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紫の死神

思考する暇すらなかった。

暗い路地を、一定の歩調で進む一人の女――シズカ。

その足音が響くたび、周囲の音は消えていく。

人々は口を閉ざし、息を潜め、ただ彼女の存在を恐れていた。

彼女は一枚の紙を掲げる。

そこに描かれているのは――一人の少年の顔。

冷たい声が、静寂を切り裂いた。

「……この男を見なかったか?」

問われた男は、肩を震わせる。

視線を紙へ、そして彼女の瞳へ――すぐに逸らした。

「み、見ました……!」

かすれた声。

「一人じゃなかった……もう一人、男がいて……あの……そこから……」

震える指が示したのは――闇に沈む穴。

「……下水道です……」

一瞬の沈黙。

シズカの紫の瞳が、わずかに細められる。

「なるほど……」

小さく呟き、

「賢い……あるいは――」

わずかな間。

「ただの逃げ場を失ったネズミか」

そう言い捨て、彼女は歩き出した。

「ついて来なさい」

拒否など許さない声。

そのまま、闇の中へと降りていく。

恐怖も、躊躇も――一切ない。

下水道の奥。

濁った水の音。

重苦しい空気。

黒星ミナトは無言で歩いていた。

その隣には、火村シン。

薄く笑いながら、何度もミナトを見ている。

やがて――

「さっきから……何度も見るな」

低い声。

「何が見える?」

シンの口元が、わずかに吊り上がる。

「感情の麻痺エモーショナル・ナンブネス

沈黙。

「人間が、徐々に感情を失っていく状態だ」

「嬉しさも……怒りも……何も響かない」

ゆっくりとミナトの目を覗き込む。

「まるで――中身だけ死んでるみたいに」

ミナトの拳が、わずかに軋む。

だが、否定はしない。

シンは淡々と続ける。

「親父が精神科医でね。人の内側を見る癖がついた」

そして、微笑む。

「お前は……分かりやすい」

重い沈黙が落ちる。

やがて――

微かな光。

二人は地上へと出た。

そこに広がっていたのは――別世界。

整った石畳。

静寂に包まれた街並み。

洗練された建物。

「……貴族街か」

ミナトが呟く。

「随分と差があるな」

シンは笑う。

「ここは支配者が住む場所だ」

そして――低く。

「ゲームの本番はここからだ」

その瞬間だった。

二人の動きが、同時に止まる。

合図はない。

ただ――本能。

「……来たな」

シンが低く呟く。

次の瞬間。

空気が歪む。

圧力。

殺意。

見えない“何か”が、空間を押し潰す。

一歩。

また一歩。

足音が近づくたび、世界が軋む。

そして――

路地の奥に、その姿が現れる。

長い黒髪。

紫の双眸。

シズカ。

彼女は足を止め、ミナトを見据えた。

そして――微笑む。

「……見つけたわ」

空気が凍りつく。

呼吸すら、許されない。

「……あいつか」

ミナトが低く呟く。

シンは笑う。

だがその笑みは――先ほどとは違う。

「面白い……」

「想像以上だ」

シズカがゆっくりと手を上げる。

その瞬間――

轟音。

地面が砕ける。

ガラスが弾ける。

空気そのものが、刃となる。

「あなたは――」

冷酷な声。

「生死を問わず、拘束対象よ」

ミナトは無言で剣を抜く。

蒼い光が、闇を裂いた。

そして――

「やってみろ」

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