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源道秀2

 練習馬に乗る実技の授業。

 雨の日は屋根のついた覆馬場(おおいばば)で行う。

 基礎課程は半年間、馬を自分の思い通り走らす訓練をし、時にバーなど使って障害飛越をやらせる。

 もちろん、走路騎乗も敢行するが、フィジカルトレーニングで体力をつけたりもする。

 馬上の体感や姿勢の感覚なども大事で、基礎課程でもテストがあり、クリアしなければならない。

 他に実践課程では更に知識や技術を身につけさせて、走路に出して調教スタンドから無線を手に指示を飛ばし指導する。

 もちろん、プロになれば雨の中レースに挑むことも有り、その練習もいずれ行う。

 視界を確保するためにカバーを重ねてつけ、泥跳ねで汚れたら首に下ろしたりなど、実際に体験させるのも大事だ。

 今日は走路ではないので、競馬で目にする騎乗姿勢ーーモンキー乗りを実際に馬の上でさせた。

 鐙の短い鞍に腰を下ろさず、身体を浮かせた前傾姿勢を取らせ、教官数人による監視の下、覆馬場で軽く速歩(はやあし)させて姿勢をキープ出来ているかを見る。

「体上がりすぎだ! もっと落とせ!」

 競馬学校に入学するくらいなので、馬が好きとか乗馬経験のある生徒が毎年何人か入学する。

 しかし、馬に乗った経験があっても、逆にそれがネックになってしまう場合というのはあった。

 それは乗馬と競馬の騎乗姿勢が違うこと。

 そため、癖を直すのに苦労する生徒が出てくる。

 例として最初は身体か腰がまだ高いか、持続力が足らずに和式トイレのようになってしまう。

 他のスポーツから乗馬すらしたことない生徒が入学するケースもあり、元からスポーツをしていたこともあって飲み込みが早く、元から癖が無い分早く姿勢を取ることが出来る生徒も存在する。

 それが風越みるめと同期の未帆にも言えることだった。

「へっぴり腰じゃ上手くならないし、最悪腰を痛めるぞ! 腹筋に力を入れろ。そこ! 重心が後ろすぎ! 怖がるな。不安な気持ちが馬に伝わるぞ!」

 風越みるめは実家の馬に乗っていたらしいが、気を抜くとすぐに姿勢が崩れる。

 彼女は夕食後に自由時間となる数時間、木馬でも練習していると聞く。

 洗濯やついつい友達とのお喋りに時間を消費してしまいがちではあるが、実質周りよりも上手くなるため自主トレに充てるという生徒が大半だろう。

「一周の最後で帳尻を合わすな! 言われた速度で一定に走らせろ! 上手く乗れてないと、馬の歩様にも影響してくるぞ!」

 動物を相手にしているため、完璧に御することは出来ない。

 しかし、完璧に近い形で操れなければ、レースには勝てないとも思っている。

 最初から最後まで馬が全力で走ることは不可能。それが訓練された馬であっても。

 思いっきり走りたい馬を押さえてどこまで温存させて走らすか、刻々と進むレース中に仕掛ける一瞬を見極め、加速させる必要がある。

 その時に馬が指示を素直にきくのと、二度合図を出さなければならないのとでは違う。

 一秒二秒で前に出るタイミングを失うことがある。

 完璧に乗りこなせなくても、その馬の気性や癖を把握した上で、レースの流れる中でベストなペースを掴まなければならない。

 持論だけれど優しく指導して勝負に弱い騎手を育ててしまうくらいなら、陰で悪口を言われるくらいの方がマシ。

 プロになってからの厳しさに耐えられる騎手にしてやりたい気持ちがある。

 もちろん、何でも厳しいくすることが正解ではないけれど、気になったり駄目なところを指摘せずに卒業させて、壁にぶちあたった時に乗り越えられないようでは困る。

 プロになった卒業生に感謝されるより、学生時代たっぷり絞られたと笑われることが多いが、それで良いと思う。

 姿勢が取れないのは必要な分の筋肉が足らないか、もしくは身体に染みついていないかなので、諦めずに繰り返したり練習さえしていれば、いずれモンキー乗りの姿勢を取ることが出来る。

