裏切りの果て
シンはタスキ王子と共に、王城の長い回廊を進んでいた。
重厚な扉が一つ、また一つと開かれ、
そのたびに兵士たちが無言で頭を下げる。
中へ足を踏み入れた瞬間――
シンの目がわずかに見開かれた。
白い大理石の壁。
そこに刻まれた精緻な金の装飾。
天井からは巨大なシャンデリアが吊るされ、
光を反射してまるで星のように輝いている。
すべてが――異常なまでに豪奢だった。
その様子に気づいたタスキは、わずかに微笑む。
「お前の世界にも、これほどの城はあるのか?」
シンはしばらく視線を巡らせた後、静かに答えた。
「いいえ、殿下……ここまでのものは存在しません」
一瞬間を置き――
「実に見事な造りです」
タスキは満足げに頷き、装飾の施された大扉の前で足を止めた。
「いいだろう……今から、私の家族を紹介してやる」
合図と共に、兵士たちが扉を開く。
重い軋み音とともに――
玉座の間が姿を現した。
高く広い空間。
光に満ちた荘厳な空気。
その中央には――
白と金で彩られた玉座。
そこに座していたのは、一人の女。
美しい。
だが――その存在は、冷酷だった。
四十代ほどの年齢。
長く流れる灰色の髪。
そして、感情を感じさせない黒い瞳。
タスキが一歩前に出る。
「母上……」
「こちらが例の男です」
わずかに振り返り――
「ノクシア王国女王、シノハラだ」
沈黙。
シンは即座に膝をつき、頭を垂れた。
「お目にかかれて光栄です、陛下」
だが――
女王の視線は一切揺るがない。
ゆっくりとタスキへ向けられる。
「……これが?」
冷たい声。
「お前が言っていた“有用な召喚者”か」
そして、吐き捨てるように言う。
「他の連中と同じ……呪われた存在にしか見えないが」
タスキは動じない。
「ご心配なく、母上」
「この者は私が見極めました」
シンを一瞥する。
「召喚者ではありますが……頭は切れる」
「十分に使える駒です」
そして問いかける。
「そうだろう、シン?」
一瞬の静寂。
そして――
「お仕えできること、光栄に存じます」
シンは頭を下げたまま答えた。
だが――
「違う」
その一言で、空気が凍る。
シンの視線がわずかに上がる。
女王は冷ややかに言い放つ。
「お前は“共に働く”のではない」
「ただ、我らに仕えるだけだ」
鋭い視線。
「所詮、お前は異世界から来た召喚者に過ぎない」
沈黙が落ちる。
シンは頭を下げたまま――動かない。
その表情から、一瞬だけ笑みが消えた。
侮辱。
だが次の瞬間――
彼はゆっくりと顔を上げる。
そして、再び微笑んだ。
まるで何事もなかったかのように。
「失礼いたしました、陛下」
その声音は、より丁寧に整えられていた。
「王族の方々との会話には、まだ慣れておりませんので」
女王はしばし彼を見つめ――
淡々と告げる。
「ならば、覚えろ」
短い沈黙。
「どう話すべきかをな」
◆
その頃――
冷え切った石造りの地下牢。
二人の兵士が、ミナトを連れて歩いていた。
鎖の音が響く。
足取りは重く、鈍い。
傷は治療されていたが――
痛みは消えていなかった。
むしろ、深くなっている。
やがて、鉄格子の前で止まる。
鍵の音。
軋む扉。
そして――
ミナトは中へと押し込まれた。
簡素な食事が置かれ、
何も言われることなく扉は閉ざされる。
兵士たちの足音は遠ざかり――消えた。
静寂。
重苦しい沈黙。
ミナトはしばらく動かなかった。
やがて――
ゆっくりと顔を上げる。
視線の先は、冷たい石壁。
虚ろな瞳。
一歩。
そして――
拳が振り抜かれる。
「……なんでだよ」
鈍い音。
「なんでだ……!」
もう一度。
さらに――
「なんで……!!」
何度も、何度も壁を殴る。
骨と石がぶつかる音。
血が滲む。
それでも止まらない。
怒りも、悲しみも、すべて叩きつけるように。
やがて――
動きが止まった。
荒い呼吸。
震える身体。
膝から崩れ落ちる。
そのまま床に座り込む。
震える手で胸元に触れ――
ネックレスを握りしめる。
「……俺は、なんなんだよ」
かすれた声。
「なんで……いつも俺なんだ……」
目を閉じる。
「騙されて……」
「全部、失って……」
拳が強く握られる。
「周りの奴らも……」
沈黙。
そして――
涙。
最初は静かに。
だが――
「……っ」
嗚咽。
崩れる。
「いっそ……」
声が震える。
「生まれてこなければ……よかった……」
完全な沈黙。
だが――
その時。
「……ミナト?」
かすかな声。
壁の向こうから。
「ミナト……なのか?」
ミナトの目が見開かれる。
ゆっくりと顔を上げる。
「……誰だ?」
視線を隣の壁へ向ける。
「誰が……呼んでる?」
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