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第8話:空虚の正体

――深い夜の底で。

ミナトは静かに横たわっていた。

目は閉じている。

だが――意識は眠っていなかった。

それは、幼い頃の記憶。

静かな公園。

ミナトは、ひとり立っていた。

子供たちの笑い声が、あたりに響く。

走り回り、笑い合い――

その手は、父や母としっかり繋がれていた。

「ママ、見て!」

「パパ、一緒に遊ぼう!」

温かい声。

優しい世界。

――だが、それは彼の世界ではない。

ミナトはただ、そこに立っていた。

誰も呼ばない。

誰も手を差し伸べない。

ただ――見ているだけ。

小さな瞳が、その光景を追い続ける。

胸の奥で、何かが静かに壊れていく。

笑おうとした。

だが――笑えなかった。

「……どうして」

かすかな声。

誰にも届かない問い。

――次の瞬間。

音が消えた。

笑い声も、すべて。

世界が、消えた。

ミナトはゆっくりと目を開ける。

冷たい天井。

現実が、戻る。

沈黙。

彼は手をわずかに伸ばした。

まるで、もう存在しない何かを掴もうとするように。

そして――呟く。

「……何も変わっていない」

首元のネックレスを強く握りしめる。

それは、彼と“何か”を繋ぐ唯一の証。

「……普通の人生が欲しかった」

静かな声。

「ただの……普通でいい」

目を閉じる。

「でも、近づくほど――分からなくなる」

「どうやって……生きればいいのか」

指先が、わずかに震える。

「ただ――知りたかった」

「父親がいるって……どんな感覚なのか」

ゆっくりと目を開ける。

そこにあるのは――

怒りでも、悲しみでもない。

ただの、空虚。

「……俺は、何者なんだ?」

答えは――ない。

やがて朝。

淡い光が差し込み、ミナトは静かに起き上がる。

迷いはない。

剣を背に装着する。

ネックレスに一瞬だけ触れ――

部屋を出た。

扉を開けると、

シンが窓際に立ち、街を見下ろしていた。

「起きたか」

振り向かずに言う。

ミナトは一歩近づく。

「……これから、どうする?」

シンはゆっくりと手を上げ、遠くを指差す。

そこには――巨大な城壁。

街を二つに分断する境界。

貧民街と――貴族街。

「向こう側へ行く」

ミナトは目を細める。

「貴族街か……」

シンは微笑んだ。

「本当の“ゲーム”は、あそこから始まる」

沈黙。

「どうやって入る?」

シンはようやく振り向き、言った。

「言っただろ」

一瞬の間。

「俺が“頭脳”で――」

「お前が“力”だ」

数分後。

二人は貧民街を歩いていた。

周囲の視線が集まる。

――その時。

ミナトの足が止まる。

壁に貼られた、一枚の紙。

そこには――

自分の顔。

『指名手配 生死不問』

そして、高額な報酬。

シンが笑う。

「どうやら……有名人だな」

ミナトは何も言わない。

ただ、自分の顔を見つめる。

その瞳は――さらに深く沈んでいた。

フードを深く被る。

影が顔を覆い隠す。

やがて辿り着いたのは――巨大な壁。

「……で?」

「どう入る?」

シンは答えず、足元を踏みつけた。

ガン、と鈍い音。

鉄の蓋。

「こっちだ」

持ち上げる。

その下には――闇。

湿った臭い。

底知れぬ深さ。

「……下水道か」

シンは笑う。

「一番早くて――一番安全だ」

「文句あるか?」

ミナトは何も言わず、先に降りた。

闇の中へ。

シンも続き、蓋が閉じられる。

――世界が閉ざされた。

「離れるなよ」

足音だけが響く。

闇の中で。

――その頃。

城門前。

黒い馬車が止まる。

シズカが降り立つ。

紫の瞳が鋭く光る。

「怪しい者は通らなかったか?」

「いえ……該当者はいません」

沈黙。

「……おかしい」

紙を取り出す。

ミナトの顔。

「奴は、ここにいる」

「ですが門は――」

「なら――別の道だ」

冷たく命じる。

「全ての出口を封鎖しろ」

「徹底的に探せ」

そして――

「逃がすな」

――その時。

地の下で。

ミナトが、闇を進んでいた。

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