「ラスト一周!」



 週の真ん中、ある日の水曜日。

 次の授業も自分が受け持つため、源道秀は休み時間の教室に残り、今しがた回収した答案用紙に目を通す。

 手にした赤ペンを走らせ、採点と指摘を書き込んでいく。

 出来れば次の授業開始には、答案用紙を返して一言添えてやりたい。

 まず一般的の学校であれば無理だろうが、競馬学校は一学年数人程度。

 絶対に不可能と言えないので、頑張って目とペンを走らす。

「ふっふぅ、休みのお出かけ楽しみだな~」

 日曜日の休みはまだ先だけれど、待ち遠しさが伝わる声が耳に届いた。

 女子は限られているため、採点から顔を上げなくても、口調や声の明るさから茶道の先生から人懐っこいと褒められた未帆の発言と検討がつく。

「うん、楽しみなのは分かるけど寝坊しないでね」

 次の優しく落ち着いた印象の口調は、風越みるめのもので間違いない。

 教官の前では常に敬語なのでしっかり者な印象もあるが、友達と喋る時は年相応の言葉づかいと可愛らしさが覗く。

 寮生活で外出は許されても外泊は許可されてないため、中学生の頃よりも競馬学校の生活は時間が貴重だった。

 騎手課程より厩務員になる厩務課程の生徒であれば、平日でも夕食後から消灯時間まで自由時間の間ならば、外出を許されていた。

「大丈夫。みるめが起こしてくれるでしょ? 頼りにしているよ!」

 そう教室に響く声はいつもと同様に大きく、顔を上げなくても胸を張ってそうなイメージの姿が浮かぶ。

「私、未帆の目覚まし時計じゃないんだけどなぁ」

「お願いー! 私抜きで出かけても楽しくないでしょ?」

 競馬学校の生活は厳しい方なので、未帆のように元気だと分かりやすい性格の生徒は、不調の時は気づきやすいし、変わらない明るさで居ると安心する。

 一方、大人しく真面目な生徒はストレスを我慢してしまうし、周りが気づく頃には限界だったりする。

「もう……起こしてはあげられるけど、寝不足だと勿体なくない? ずっと眠いと何事も楽しめないし、最悪体調不良になったらどうするの? 動けなくなっても、未帆を担ぐ自信ないよ。私」

