第4話 本当のこと言っていいの?
嘘をつくのは、悪いことですか?
家のこと、本当の気持ち、見せたくない現実。
それでも、誰かに心配されるのが怖くて、
つい“平気なふり”をしてしまう。
今回「ねこや」に来たのは、ちょっと疲れた顔の男の子。
彼が頼んだのは、「黒猫カフェラテ」。
嘘をやさしく包むように、黒猫のクロエが今日も言う。
「嘘が悪いんじゃない、使い方にゃ。」
「ぼ、ぼくじゃないにゃ!」
朝の光が差し込む静かな店内に、黒猫チョコの必死な声が響いた。
棚の影に隠れる黒猫の口元から、ササミクッキーのかけらがはみ出している。
「チョコ、それオレのおやつじゃん」
ぶち柄の大福がじと目で詰め寄ると、チョコはあさっての方向を向いて首を横にふった。
「ち、ちがうにゃ、たまたま落ちてたんだにゃ」
「へぇ?じゃあ、どうしてお前の足跡、クッキーの粉まみれなんだよ」
クロエが棚の上からひょっこり顔を出す。
「チョコ、それは“すぐバレる嘘”にゃよ。
嘘にも“技術”が必要にゃ。あと、しっぽ隠すの忘れないことにゃ」
「うぅ……」
奏はカウンター越しに苦笑しながら、カップを拭いていた。
猫たちのやりとりは、今日も元気だ。
でも──
「“すぐバレる嘘”じゃなければ、言ってもいいんだろうか」
そんなことを、ふと思った。
午後になってドアが開いたとき、店内には静けさが流れていた。
「いらっしゃいませ」
振り向いた奏の目に映ったのは、制服姿の男子だった。
彼は軽く会釈してからカウンターに腰を下ろした。
「……おすすめ、ありますか」
伏し目がちな声に、奏は一瞬だけ目を細める。
「はい。“黒猫カフェラテ”です。チョコのアートがついてます」
「じゃあ、それで」
運ばれてきたカフェラテには、泡で描かれた黒猫の顔。
その目がくるんとこちらを見上げている。
「……可愛すぎでしょ」
「嘘ついて、おやつ盗んだ猫の作品なんですよ。
本人(本猫)は棚の裏で反省中ですけど」
「……猫も、嘘つくんだ」
「つきますね。でも、大事なのは“使い方”なんですよ」
彼は静かにカフェラテをすすると、少しだけ眉を寄せた。
「俺さ、嘘ついてるんです。……ずっと、ひとつの、大きな嘘」
ポツリと、声がこぼれた。
「俺の学校、金持ちの家の子が多いとこでさ。
“親が医者で~”とか“海外旅行は年に2回”とか、そんなのが当たり前で……
俺も、なんとなく合わせてた。別に貧乏じゃないけど、うちは普通だからさ」
彼は、くしゃっと前髪をかき上げる。
「でも──ある日、母さんが突然、出てった。
スマホ一通、置き手紙もなくて、いなくなった。
あとで、父さんが怒鳴りながら電話してるの聞いて、気づいた。
多分、不倫だった」
ミルキーが、いつの間にか彼の足元に来て、じっと見上げている。
何も言わず、でも何かを感じているような瞳だった。
「俺、学校じゃ“母さん、入院してて”って言った。
本当のこと言ったら、みんな引くと思った。家庭崩壊?それって、恥じゃんって。
でも嘘ついたら、今度は戻れなくなった。
“退院しそう”って言っちゃったら、
その先は“元気になった”って、言い続けなきゃいけなくて」
彼の手が、コップの縁をなぞる。
「それだけじゃない。父さん、すぐ別の女の人、家に連れてきた。
弟、小学生なんだけど……泣いてばかりで、学校行けなくなって。
俺が世話して、朝ごはん作って、弁当作って。
部活もやめて、学校行って、弟の面倒見て、父さんと距離とって……
でも、学校では普通にしてなきゃいけない。
笑って、嘘ついて、“いいよね、〇〇くんの家”って言われて、また笑って」
クロエがカウンターにぴょこんと飛び乗った。
「……ずいぶん、大きな嘘にゃね」
彼は黙ってうなずいた。
「でも、悪いことだってわかってる。……ただ、
本当のこと言ったら、俺の“世界”全部が壊れそうだったんだ」
クロエは彼の手の近くに座って、言った。
「嘘が悪いんじゃないにゃ。
それは、“壊れないように”って、守ろうとしたんだにゃ。
……使い方が間違ってなければ、嘘も、誰かのためにあるにゃよ」
彼の目に、うっすら涙がにじんでいた。
「“守る”……ための嘘、か……」
「でも、そろそろ、守るのに疲れたんじゃないですか?」
奏の声が、優しく重なった。
「たまには、“守られる”側になってもいいんですよ。
弟くんにも、自分のこと、ちゃんと話してあげてください。
“今日は、ちょっとだけ俺のこと考えてもいい?”って──
そう言えるあなたの方が、ずっと強い」
その言葉に、彼はふっと笑った。
「……こんなふうに誰かに話すの、初めてです」
「ねこやのメニューは、心にも効くんですよ」
奏がそう言って、カップの横に小さなクッキーをそっと添えた。
肉球のかたちをした、やさしい甘さの一枚。
「ありがとう。
ちょっとだけ、ほんとのこと言ってみようかな……って思いました」
帰り際、彼はドアの前で振り返る。
「“母さん、いなくなったんだ”って──まずは、誰かに言ってみる。
それができたら……俺、自分のこと、ちょっとだけ認められるかもしれない」
カラン、とドアの鈴が鳴って、午後の光の中へ、彼は静かに歩き出した。
そのあと──
チョコが、そろりと棚の裏から顔を出す。
「……クロエ。さっきの話、耳が痛いにゃ……ぼくも、嘘ついたにゃ……」
「知ってたにゃよ。でも、あれは“お腹がすいてて、どうしようもなかった”にゃろ?」
「……うん」
「それなら、“今度おやつ半分こにする”って、大福に言ってくるにゃ」
「う……わ、わかったにゃ……」
チョコのしょんぼりした後ろ姿に、クロエがにんまりとつぶやいた。
「ほんとのことを言えるって、気持ちいいにゃ」
今日のメニュー
•黒猫カフェラテ(チョコアート)
•肉球型バタークッキー
後まで読んでくださって、ありがとうございます。
嘘って、必ずしも誰かを傷つけるためにつくものじゃない。
守るため、逃げるため、やり過ごすため――
そのすべてが、まだうまく言葉にできない叫びだったりします。
本当のことを言える場所があるって、
それだけで、人はちょっとだけ救われるのかもしれません。
「ねこや」が、そんな小さな居場所になれたならうれしいです。
次回の放課後も、お待ちしています。あたたかいカフェラテを用意して。




