、ユフィーリアは「冗談だ」と言う。昨日の入学式高高度落下事件で新入生たちも強い警戒心を抱いている様子だった。その警戒心、大事である。
気を取り直して、
「まずは今日の予定の発表だ。これから学校の主要設備を案内したあとに午後の授業を含めた時間割の編成、そのまま授業開始となる。午後の授業までには設備案内を終えたいから、しっかりついてこいよ」
またも新入生たちから「はい!!」と返事があった。素直な生徒たちである。
視線を巡らせると、新入生の中に混ざり込んだハルアも同じような反応を見せていた。手を繋いでいるショウはどこか不安げにしていたが、すぐ側にハルアがいるので平気だろう。
ユフィーリアは「さて」と早速説明を始め、
「設備案内と洒落込む前に、学院生活を送る上で大事な物品がある。そいつをまずは紹介しよう」
そう言って、ユフィーリアは右手を軽く掲げた。
薄青の光が一瞬だけ煌めいたかと思えば、ユフィーリアの手には古めかしいデザインのカンテラが握られていた。魔法で手元に転送してきたものである。一般の魔女や魔法使いであれば二言三言の呪文を詠唱する必要があるのだが、ユフィーリアは詠唱をせずに魔法を行使したので新入生たちから羨望の眼差しを一身に受けることとなった。
カンテラは蝋燭を中に収納して明かりとするものとして設計されていない。本来、蝋燭があるべき場所には小石が3つほど所在なさげに転がっているだけだ。カンテラが揺れるたび、カラコロと中の石が転がって音を立てる。
カンテラを新入生たちに見えるように持ち上げたユフィーリアは、
「こいつは『導きの灯火』と呼ばれる魔道具だ。振ると中の魔石が衝撃で光り、行きたい場所まで導いてくれる。全校生徒はおろか、全教職員も携帯必須の魔道具だから学生寮から出る時は必ず持つように」
新入生たちは、己の腰に視線をやった。彼らの腰にはユフィーリアのものと違い、真新しいカンテラが吊り下げられている。言わずとも全員が所持している様子だった。
だが、例外はどこにでもいる。
「ユーリ!! ショウちゃんのないよ!!」
「わ、ちょ、ハルさん。言わなくていいから……!!」
「ないよ!!!!」
「声が大きい……」
馬鹿でかい声でショウの分のカンテラがないことを伝えてくるハルアに、当の本人は申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。そのおかげで新入生たちの注目がショウに向けられてしまい、さらに彼は身体を小さくする。
不幸な事件に巻き込まれて異世界に放り込まれたショウは、当然ながら何の用意もなかった。教科書はおろか、文房具や衣類に至るまで何もないのである。学生証は昨日のうちに発行されたが、制服やカンテラは特殊な魔法が必要なので用意に時間がかかる。何もないのは致し方ない。
そんな訳で、
「じゃあハル、お前の奴はどうした?」
「オレの!?」
「お前が持ってりゃ互いに使えばいいだろ。面倒見るって言ったんだから」
『導きの灯火』が出来上がるまでショウがヴァラール魔法学院に在籍しているかどうかは定かではないが、それまでは「面倒を見る」と宣言したハルアのカンテラを使えばいい。もちろんユフィーリアが一緒にいれる時はユフィーリアのものを使用するが、一緒にいれない時はハルアのものを使うしかない。
ところが、ハルアは頭の螺子がぶっ飛んだ笑顔のまま固まっていた。視線は明後日の方向に投げられ、ユフィーリアから全力で視線を逸らしていた。よく見ると彼の腰にはカンテラの存在がなく、ショウも同じくハルアの腰元に視線をやって不思議そうに首を傾げていた。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り、
「ハル?」
「あい」
「言い訳は?」
「落として壊しました!!」
「素直でよろしい。お仕置きだ馬鹿たれ」
素直に己が罪を告白したハルアだが、導きの灯火なるカンテラは作成に時間がかかる魔道具の上にそこそこお値段が張る訳である。つまり壊したりなくしたりすれば、再度の用意に時間がかかる。
高価で絶対必須なカンテラをぶっ壊したハルアの罪は重く、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りした。真冬にも似た空気が大講堂中を駆け巡り、新入生を含めてその場にいた全員がぷるりと身を震わせる。
パキ、と何かが凍結するような音。次の瞬間、ハルアの足元に拳を握った氷像が勢いよく突き出てきて、彼の鳩尾を容赦なく殴り飛ばした。放物線を描いて吹き飛ばされるハルアは新入生の集団からかなり離れた大講堂の床に背中から叩きつけられ、痛みのあまりもんどり打っていた。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ミントに似た香りの紫煙を吐き出すユフィーリアは固まる新入生たちに目もくれず言う。
「えー、『導きの灯火』は大事な魔道具だからな。なくしたり壊したりしたらあんな風に殴り飛ばしてやるので要注意」
ユフィーリアは新入生たちを見回し、
「何か質問は?」
ざわめく新入生たち。質問をしたいのだろうが、誰が犠牲になるのか責任をなすりつけあっている訳である。そんなに質問しにくい内容なのだろうか。
そんな中、勇敢にも「はい」と挙手したのはショウだった。新入生たちの好奇な視線が寄せられる。周囲の生徒たちに注目されて尻込みをしかけたが、何とか挙手の姿勢は保つ。
ユフィーリアはそんなショウを示し、
「はい、ショウ坊」
「えと、学生の代表でいらっしゃいます生徒会長に物申すのは大変恐縮ですが」
そんな長ったらしい前置きをして、ショウは言う。
「あの、喫煙は控えた方がよろしいかと……」
「喫煙? ああ」
ユフィーリアは自分が咥える煙管に目を落とした。
煙管とは、本来ならば嗜好品である。香草を詰め込んで嗜好品として煙を楽しむものだろうが、ユフィーリアの場合はこの煙管が生命線であった。ヴァラール魔法学院では誰も指摘しないが、事情を知らない人物ならば確実に眉を顰めることだろう。
「悪いな。アタシの体質のせいだ」
「体質ですか」
「『冷感体質』って言って、魔法を使うと身体に冷気が溜まる体質なんだ。これがまた厄介でな、魔法を使いすぎると最終的には凍りつく」
新入生たちに衝撃が走る。よもやそんな事情を抱えているとは知らなかったのだろう。
「だからこの煙管で冷気を吸い上げて、煙に変換して吐き出してるんだ。そのままにしておくと人肌でも火傷しちまう」
「そんな事情が……知りませんでした。失言をお許しください」
「堅苦しいな、ショウ坊。どうせ新入生には毎年されてる恒例の質問だ、今更気にすることでもねえしアタシとしても知っておいてほしい。むしろ今年はいつ質問が飛んでくるのかと思ってたところだ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、煙として吸い上げた冷気を吐き出す。紫煙のように思えるが、それはどこかひんやりとしていた。
「じゃあ、楽しい校舎案内に行こうか」