 それを聞いた未帆は悩む素振りを見せ、風越みるめに同室なのを良いことに頼み事をする。

「うん~む。じゃあ、前日の夜はベットの隣で子守唄歌ってお腹ポンポンしてよ!」

「私が寝不足になりそうだから却下。その代わりにヨガと勉強でもして体も頭も疲れさせて寝ようか」

「え~、嫌だ~! 休みの前くらいはのんびりした~い!」

「その流れだといつも通り夜更かしするでしょ? その影響で欠伸ばかりしていたら本末転倒じゃないかな?」

「んん~」

 風越みるめが彼女を諌めていると、教室で声を落とすことなく喋っていたため、同期の男子が休日の相談をする二人に声をかける。

「何なに? 楽しそうに喋ってるけど何の話?」

「ん~、次の休み外出するから楽しみだねって。楽しみだから話してただけ」

「なら、俺らと一緒に遊ぼうぜ。どこ行く予定?」

 ぐいっと相手に身を乗り出す男子。

 答案用紙に目を通しながら、二人を誘う彼に源道秀は一言呼びかける。

「外出届けを出すなら早くしろよー。まだ出してないだろ? 余りギリギリだと忙しいからな」

「はっ?! はい! メンバー決まったら提出します!」

 話しかけられると思っていなかったのだろう。驚かれてしまった。

 外出許可申請が前日だと、場合によってはすぐに目を通せないため、遅くとも金曜日までの提出を促している。

「……というわけで、俺らも外出するから遊ばない? 一応予定ではボウリング、バスケ、カラオケをしに行こうかって話してるんだよね」

 それらが入る複合施設へ一緒に行こうと予定変更を提案する男子。

「バスケ……」

 気を引かれた呟きが聞こえた気がして、チラリと未帆の様子を窺う。

「どうだ? 皆で遊んだ方が盛り上がるし、風越も一緒にさ。俺らとどう?」

 風越みるめも別の男子、丸原(まるはら)から声をかけられていた。

 強制ではないが、大抵の男子は入学に合わせていがぐり頭にして入学してくる。

 大抵の男子は坊主頭になると身に馴染んでないため、幼くなったり、芋っぽい印象になるが、丸原は端整な顔立ちのためか様になっていた。

 応募時の顔写真で見ているからそんなことはないのだけど、元からそうだったかのような印象を受ける。

 今どきは染めたり、耳に穴をあけたり、爪をデコったり、極端なファッションでなければ、授業に支障がない範囲で許されていた。

「ダーツもあるし、クレーンゲームで欲しいのあったらーー」

「ざ~んねん! みるめとのデートだから男子は要りませーん!」

 弾む声で隣の風越みるめに抱き付き、身体ごと寄りかかって男子たちを流し見ながら返事をする。

「重い……」

 滅多に目にすることのない、風越みるめの煩わしそうな顔。

 振りほどく仕草を見せないものの、迷惑そうな表情を浮かべている。

 一方、クレーンゲームで取ってあげると物で釣ろうと途中で遮られた丸原は粘り強く誘う。

「そんなこと言わずにさ。何ならダブルデートとかどう?」

「はぁ!?」

「誰と誰がだよ!」

 また他の男子が声を上げ、丸原たちはグループ出かける予定だったことが分かる。

 そのためダブルデートとなると人数からして男子があぶれるのはもちろん、女子二人がカップルのていだとして、どの男子二人がカップルのフリをするのか、罰ゲームのごとき提案に批難の声が上がった。

 丸原も焦った勇み足の提案だったようで、皆の反応を前に自分自身でも困惑しているようだった。

 確か丸原はいつの間にか『悪魔』とか呼ばれていた男子だったと記憶している。

 不適切や本人が嫌がるあだ名を使用しないように注意も考えたが、本人への聞き取りと寮の浴場での由来を聞き、男子学生らしいノリの安直な命名に、軽視する意図が無いので特に介入はしなかった。

