Interlude 2-2:「昇天ペガサスmix盛り……」
【前回までのあらすじ】
ショウ「すぴー」
顔を洗って冷静になり、とりあえず翔は先輩2名に土下座を繰り出した。
「この度は大変ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。腹切って詫びます」
「ここでお腹の中身を大公開は止めようねぇ、ショウちゃん。可愛かったから気にしてないよぉ」
「ショウちゃんの新発見!! 寝起きが悪い!!」
「そんな大きな声で言わないでくれ……」
ハルアの馬鹿でか発見ボイスに、翔は憤死しそうであった。
翔の唯一の弱点は朝である。寝起きが非常に悪いのだ。その自覚もちゃんとある。
そんなもので元の世界ではちゃんと起きる為に朝5時頃から目覚まし時計を複数セットし、さらに携帯のアラームも10分おきに用意してようやく目的の時間に起きることが出来るようになるのだ。起床には苦労したものである。この世界では目覚まし時計の複数設置も、携帯のアラームも存在しないので惰眠を貪る羽目になるところだった。
半泣きな翔は、
「すみません、どうしても朝は弱くて……家に帰れるまではどうか見捨てないでください……」
「見捨てる訳ないじゃんねぇ」
エドワードは呆れたように言い、
「でも体調とかには問題ないのぉ? 気持ち悪かったりとか頭が痛いとかない?」
「あ、体調面は問題ないです。とても快適に過ごせました」
翔はしっかりその点は主張する。
深夜の天体観測でホットミルクを飲んでから寝たのだが、特に夢を見ることもなく朝までぐっすりだったのだ。おかげさまで体調面も万全である。身体のだるさもなければ頭痛に眩暈、吐き気の心配もない。
話を聞いていたはずのハルアの寝相も酷くはなく、寝言で起こされる心配もなかった。本当に快適な夜を過ごせた訳である。人生でこれ以上にないほど寝心地最高の夜だったのだ。
「ハルちゃんも珍しく寝言も寝相も酷くなかったもんねぇ。ショウちゃんが来る前は『カンガルー頂上決戦に参加してきます!!』とか言ってたのにねぇ」
「それ一体どんな夢の内容なんですか」
「分かんない!! 夢は覚えないのがオレの信条!!」
ハルアは「でもね!!」と弾けるような笑顔で、
「ショウちゃんに抱き枕にされてたからかもしれないね!!」
「俺、ハルさんのことを抱き枕にしていたのか」
「抱き枕にされてたよ!!」
「だから夢を見なかったのか……」
「ショウちゃんの安眠にお役に立てたようで何より!!」
どうやらハルアが抱き枕になってくれたことが、翔の安眠の原因だったらしい。彼の体温は高いし抱き心地もよかったのかもしれない。何だか抱き枕扱いをしてしまったのが申し訳ないような気がした。
一方のハルアは特に抱き枕にされたことを気にした様子はなく、むしろどこか嬉しそうな雰囲気さえあった。「ショウちゃんに抱き枕にされちゃった!!」なんてエドワードに自慢げに語っている。彼も寝言と寝相の悪さは軽減されたのだから、それはそれでよかったのだろうか。
エドワードはハルアの自慢話を半分ほど聞き流しながら、
「ショウちゃんは朝ご飯を食べちゃいなぁ。ハルちゃんは食べ終わったんならお支度しなよぉ、今日から授業だよぉ」
「毎度恒例の学校案内と時間割作成のご案内はやらないの!?」
「会長主導でやるよぉ。ショウちゃんもオリエンテーションは参加しなねぇ、校舎のどこに何があるのかとか――」
そこでエドワードは少し考えてから、口を開く。
「――校舎の事情とか知らないでしょぉ」
「校舎の事情って何ですか?」
「それは今日のオリエンテーションでユーリがお話してくれるから安心しなぁ。でもちゃんと話を聞いてないと大変な目に遭うからねぇ」
「わ、分かりました」
翔は表情を引き締めて応じる。魔法の世界の事情である、簡単に命を落とすような場面に遭遇しても何ら不思議ではない。
特に翔は異世界からやってきて2日目である。魔法も使えなければ、この世界で生き抜く術すら知らない。話をちゃんと聞かずに死にました、なんてことになったら自業自得である。
エドワードは「よろしい」と満足げに頷き、
「朝ご飯はテーブルの上にあるからねぇ、ちゃんと食べなよぉ」
「はい、ありがとうございます」
エドワードが洗面所に姿を消すのを確認してから、翔はテーブルの上に置かれた皿に視線を落とす。
