Interlude 2-3:「だって魔法を勉強するのは楽しいもん」
【前回までのあらすじ】
ショウ「この髪型、どうやって直したんだ?」
ハルア「気合い!!」
朝食も終え、支度も済ませて、さて出発である。
「ハンカチ持ったぁ?」
「持った!!」
「授業道具はぁ?」
「今日はぴょんぴょん飛ぶ奴だから運動着だけ!!」
「導きの灯火はぁ?」
「黙秘」
「導きの灯火はって言ってんのよぉ」
「イダダダダダダダダダダダダ!!」
毎度恒例なのか、玄関先で持ち物検査よろしくやり取りが交わされる。現在、何やら必須になる道具を持っていないハルアの顔面を、エドワードが握り潰さんとしていた。
昨日と同じく詰め襟の制服姿に着替えた翔は、ハルアとエドワードの格好を見比べる。
エドワードはシャツの下に首元まで覆い隠す機能性肌着を身につけて徹底的に肌の露出を抑えており、厚手のローブを纏った姿は魔法使いのようである。不思議なことは腰にカンテラをぶら下げているのだが、何故かカンテラには蝋燭ではなく小石が数個ほど転がっているだけだ。
対してハルアは動きやすさを重視しているのか、下半身は膝丈まで捲ったジャージである。エドワードと違ってシャツを着ておらず、文字の書かれたTシャツの上から制服のローブを羽織っていた。およそ魔法使いらしくない格好は咎められず、カンテラがないことに対してエドワードは怒っている様子だった。
「なくしたのぉ?」
「黙秘」
「ユーリに言いつけるよぉ」
「遊んでたら落として壊した」
「何が何でも言いつけるねぇ」
「むきーッ!!」
ハルアはエドワードに頭突きを繰り出す。自分で招いた厄災なのに、八つ当たりをしていた。
どうやらエドワードが腰に括り付けているカンテラは、学校生活に於いて非常に重要な物品らしい。翔には与えられていないので必然的に持っている人物が側にいることが前提となってくるのだが、残念ながら最も近しい存在であるハルアは遊んで落として壊したようだ。これでは頼れない。
エドワードが呆れたような様子で、
「八つ当たりするんじゃないよぉ、自分が悪いんじゃんねぇ」
「オレが怒られてもいいって言うの!?」
「怒られなぁ」
「むきゃーッ!!」
今度は拳でポカポカと殴りかかるハルア。だが、屈強な身体を持つエドワードはハルアの拳すら意に介さない。
「ショウちゃん、悪いんだけど今日はハルちゃんとお手々を繋いでいてくれるぅ? ハルちゃんねぇ、極度の方向音痴だから放っておいたらどこかに行きそうだからさぁ」
「承知しました」
翔はしっかりと頷き、エドワードの言いつけ通りにハルアと手を繋ぐ。
手を握られたハルアは、エドワードへ殴りかかることを中断して琥珀色の瞳をパチクリと瞬かせた。それから「えへへ」と破顔すると、翔の手を優しい力加減で握り返す。
振り払われることがなくて安心した。ここで振り払われようものなら翔の心が折れるところである。体質的にも手汗は酷くはないので大丈夫だとは思いたい。
「じゃあハルちゃん、ショウちゃんを狙う奴がいたらぁ?」
「ぶっ殺す!!」
「ショウちゃんはハルちゃんの側から離れないようにねぇ。誰から狙われているか分からないから手を離しちゃダメだよぉ」
「は、はい」
今まで忘れかけていたが、翔は異世界から『誘拐』されてきた異世界人である。どんな目的か不明だが、異世界から誘拐されたきたということは何らかの魔法の実験に使われるかもしれないという疑いが持たれているのだ。
生徒会は、そんな翔を守ってくれる存在である。ついでに翔で実験を目論む犯人を捕まえてヴァラール魔法学院の品位を下げないようにするのが密かな使命だ。彼らの仕事を邪魔する訳にもいかず、翔はハルアの手を握る自分の指先に力を込めた。
エドワードは翔が頷いたところを確認して、
「よし、それじゃあ行こうねぇ。ユーリも待ってるだろうしぃ」
☆
エレベーターで1階まで降りると、大勢の生徒が楽しそうな――あるいは期待に胸を膨らませて寮から飛び出していくのが見えた。
今日から授業が始まると言っていたので、在校生は授業が楽しくて仕方がないのだろう。翔と同じような新入生の諸君は、どんな授業を受けるのか期待している様子だった。
そんな彼らをどこか他人事のように眺める翔は、
「みんな楽しそうだな……」
「ショウちゃんは楽しくない!?」
「え?」
隣のハルアに問われ、翔は「うーん」と首を傾げる。