 彼も『悪魔』と呼ばれるのはかっこ良く思っていて、嫌なら切っているだろうし、今も伸ばしているというのであれば問題ないだろう。

 焦った丸原が口走った頭のおかしい提案に、未帆を誘っていた男子も戸惑いを見せていた。

 この会話に加わっていない他の生徒は、元から興味が無いのか気にもかけていない様子で居る。

 そこに未帆が男子たちに質問を投げかけた。

「お買い物メインだから、男子たちは楽しくないでしょ? それに下着買おうかなって思ってるんだけど? 男子と一緒は私が嫌だし、皆だって困るでしょ?」

 男子たちは下着と聞き、反応に困る顔を浮かべ、ゆっくりと顔を逸らす。

 さすがに中学校を出たばかりが多いためか、異性のそういうところには、一緒について行くとはったりでも口に出来ないようだった。

 恋人や夫婦でも女性用下着を買うのは一緒には行かないので、当然の反応とも言える。

「そ、そーだな。また今度遊ぼうか」

「空いた日があったら教えて。次こそは一緒に遊びたいからさ。せっかくの同期なんだし」

 下着を選ぶなんて一時の出来事なので、その時だけ席を外すからと切り返せない辺り、免疫の無い年相応の男子らしく見えた。

 丸原の次に繋げようとする最後の姿勢は、若い時の自分には出来なかったことなので、片手間に見守っていて感心した。

 この日曜日の顛末は、また茶道の先生経由で知ることになる。



 楽しみにしていた週に一度の休日、日曜日。

 外出先が屋内なので天気は余り関係無いが、スッキリとした晴れで目覚めも良かった。

 それなのに寮を出て間もなく、風越みるめを責めながらその手を取って揺らす。

「ぬぁー! やっぱりダメ。何で! 何でみるめはスカートじゃないの!」

 競馬学校の制服は女子もスラックスなため、いつもと変わらないと未帆が不満を爆発させる。

「せっかくのお休みなんだから、デートなんだし、かわいいスカート姿が見たかったよ~。絶対今日のヘアアレンジにはスカートが似合うのに~」

「え、えぇ」

 それなら部屋で仕度している時に、同室なのだから言って欲しいーーそう思いつつ、髪をアレンジしたことにより覗く耳に触れる。

「嫌いじゃないけど、パンツの方が好みなの。似合ってない?」

「う~、似合ってる! 大人っぽくて、カッコいいよ! 惚れ直しちゃう!」

「惚れてたなんて初耳」

 この日の風越みるめは、シャツの上に丈の長いシアー素材の羽織り物を着て、ボトムは先述のパンツスタイル。

「ありがとう」

 そう風越みるめは礼を口にし、相手のコーデを褒め返す。

「未帆も髪がふわっとしていて、淡いレモン色のコーデにピッタリだよ。軽い感じのスカートも似合ってる」

 ミディアムの髪に普段身に着けることのないスカート姿で、制服時の溌剌とした雰囲気とは違った印象を受ける。

「袖から覘くレースもアクセントになってて、ずっと女の子っぽいよ」

 背中の小さなリュックが一気に学生らしさというか、幼さを出していたけれど指摘しないでおく。

 とにかく彼女の元気なイメージには合っていることに違いなかった。

「ありがと! ひふっ、みるめに褒められちゃった」

 嬉しそうにサイドの毛先を弄りだす相手に、風越みるめはバッグとチェーンで繋がるショルダーパッドを肩にかけ直し、ハーフアップにした毛先を揺らして促す。

「さ、出発しよう。のんびりしてるとバスが来ちゃう」

「うん!」

 軽い足取りで未帆が人懐っこく風越みるめの腕に抱き付く。

 まるでネコが戯れ付くかのように顔を上げると、自分よりも背の高い風越みるめの視線と目が合った。

「歩きにくいからバス停までね」

「えー、女の子同士なら普通でしょ。恥ずかしがらなくて良いじゃん」

 未帆は非難の声を上げるも、せっかくのお出かけに転んでしまってはもったいないと説得させられてしまう。

「背高くて良いな~」

 スカートを揺らし、隣を歩きながら風越みるめの身長を羨んだ。

「騎手なら、ある程度小さい方が適正でしょ。むしろ小さい方が女の子らしくて羨ましいけどな。男子並みの身長だし、フィジカル鍛え出したからか、今日のコレだって太ももが前よりきつい気がするし」

 風越みるめは否定しながら、すっとパンツに視線を落とした。

 膝辺りから裾に向けて広がるブーツカットなのだが、先述の通り太ももの生地が張っている。

「分かる。私も家から持ってきた一部の服、二の腕がヤバいもん。毎日馬のお世話とかもしてるから、あれが地味に筋トレになっててさ」

 一歩一歩踏み出す度に、太ももがプルプル揺れていた。

「でも別にみるめは似合ってて違和感ないから大丈夫だけどな。それに今どきは、太ももの大っきいむっちりした子が人気なんだよ」

「それ、なに情報のどこ界隈? 少なくても男の子にとってでしょ? 女子的にはモデルみたいなスリムな体型が理想なんじゃん」

 騎手になるなら筋肉が付くのも仕方ないと内心思いながら、風越みるめは言葉を口にしていた。

 元からダイエットなどには興味が無いけれど、雑誌のすらっとしたモデルを良いと思うし、持っている服が着られなくなったりするのはシンプルに困る。

「伸びてシルエットが変わっちゃいそうなの、思い出として早めに着ておこうかな?」

 そんな悩ましさを滲ませ、零れた言葉を耳にした未帆は飛びついた。

「それこそ太ももを隠せるスカートの出番じゃない? やっぱみるめは大和撫子だから、スカート丈はロングで紺とか落ち着いた色の物が良いって! タックよりプリーツかな? 折り目が細かいのが良いかも。タイトやトレンチは雰囲気に合わなそう。短いボックスプリーツは解釈違いか? う~ん、素材が良いと何でも似合うから悩むなぁ!」

 せっかく形よく仕上げた眉を寄せて、風越みるめの隣で楽しげに未帆が唸る。

「そんなにファッションをこだわるタイプ?」

「ん? 前は適当過ぎてお母さんに小言言われてたけど、相部屋になってから毎日みるめを見てたら、制服とジャージと乗馬服だけじゃもったいないなって」

「それ、着せ替え人形にしたいからじゃないよね?」

 着せ替え人形を買ってもらったことで、ファッションに目覚めた女の子のように思えて、恐る恐る聞いてみた。

 未帆は彼女の疑問に、誤魔化さず正直に答える。

「それもあるかな。よし! 着いたらみるめのスカートファッションショーだ! みるめは身長があるし、美人だしモデルさんだよ! やっぱりスカートにしよ!」

 未帆は胸の前で握り拳を作り、目線を上向けて風越みるめを見つめた。

 強い眼差しにちょっと身を引きながらも、思いつきの提案を否定する。

「ちょっと女子の平均より背が高いだけだって。必要ないよ」

 風越みるめは乗り込んだバスで、せっかく遊びに行くのだから、ファッションショーは必要ないと説得する。

「色んなショップを見て回るんでしょ? 私は二人で楽しみたいけどな。スカートは今度ネットで自分に似合いそうな系統を調べてから探した方が、時間の節約になると思うんだけど?」

