裏切りと契約
シズカはゆっくりと、ミナトの胸から剣を引き抜いた。
刃を伝って血が滴り落ち、ミナトの身体はふらりと揺れる。
その冷たい視線は、まっすぐシンへと向けられた。
「……なるほど。あなたが、あの男の仲間ね」
声には一切の迷いがなかった。
次の瞬間――
彼女の姿が消える。
風を切り裂くような速度で踏み込み、
その剣が一直線にシンの喉元を狙う。
だが――
シンはわずかに身体を傾けるだけで、それを回避した。
そして同時に――
手を伸ばし、シズカの肩に触れる。
ほんの一瞬の接触。
それだけで、十分だった。
「……?」
シンの姿が――消えた。
静寂。
そして――
地に倒れたミナトの影が、ゆっくりと揺らぐ。
蠢き、形を成し――
その中から、シンが姿を現した。
まるで最初からそこにいたかのように。
彼は軽く身をかがめ、負傷したミナトを抱え上げる。
そしてシズカへ視線を向け――微笑んだ。
「気に入ってくれるといいんだけど」
ゆっくりと手をかざす。
その瞬間――
シズカの足元の影が、異様に膨れ上がった。
歪み、蠢き、凝縮していく。
黒い気配が、音もなく噴き出す。
やがて――
影が持ち上がり、一つの“形”を取る。
それは――
シズカと同じ姿。
同じ顔。
同じ剣。
だが――
全てが、漆黒。
影でできた、もう一人のシズカ。
重い沈黙。
シンはわずかに首を傾け、愉しげに言った。
「せいぜい楽しんでくれ」
その言葉を残し――
彼の姿はミナトと共に消えた。
完全に。
残されたのは――
シズカと、その“影”。
二人は無言で見つめ合う。
一瞬の静止。
そして――
激突。
黒いシズカが踏み込み、剣を振るう。
シズカも即座に応じた。
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
戦いが――始まった。
◆
薄暗い路地裏。
影に沈んだその場所に――シンが現れた。
腕の中には、重傷のミナト。
彼はそっと地面に横たえる。
「死ぬなよ……」
静かな声。
「まだ、お前には生きていてもらわないと困る」
ミナトは荒い呼吸の中、顔を上げた。
「……なんでだ……」
怒りのこもった目で睨みつける。
「どうして……俺を生かす……?」
その問いに答える前に――
足音。
規則正しく、静かに。
だが確かな威圧を伴って。
闇の奥から、一人の青年が姿を現した。
長い金髪。
鋭い蒼い瞳。
気品に満ちた王族の装い。
その背後には、武装した騎士たち。
沈黙。
シンはわずかに目を細める。
「……誰だ?」
だが次の瞬間――
彼は深く頭を下げた。
「タスキ殿下」
その声音は、先ほどとはまるで別人のように整っていた。
「約束通り――使えそうな駒をお連れしました」
空気が凍る。
ミナトの目が見開かれた。
「……は?」
視線が二人の間を揺れる。
「おい……てめぇ……」
声が震える。
「最初から……俺を騙してたのか……?」
シンはゆっくりと顔を上げる。
薄く笑った。
「騙す?」
小さく首を振る。
「違うな」
一歩、近づく。
「ただ……遊んでいただけだ」
沈黙。
タスキは満足げに頷いた。
「見事だ、シン」
そして告げる。
「約束通り、お前を私の側近としよう」
シンはただ微笑むだけだった。
タスキの視線がミナトへと向く。
冷たい評価の目。
「……これか」
短く言い放つ。
「連れていけ」
騎士たちが動いた。
「治療しろ」
「その後、牢へ入れておけ」
わずかに間を置く。
「明日までに……使える状態にしておけ」
「はっ!」
騎士たちはミナトを担ぎ上げる。
その時――
ミナトが顔を上げた。
シンを睨む。
殺意に満ちた目。
「……覚えておけ」
かすれた声。
「お前を殺すのは……俺だ」
静寂。
シンは微笑んだ。
どこか楽しそうに。
「そうか」
背を向ける。
「じゃあ……楽しみにしている」
足を止めずに続けた。
「さよならだ、ミナト」
「また明日な」
騎士たちは闇の中へ消えていく。
◆
その頃――
別の場所。
シズカは静かに立っていた。
周囲には戦闘の痕跡。
黒い影は、すでに消え去っている。
完全に破壊されていた。
そこへ、部隊の者たちが駆け寄る。
「隊長!」
だがシズカは答えない。
ただ前を見据え――
低く言い放つ。
「探せ」
その瞳に、怒りが宿る。
「どこまでも追え」
剣を強く握り締める。
「……あの連中は」
わずかな間。
そして――
「絶対に、逃がさない」
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