Interlude 2-1:「すぴー」
【前回までのあらすじ】
ショウ「友達でけた」
「ショウちゃーん」
声が聞こえてきた。
「ショウちゃーん、おはよー。朝だよー」
底抜けに明るい声である。聞いていて安心感はある。
そんな声は、翔に起床を促していた。どうやらすでに朝になっているらしい。頬をぷにぷにと細い何かで突かれる感触もある。
深淵を漂っていた翔の意識が、その声の呼びかけに応じるかの如く浮上する。重たい瞼を持ち上げると、
「あ、起きた!! おはよ、ショウちゃん!!」
太陽のように明るい笑顔を湛えた先輩、ハルアが翔の視界いっぱいに存在感を主張していた。
「…………」
「ショウちゃん、今日から授業が始まるよ!! 朝ご飯は明日から始まるけど、エドが作ってくれるって!!」
「……………………」
「あれ、ショウちゃん? おーい?」
ハルアがパタパタと目の前で手を振る。
本当ならば起きなければならない。理性は翔の頭の中で「起きろ」と必死に叫んでいる。こうして先輩が優しく起こしてくれたのだから期待には応えたい。
だが、時には本能に抗えない時がある。今がその時だ。布団の魔力というものは強力で、翔を縛りつけて離さない。さすが名門魔法学校の布団である、一度眠った人間を布団の呪縛から解放しない魔法でもかけているようだ。
そんな訳で、
「……………………すぴー」
「ショウちゃん!!!!」
翔は再び瞼を閉じた。
二度寝である。
ハルアが懸命に起こしてくれているのはとても嬉しいし非常にありがたいのだが、睡魔には敵わないのである。と言う訳でおやすみなさい、世界。思う存分に翔は惰眠を貪るのだ。
「ハルちゃん、ショウちゃん起きたぁ?」
「1回起きてまた寝ちゃった!!」
「二度寝したってことぉ? 朝ご飯出来たんだけどぉ」
「起きない!!」
ぽふぽふぽふぽふと布団が叩かれるも、翔の意識はまだ起床に引き摺られない。心地よい衝撃が余計に眠りの世界へと誘う。
ハルアが何度も何度も呼びかけてくれているのだが、そのうちその言葉さえも不明瞭なものになる。ただひたすら眠い。寝かせてほしい。
すると、
「ショウちゃん」
ハルアとはまた違った穏やかな声が、翔の頭上から降ってくる。
「ショウちゃん、起きなぁ。朝ご飯出来たよぉ」
起床を促してくるその声と同時に、ぽんぽんと優しい力加減で布団越しに翔の肩を叩く。自分に兄がいたらこのように優しく起こしてくれるだろうか。
それでも、眠いものは眠い。寝たいものは寝たいのである。布団の魔力の前では兄力など無力に等しい。残念ながら翔を起こす理由には至らない。
そんな訳で、翔は肩まで引っ掛けていた布団にモソモソと潜り込んだ。完全防御形態である。またの名を『お饅頭形態』であった。これで起床を促す声も遮断され、叩かれる衝撃も軽減される寸法である。
「すぴー」
「起きない!!」
「この子布団に引き篭ったんだけどぉ!?」
ハルアは絶望したように叫び、エドワードは驚いたような声を上げる。強敵を前にさしもの優秀な生徒会も手出しが出来ない様子だった。
「ショウちゃん起きて起きて起きて起きて!!」
「ショウちゃん起きなぁ!! 二度寝は許さないよぉ!!」
ハルアはぼふぼふぼふぼふとさらに強くお饅頭形態と化した翔を叩いてくる。エドワードも怒鳴り声で起床を促してくるも、どちらも布団に引き篭って完全防御姿勢で惰眠を貪る翔に効果はない。
相手が根負けして体力を削り、声を掠れさせるのが先か。はたまた翔が起こされるのが先か。ここに『すやすや王者決定戦』が開幕した。
このままなすすべもなく翔が勝利をもぎ取り、惰眠を貪ることになるかと思いきや。
「うりゃーッ!!」
ハルアの気合の入った声と共に、翔が頭からすっぽり被っていた布団を引き剥がしてしまった。