テーブルの上にはサンドイッチが置かれたお皿が鎮座しており、みずみずしい野菜と肉厚なハムを挟んだものや果物を挟んだものまで種類が豊富である。エドワードの性格が表れているのか、サンドイッチの大きさが豪快だった。コンビニのサンドイッチよりもサイズが大きい。
パンは表面が軽く炙られており、ほんのりと焼き色がついている。具材がパンパンに詰まっているので、手に取るとずっしりとした重みが伝わってきた。ついでに言えばとても分厚い。ひと口で齧ることは叶わなさそうだ。
翔は自分の口の可動域が許す限りで目一杯に開き、パンに齧り付いた。
「んむ、美味しい……」
「エドのお料理は美味しいよ!!」
ハルアはニコニコの笑顔で翔の顔を覗き込み、
「何かね、味が濃くて量が多くて美味しいの!! お肉料理なんかは特にね!!」
「そうなのか。いつかは食べてみたいな」
「今のうちからおねだりしておくといいかもよ!!」
「なるほど」
先輩から与えられる知恵を余さず吸収する翔。食に貪欲な国が生まれゆえか、美味しい料理というものにはとても興味がある。
「あとユーリは全体的にキラキラ綺麗!!」
「会長も料理とかするのか。他人に作らせそうな雰囲気があるけれど」
「ユーリは家事上手だよ!! お料理もお洗濯もお掃除も完璧だね!!」
「お婿さん探しには苦労しなさそうだなぁ」
ポツリと翔が呟くと、
「――――ぶわあッ、歯磨き粉出しすぎたぁ!!」
何故か、洗面所からエドワードの絶叫が聞こえてきた。
翔は何事かと洗面所へと振り返る。もぐもぐと分厚いサンドイッチを頬張る口はそのままに、何やら大惨事を引き起こしたらしい洗面所に視線をやった。
歯磨き粉を出しすぎるなど、初歩的なミスはよくあることである。エドワードもそんな間違いを起こしてしまうとは親近感が湧く。
「エドワードさんは大変そうだな」
「ウン、ソダネ」
「ハルさん? 何故そんなに棒読みなんだ? あと表情が死んでいるような?」
「気にしないで、ショウちゃん!! こっちの話だよ!!」
死んだような表情から一転して、ハルアは快活な笑みを翔に見せる。一体何があったのだろうか。
「ショウちゃん、髪の毛結んでもいい!?」
「髪の毛?」
「長くて綺麗だから!!」
ハルアは翔の髪の毛に指先を絡ませる。
翔の髪の毛は、男にしては長い方だ。腰元まである黒髪をそのまま背中に流している。現在も絶賛髪を伸ばしている最中だ。
家庭の事情で伸ばさざるを得なかったのだが、実を言うと翔自身も長い髪が気に入っている。寝癖知らずの黒髪はツヤツヤでサラサラとしており、手触りも抜群である。元の世界でも女子から幾度となく「シャンプーは何を使っているのか?」とか「トリートメントは?」とか質問を寄せられたものだ。
「では、頼めるだろうか」
「ガッテン!!」
ハルアはいそいそと翔の背後に回り、髪の毛を掬い上げる。それから何やら弄る感覚を背中で拾った。
彼に任せておけば変な髪型にはならないだろう。翔はもぎゅもぎゅと1個目のサンドイッチを完食し、2個目のフルーツサンドに手を伸ばす。こちらは逆にパンに焼き目はついておらず、ふわふわとした食パンに甘いクリームと色とりどりのフルーツが詰め込まれていた。やっぱり重いし分厚いが。
ふわふわのパンに齧り付き、甘いクリームとフルーツの組み合わせを楽しんでいると、背後からハルアが「出来た!!」と声を上げた。
「こちらになります!!」
「…………」
手鏡を渡され、翔は自分の髪の毛の現状に言葉を失った。
髪の毛が逆立っていた。重力に逆らうかの如く屹立する己が髪の毛で構成された黒い塔は、螺旋を描くように存在していた。ツンと尖った塔の先端まで固められていそうである。
少し前のキャバ嬢がやっていそうな髪型だった。派手も派手、こんな派手な髪型をして往来を歩けば100人中100人は振り返ること間違いなしである。
その髪型を、翔は知識として有していた。自分がまさか餌食になるとは思わなかったが。
「昇天ペガサスmix盛り……」
「どうですか、お客さん!! 新入生だから派手にしないとね!!」
美容師気取りで言ってくるハルアに、翔もまたお客さん目線で返す。
「美容師さん、気に入らないので元に戻してくれ」
「じゃあ次は髪ドリルにしていい!?」
「触れたら怪我をしそうだから普通に梳いてくれるだけでいい」
「分かった!!」
するすると慣れた手つきで翔の髪型を元に戻していくハルア。固めていた髪はどこへやら、翔の髪型は天高く伸びる髪の塔から元のストレートヘアに戻った。
それからハルアがブラシを丁寧に通してくれる感覚を、翔は朝食を口に運びながら黙って受け入れるのだった。