「魔法を学ぶと言っても想像できないし、楽しいのか楽しくないのかは分からないな」
「じゃあこれから楽しくなるね!!」
「なるだろうか」
「なるよ!!」
ハルアは自信満々に言い放ち、
「だって魔法を勉強するのは楽しいもん!!」
「そうなのか。じゃあ、楽しみにしておこうかな」
先輩がここまで太鼓判を押す訳である、魔法の授業とは万人から『楽しい』と思われるほど素晴らしいものらしい。そこまで賞賛されれば、受けてみたいと興味が出てくる。
だが、果たして翔には魔法が使えるのだろうか。元の世界でよく見た異世界転生小説だとか異世界転移小説だとかではあっという間に魔法の才能を開花させていたのだが、翔に彼らのような才能があるとは思えない。魔法だって一度も使えた試しはないし、何だったら異世界転移も異世界転生も小説は少ししか嗜んでいない。そんな心構えで大丈夫だろうか。
不安を抱く翔の手を、ハルアがほんの少しだけ強めに握った。
「ショウちゃん、平気よ。魔法の授業は怖いものじゃないから」
「ハルさん……」
「それにね」
ハルアはグッと親指を立て、キメ顔で返す。
「ショウちゃんのことはオレが守るから!!」
「頼もしい」
翔は思わず苦笑した。
ハルアの存在は頼もしい。誘拐されてきた翔を一生懸命守ろうとしてくれている。彼のことは、たった1人でこの世界に放り出された翔にとって命綱のようなものだった。
すると、
「後輩に信用されてるところ悪いけどさぁ」
翔とハルアの頭が大きな手のひらに鷲掴みにされる。頭頂部を大きな手のひらに掴まれると、ちょっとばかり緊張感が走った。
視線を持ち上げると、エドワードが苦笑したような表情で翔とハルアを見下ろしていた。頭を握り潰す目的は全くなく、ガシガシとやや乱暴に翔とハルアの頭を撫でてきた。その力強さには未だに慣れない。
「俺ちゃんもいるんですけどぉ」
「ショウちゃん、エドも一緒に守ってくれるって!! よかったね!!」
どうやらエドワードも翔の護衛を買って出てくれている様子だった。ハルアより頼りにするには少しばかり遠慮の気持ちがしないでもないが、申し出はありがたい。
「ありがとうございます。お2人を頼りにさせていただきます」
だから翔も、彼らの好意に甘えることにした。
この世界に、翔の味方は少ない。ヴァラール魔法学院の中でも特に生徒人気の高い生徒会を味方につければ心強いことだろう。
そんな会話を経て、翔は男子寮の外に足を踏み出す。あの磨き抜かれた大理石の床を翔の革靴が踏むと同時に、
「おはよう、ショウ坊。昨日はよく眠れたか?」
「おはよウ♪ 虐められていないようで安心したワ♪」
美しい百合の花を想起させる女性の声と、妖艶な印象を与える女性の声が同時に翔へと投げかけられた。
ゾロゾロと寮棟から出てくる生徒たちは、玄関先で待ち構えていた彼女たち2人を避けるように歩く。だが視線だけはチラチラと気にするように向けられていた。それだけ、彼女たちは否が応でも目立つ。
銀髪碧眼の生徒会長、ユフィーリア・エイクトベルのご降臨である。すぐ側には従者のアイゼルネが控えていた。昨日と変わらず美しい。
ユフィーリアは首を傾げ、
「体調は問題ないか?」
「はい、快適に過ごせました」
翔が澱みなく回答する側で、ハルアが元気のよすぎる声で告げた。
「新発見!! ショウちゃんは寝起きが悪い!!」
「ハルさん」
「起こすのに苦労しました!!」
「ハルさん、言わなくていい」
「モゴモゴモゴモゴ」
ハルアの口を慌てて塞ぐ翔。寝起きの悪さを生徒会長にわざわざ報告するまでもないのに、どうしてそんな大きな声で大公開してしまうのか。
周囲の視線が痛い。ハルアの大きな声のおかげで注目がこちらに集まり、翔が恥をかく羽目になった。まともに起きられないことを笑われているような気分になる。
ユフィーリアはエドワードに視線をやり、
「体調面では本当に問題ないんだな?」
「ないよぉ。ショウちゃんの寝起きの悪さの根拠はねぇ、二度寝を決め込もうとしてハルちゃんを抱き枕にしたぐらい」
「あー、まあそれぐらいだったらいいか……」
ユフィーリアは心配そうな瞳を翔に向け、
「これから新入生の為の校舎案内とかあるから、体調が悪かったら無理をしないように」
「は、はい……」
恥ずかしさを覚えながらも、翔はか細い声で応じるのだった。