温かな布団の膜が消失し、翔はひんやりとした空気に晒される。急に寒さが襲いかかってきたので、身体を縮めてぷるりと震えた。
おかげ様で眠りの世界に支配されつつあった翔の理性が、徐々に解放されていった。真っ暗な意識の底から、ひんやりとした空気が翔に起床を促してくる。いいや、むしろ首根っこを引っ掴まれて無理やり起こされそうになっていた。
「さむ……」
「起きなきゃダメだよ、ショウちゃん!!」
ハルアが翔の両腕を掴み、上体を持ち上げてくる。強制的に起こされてしまった。
「はい、起きよ!! 起きようね!!」
「んむ……むー……」
ふらふらと頭を揺らしながら、翔は目の前にいるハルアを何とか認識する。
ぼやける視界で、何か赤い髪のイケメンさんが必死に自分を起こそうとしてくれているなと馬鹿な思考が浮上した。こんなイケメンな知り合いはいただろうかと記憶も曖昧になっている。アイドルとして全国デビューして何度もアリーナツアーをやっていそうなイケメンが、何故か自分を必死に叩き起こそうとしているなと思うばかりである。
翔は寝ぼけ眼でハルアを真っ直ぐ見据え、
「むに」
「ショウちゃん!?」
翔はハルアに抱きつき、布団に倒れ込んだ。
「おやすみ」
「あー!!」
そしてそのまま、ハルアを抱き枕にして三度目の惰眠を貪る。ハルアの体温は高く、十分に布団の代わりになる。ちょっとウゴウゴと動き回るのが玉に瑕だが、素晴らしい抱き枕であった。
「助けてぇーッ!!」
「ショウちゃん、いい加減にしなぁ」
エドワードの呆れたような声が降ってきたかと思えば、
「えいや」
「むが」
顔面を何かで掴まれた。
それがエドワードの巨大な手のひらであると認識するより先に、彼の5本の指が丁寧に翔の顔面を揉み込んでくる。絶妙な力加減で施される顔面マッサージは、容赦なく翔の意識を覚醒へと促した。
何だかパン生地になったような気分になるが、『すやすや王者決定戦』を開催している以上は負ける訳にはいかない。意地でもハルアにしがみついて眠ろうとする。
「むいむいむいむい」
もちもちもちもち、と顔面を揉み込まれる。
「むやむやむやむや」
もちもちもちもち、と丁寧にパン生地みたいにこねこねされる。
「……起きましゅ、おはようごじゃいましゅ……」
「はいおはよぉ」
パン生地の気分を味わうことを断念した翔は、エドワードの手のひらを顔面から引き剥がして起きる決意を固めた。さすがにこれ以上は限界だった。
抱き枕にしていたハルアを自由の身にすると、翔はうつらうつらと船を漕ぎながらロフトベッドを脱出する。ハルアも安堵したように翔を追いかけてきた。
「朝ご飯はテーブルに出てるからねぇ。ハルちゃんもさっさと食べちゃいなぁ」
「あい!!」
「ショウちゃんはまずお顔を洗ってきなぁ」
「ふぁい……」
寝ぼけ眼を擦りながら、翔は部屋に併設された洗面所に向かおうとする。何故か扉が閉じていたので、特に何も考えることなく扉を開けた。
綺麗な屋上庭園とご対面を果たした。
花が咲き乱れ、陽光が降り注ぐ美しくも夢のような光景が寝ぼけ眼の翔の眼前に現れる。「これは夢か?」と思ってしまったぐらいだ。
「おそと……」
ちゃんと意識が覚醒していれば、すぐに部屋へと戻ったことだろう。
だが、今の翔は眠りの世界に片足を突っ込んでいる状況である。いつもよりもボケボケ具合は3割増だった。
眠い頭で導き出した答えは、
「川で……顔を洗う……?」
「ショウちゃん待ってショウちゃん待ってショウちゃん待ってぇ」
慌ててエドワードが翔を担ぎ上げ、
「川でお顔を洗おうとしないのぉ。洗面所はこっちぃ」
「あー……」
川で顔を洗おうと画策した翔は、エドワードによって洗面所へと連行されていった。
あのまま誰にも気づかれずに川へ直撃していたら、ドザエモンになっていたかもしれない。危うく新年度2日目にして死者を出すところであった。