 何せ学校の敷地外で遊べるのは週一回だけなのだから、思いつきで行動して時間の大半を使ってしまうのはもったいないと言葉を並べる。

 勢いでネットと口にしたが、まだ自由に使えていた入学前の習慣で口走ってしまった。

 競馬学校でのルール上、ファッションを追うのは雑誌頼りになるだろう。

「う~ん、そう?」

「そうそう」

 このすぐ後、乗り気の未帆を何とか説き伏せることに成功した。


 最近SNSで話題のお菓子を買うため、複合施設内のディスカウントストアに立ち寄った時のこと。

「んや? レジこっちじゃなかったかね」

「あー、そっち……いや、こっちにあったような」

 年配の夫婦と見られる女性とレジカゴを下げた男性が、商品が所狭しと列ぶ棚に挟まれながら、右往左往している様子が目に入った。

 店内には帰る頃には脳内リピートされそうなほど、クセになる自社ソングが絶えず流れている。

 日用品の物が衣類から家電、食品まで揃うディスカウントストアは慣れないと若者ですら陳列された物量に圧倒されてしまう。

 そのため見通しが悪く、訪れなれない年配の人だと、自分の位置が迷子になっても仕方ない。

 たまにのご褒美でお菓子を手にした未帆の隣から、どこに進むかすら迷って立ち止まってしまった夫婦に風越みるめが声をかけた。

「あの、もし良かったら一緒にレジへ行きませんか?」

 同期の彼女は歩み寄り、店内BGMに消されないようハッキリした口調と発音で喋る。

「私たち、ちょうどお菓子買うところなので」

 自身の顔の横にパッケージをかざし、レジの場所が分からず困っていた年配の二人に微笑みかける。

「それとも、まだお買物があるなら付き合いますよ?」

 レジを探している風だったため、もう大丈夫なのは予測出来たが、念のために尋ねた。

 風越みるめのその言動は未帆から見るとすごく自然で、お年寄りのおじいさんおばあさんに声をかける姿は、慣れているように映った。

「ありがとう」

 下がっていた眉を上げるおばあさんは安堵の表情を浮かべ、おじいさんも渡りに船とばかりに大きく頷く。

「目ぇ、回っちまったからもういいな? ゆーちゃんが欲しがってるのは見つけたしな」

「そうなの。アタシたち孫のゆーちゃんに頼まれてね。お人形を買いに来たのよ」

 言って女性が鈴付きお守りが下がるスマホを取り出し、画面を見せてくる。

 それは商品ページをスクショした画像だった。

 メッセージアプリに添付されたパッケージを目にし、風越みるめと一緒に覗き込んだ隣の未帆が声を上げた。

「おばあちゃん、おじいちゃん、カゴに入ってるのちょっと違うから、今から取り替えに行こうか!」

 彼女の店内BGMに負けないくらい通る声に指摘され、お年寄り二人は表情をポカンとさせる。

「そのスマホのブラインドぬいぐるみ、前のシリーズの方なんだよ。今手に持ってるのは最近出た新作のやつで、お孫さんこの間の新発売のしか手に入らなかったんじゃないかな~って?」

