第8話:空虚の正体
――深い夜の底で。
ミナトは静かに横たわっていた。
目は閉じている。
だが――意識は眠っていなかった。
◆
それは、幼い頃の記憶。
静かな公園。
ミナトは、ひとり立っていた。
子供たちの笑い声が、あたりに響く。
走り回り、笑い合い――
その手は、父や母としっかり繋がれていた。
「ママ、見て!」
「パパ、一緒に遊ぼう!」
温かい声。
優しい世界。
――だが、それは彼の世界ではない。
ミナトはただ、そこに立っていた。
誰も呼ばない。
誰も手を差し伸べない。
ただ――見ているだけ。
小さな瞳が、その光景を追い続ける。
胸の奥で、何かが静かに壊れていく。
笑おうとした。
だが――笑えなかった。
「……どうして」
かすかな声。
誰にも届かない問い。
◆
――次の瞬間。
音が消えた。
笑い声も、すべて。
世界が、消えた。
ミナトはゆっくりと目を開ける。
冷たい天井。
現実が、戻る。
沈黙。
彼は手をわずかに伸ばした。
まるで、もう存在しない何かを掴もうとするように。
そして――呟く。
「……何も変わっていない」
◆
首元のネックレスを強く握りしめる。
それは、彼と“何か”を繋ぐ唯一の証。
「……普通の人生が欲しかった」
静かな声。
「ただの……普通でいい」
目を閉じる。
「でも、近づくほど――分からなくなる」
「どうやって……生きればいいのか」
指先が、わずかに震える。
「ただ――知りたかった」
「父親がいるって……どんな感覚なのか」
ゆっくりと目を開ける。
そこにあるのは――
怒りでも、悲しみでもない。
ただの、空虚。
「……俺は、何者なんだ?」
答えは――ない。
◆
やがて朝。
淡い光が差し込み、ミナトは静かに起き上がる。
迷いはない。
剣を背に装着する。
ネックレスに一瞬だけ触れ――
部屋を出た。
扉を開けると、
シンが窓際に立ち、街を見下ろしていた。
「起きたか」
振り向かずに言う。
ミナトは一歩近づく。
「……これから、どうする?」
シンはゆっくりと手を上げ、遠くを指差す。
そこには――巨大な城壁。
街を二つに分断する境界。
貧民街と――貴族街。
「向こう側へ行く」
ミナトは目を細める。
「貴族街か……」
シンは微笑んだ。
「本当の“ゲーム”は、あそこから始まる」
沈黙。
「どうやって入る?」
シンはようやく振り向き、言った。
「言っただろ」
一瞬の間。
「俺が“頭脳”で――」
「お前が“力”だ」
◆
数分後。
二人は貧民街を歩いていた。
周囲の視線が集まる。
――その時。
ミナトの足が止まる。
壁に貼られた、一枚の紙。
そこには――
自分の顔。
『指名手配 生死不問』
そして、高額な報酬。
シンが笑う。
「どうやら……有名人だな」
ミナトは何も言わない。
ただ、自分の顔を見つめる。
その瞳は――さらに深く沈んでいた。
◆
フードを深く被る。
影が顔を覆い隠す。
やがて辿り着いたのは――巨大な壁。
「……で?」
「どう入る?」
シンは答えず、足元を踏みつけた。
ガン、と鈍い音。
鉄の蓋。
「こっちだ」
持ち上げる。
その下には――闇。
湿った臭い。
底知れぬ深さ。
「……下水道か」
シンは笑う。
「一番早くて――一番安全だ」
「文句あるか?」
ミナトは何も言わず、先に降りた。
闇の中へ。
シンも続き、蓋が閉じられる。
――世界が閉ざされた。
「離れるなよ」
足音だけが響く。
闇の中で。
◆
――その頃。
城門前。
黒い馬車が止まる。
シズカが降り立つ。
紫の瞳が鋭く光る。
「怪しい者は通らなかったか?」
「いえ……該当者はいません」
沈黙。
「……おかしい」
紙を取り出す。
ミナトの顔。
「奴は、ここにいる」
「ですが門は――」
「なら――別の道だ」
冷たく命じる。
「全ての出口を封鎖しろ」
「徹底的に探せ」
そして――
「逃がすな」
◆
――その時。
地の下で。
ミナトが、闇を進んでいた。
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