 喋りながら踵を返す未帆に、おじいさんおばあさん、風越みるめの順番でついていく。

「どんどん新しいの出るから、前のが手に入らなかったりするんだよね。田舎だと残ってたりするから、お孫さんも頼んだんだと思うんだ」

 自分たちも店内を見て回っていたので、オモチャコーナーに併設された海外メーカーのブラインド商品がある特設棚の位置は把握済みだった。

「そうなのか? 同じに見えるが?」

 疑問を口にしてカゴからシワだらけの手で箱を取り、おばあさんのスマホを覗き込むおじいさん。

「ん~ちょっと配色とメイクが違うんだよね」

「見慣れないと分からないですよね? 私も最初全部同じに見えましたから大丈夫です」

 後ろからそっと風越みるめは言葉をかけ、二人をフォローする。

 未帆はすらすらと棚の間を抜けていく。

 まるで森の妖精に惑わされて、木々の奥へ奥へ案内されているよう。

 あっという間に目的の棚に到着し、彼女は商品を横へ滑るように見ていく。

 おじいさんは何が何だかといった様子で頭をかき、おばあさんはスマホと商品を見比べてため息を漏らす。

「ちょっと似てるけど、こっちなんだよね。どうぞ」

 彼女は一箱、棚に置かれた並びの中から手に取り、カゴの中の物と入れ替えるように渡す。

「ありがとうね」

「いいえ! お孫さんが喜ぶ物が入ってるといいですね」

 横から様子を見ていたおじいさんは、スマホとおばあさんの手にするパッケージを見比べ、それでも分からなそうに首を捻っていた。

 そもそもランダム商品ということも、完全に理解していなかったらしく、おじいさんはもう一箱カゴに放り込む。

「好きじゃないのだったって、ゆーちゃんに嫌われたくないからな」

 その呟きに年配の女性は小さく笑って頷く。

「そうですね」

 レジに向かいながら、孫の話をされた。

 孫が小学生と聞き、確かに子供のおこづかいでブラインド商品を買うには厳しく、祖父母に頼み込むのも当然と思えた。

 今人気の海外メーカーのブラインド商品は値が張り、お年玉が入る時期でないと、中々子供のおこづかいでは買えない価格帯だ。

「でも、本当に良かった。あなた達に声をかけてもらわなかったら、ゆーちゃんにお願いされたお人形も買えないし、レジにも行けなかったわ。ずいぶん大人っぽいけど、あなた達は学生さんで良いのかしら?」

 レジに並びながら雑談は続いていた。

「はい。競馬学校の1年です!」

 人懐っこい未帆が満面の笑みで質問に返すと、おじいさんの方が喋っていたおばあさんより先に反応を見せた。

「そうか! ならジョッキーを目指しているのか?」

 おばあさんとずっと喋っている未帆ではなく、風越みるめに問いかけられた。

「それとも馬を育てる厩務員か?」

「騎手課程です」

「そうか! そうか! じゃあジョッキーデビューしたら、お姉ちゃんたち二人を応援するな!」

 急に上機嫌な表情を見せるおじいさん。

「ホントですか?! ありがとうございます!」

 おじいさんの言葉に、聞こえていた未帆が元気に答えた。

 するとおばあさんが、突然おじいさんが元気になった理由を教えてくれる。

「この人競馬好きなのよ。競馬にも行きたいけど、ゆーちゃんとも遊びたいって、勝手にまだ歩き始めた頃の孫を連れてって怒られたんだから。恥ずかしいわ」

 言って手を頬に当て、笑う。

 こうしてお年寄りを助けて別れた後、二人は目的のウィンドウショッピングに繰り出した。


 ショップを幾つか見て回る。

 複合施設なため一軒一軒のスペースがコンパクトで、ちょっと物足りないと感じるものの、色々見て回るなら最適かもしれなかった。

 バイキングでちょっとずつ、沢山の料理や味を楽しむ間隔に似ている。

 お菓子は体重管理しなくてはならない都合上、ご褒美用に少し買っただけで、残りはファッションやコスメ、部屋小物を眺めて歩いた。

「厩務員課程の人たちも遊びに来てるね」

「そうだね」

 ちらほら見かけたことのある顔があった。

 寮や練習馬を飼育する厩舎で挨拶を交わす程度、人によっては仲良くなって友達になる人も居る。

「前に告白して来た男子も居たね。やっぱりフラれた後にくっ付いたのかな?」

「たぶんね」

 わくわくしながら喋る未帆に、恋愛方面に興味の無い風越みるめは短く相づちを返す。

「見かけると女子がみるめをチラチラ見てたから、彼がフラれた後に励ましたりしたのかな? それで付き合ったとか。そうだったらマンガみたいだね」

「本当にね」

 未帆には話していないけれど、男子の告白を断った後日、彼女に呼び止められていた。

 相手は厩務課程の人で、厩務課程にも女子は割と居る。

 なぜ振ったのかという質問に興味が無かったからと答えた後、厩務課程は毎日顔を合わせられるのも半年しかないから、気になるなら思いを伝えたらと女子に言葉を返した。

 結果はーー今目撃した通り。

 競馬学校でも色恋沙汰は普通にある。

 だいたいが男子は誰が好きか、女子は誰彼がありかなどお喋り程度の話。

 厩務員課程の生徒は半年で卒業なので、基本三年で卒業の騎手課程とのカップルは珍しいと聞く。

 卒業時期が近ければ良いが、連絡手段が建物に設置された公衆電話なので、卒業してしまうと連絡が難しかった。

 寮にある公衆電話は、家族と連絡を取る手段でもあるため、それを思うと手短に済ますしかない。

 外で会うにしても厩務員になってしまえば、基本休みは月曜日なので会うにも調整が必要になる。

 だから、恋愛をするなら同じ課程同士が良いのかもしれない。

「ねぇ、みるめは同期の中なら誰が良い?」

「誰も無しかな」

「え~、でも、みるめのこと気になってる男子は居るよ」

「興味ないよ。誰かってわけじゃなくて恋愛自体に惹かれない」

 誰が気になってて、誰が誰を好きで、どことどこが付き合っているのかという話を耳にしても、他人の恋愛なんて好きにやっていてとしか思わない。

 地元でも好きな人なんて居なかったし、風越みるめ自身、自分が恋をする姿なんて想像が出来なかった。

 だから友達や身近な人に影響を及ぼさないなら、他人の恋愛なんて話半分で聞き流してしまう。

「騎手目指すんだから、恋してる場合じゃないでしょ? スポーツ全般、練習を怠って良いことはないんだから。それは未帆が良く分かっているんじゃない?」

「ん~、それは別じゃないかな。騎手になることと恋愛は何も関係なくない?」

 未帆にしては珍しく感情論ではない指摘。

「恋をしてても練習出来るし、逆に良いところを見せようと頑張ったりもするしさ。その人次第じゃないかな。頑張る人や手に付かなくなる人もいるけと、ケースバイケースって言うんだっけ? それじゃないかな」

 こんな感じで雑談をしながら、広い複合施設内を歩き回る。

 ずっと見て回り疲れるけれど、学校で体力作りをしている分、余裕が生まれている実感があった。

「スムージーダイエットがあるくらいだから大丈夫だよね?」

 未帆はサンプルが列ぶスムージー専門店に目を奪われてしまった。

 その視線を辿った風越みるめは、思ったことを素直に返す。

「良いんじゃない? 毎日は果糖が気になるけど、フードコートで間食したくなるよりセーフだと思うな」

「うーん、ボトル意外と大っきいな……スムージーだけってのは、他に食べたい物見つかったら嫌だし……来週また来れば良いけど、それまで考えちゃいそうだし、いっそ心残りなく食べて帰りはバスに乗らずに走る……お腹ポンポンでムリかも……悩ましい!」

 すれ違う同年代が手にしたスムージーを目で追う未帆の思考は、カロリーを消費して帰るところまで悩みが飛躍していた。

 走って帰っても門限までに寮に戻れるかも考え出してしまう。

 お腹に入れる量的には余裕だけれど、やはり欲望のままに食べた後の始末が悪いので、風越みるめから下剤を渡されるのは冗談として、スムージーを買う思い切りが付かない。

「去年までだったら全然余裕で飲んでたんだけどなぁ……ああ! 受験することを選ぶ前に爆食しておけばぁ……!」

 うんうん悩む唸りを耳にする風越みるめは、考えすぎて髪をふわりとかわいくした彼女の頭が、爆発する前に助け船を出す。

「シェア……半分飲もうか? それなら次食べてみたいの見つけても、それも半分こにすれば悩まなくないかな?」

「えっ!? 良いの?! 天才じゃん! みるめ好き!」

 軽薄に聞こえる好意と共に、また腕に彼女が抱き付いて来た。

 ころころ変わる表情に微笑ましさを覚える。

「はいはい」

 スムージーくらいで歓喜する相手をなだめ、短い列に並んで一つ購入した。

 風越みるめは一人っ子だけれど、近所の小さい子たちとも地域の行事で面倒を見ていたため、お菓子を分け合ったり人の面倒を見ることになれている。

 どちらかというと地元では年上か年下とばかり接していたので、同世代には苦手意識があったが、目の前の未帆の性格のおかげで緩和しつつあるのを実感していた。

 悩みから解放され、ご機嫌な彼女を連れ、大きな通路の植物が植わる、猫の額ほどに設けられた休憩スペースに移動。

 ベンチに並んで座り、スムージーを分け合った。

「ううっ……ごめ~ん。急に冷たい物お腹に入れたら、トイレ行きたくなっちゃった~」

 しおらしく腹部に手を当て、押さえながら大の方と要らない正直さを見せられた風越みるめ。

 そんなこと言ってないで早く行きなと、未帆をトイレに送り出す。

 そんなこんなで回復して戻って来た彼女と、デートという名のウィンドウショッピングを再開した。

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