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ねこや、放課後。  作者:
第一章
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第4話 本当のこと言っていいの?

嘘をつくのは、悪いことですか?


家のこと、本当の気持ち、見せたくない現実。

それでも、誰かに心配されるのが怖くて、

つい“平気なふり”をしてしまう。


今回「ねこや」に来たのは、ちょっと疲れた顔の男の子。

彼が頼んだのは、「黒猫カフェラテ」。


嘘をやさしく包むように、黒猫のクロエが今日も言う。


「嘘が悪いんじゃない、使い方にゃ。」


「ぼ、ぼくじゃないにゃ!」


朝の光が差し込む静かな店内に、黒猫チョコの必死な声が響いた。

棚の影に隠れる黒猫の口元から、ササミクッキーのかけらがはみ出している。


「チョコ、それオレのおやつじゃん」


ぶち柄の大福がじと目で詰め寄ると、チョコはあさっての方向を向いて首を横にふった。


「ち、ちがうにゃ、たまたま落ちてたんだにゃ」


「へぇ?じゃあ、どうしてお前の足跡、クッキーの粉まみれなんだよ」


クロエが棚の上からひょっこり顔を出す。


「チョコ、それは“すぐバレる嘘”にゃよ。

 嘘にも“技術”が必要にゃ。あと、しっぽ隠すの忘れないことにゃ」


「うぅ……」


奏はカウンター越しに苦笑しながら、カップを拭いていた。

猫たちのやりとりは、今日も元気だ。


でも──


「“すぐバレる嘘”じゃなければ、言ってもいいんだろうか」


そんなことを、ふと思った。


 


 


午後になってドアが開いたとき、店内には静けさが流れていた。


「いらっしゃいませ」


振り向いた奏の目に映ったのは、制服姿の男子だった。

彼は軽く会釈してからカウンターに腰を下ろした。


「……おすすめ、ありますか」


伏し目がちな声に、奏は一瞬だけ目を細める。


「はい。“黒猫カフェラテ”です。チョコのアートがついてます」


「じゃあ、それで」


 


運ばれてきたカフェラテには、泡で描かれた黒猫の顔。

その目がくるんとこちらを見上げている。


「……可愛すぎでしょ」


「嘘ついて、おやつ盗んだ猫の作品なんですよ。

 本人(本猫)は棚の裏で反省中ですけど」


「……猫も、嘘つくんだ」


「つきますね。でも、大事なのは“使い方”なんですよ」


 


彼は静かにカフェラテをすすると、少しだけ眉を寄せた。


「俺さ、嘘ついてるんです。……ずっと、ひとつの、大きな嘘」


 


ポツリと、声がこぼれた。


 


「俺の学校、金持ちの家の子が多いとこでさ。

 “親が医者で~”とか“海外旅行は年に2回”とか、そんなのが当たり前で……

 俺も、なんとなく合わせてた。別に貧乏じゃないけど、うちは普通だからさ」


彼は、くしゃっと前髪をかき上げる。


「でも──ある日、母さんが突然、出てった。

 スマホ一通、置き手紙もなくて、いなくなった。

 あとで、父さんが怒鳴りながら電話してるの聞いて、気づいた。

 多分、不倫だった」


 


ミルキーが、いつの間にか彼の足元に来て、じっと見上げている。

何も言わず、でも何かを感じているような瞳だった。


 


「俺、学校じゃ“母さん、入院してて”って言った。

 本当のこと言ったら、みんな引くと思った。家庭崩壊?それって、恥じゃんって。

 でも嘘ついたら、今度は戻れなくなった。

 “退院しそう”って言っちゃったら、

 その先は“元気になった”って、言い続けなきゃいけなくて」


 


彼の手が、コップの縁をなぞる。


 


「それだけじゃない。父さん、すぐ別の女の人、家に連れてきた。

 弟、小学生なんだけど……泣いてばかりで、学校行けなくなって。

 俺が世話して、朝ごはん作って、弁当作って。

 部活もやめて、学校行って、弟の面倒見て、父さんと距離とって……

 でも、学校では普通にしてなきゃいけない。

 笑って、嘘ついて、“いいよね、〇〇くんの家”って言われて、また笑って」


 


クロエがカウンターにぴょこんと飛び乗った。


 


「……ずいぶん、大きな嘘にゃね」


 


彼は黙ってうなずいた。


「でも、悪いことだってわかってる。……ただ、

 本当のこと言ったら、俺の“世界”全部が壊れそうだったんだ」


 


クロエは彼の手の近くに座って、言った。


 


「嘘が悪いんじゃないにゃ。

 それは、“壊れないように”って、守ろうとしたんだにゃ。

 ……使い方が間違ってなければ、嘘も、誰かのためにあるにゃよ」


 


彼の目に、うっすら涙がにじんでいた。


「“守る”……ための嘘、か……」


 


「でも、そろそろ、守るのに疲れたんじゃないですか?」


奏の声が、優しく重なった。


 


「たまには、“守られる”側になってもいいんですよ。

 弟くんにも、自分のこと、ちゃんと話してあげてください。

 “今日は、ちょっとだけ俺のこと考えてもいい?”って──

 そう言えるあなたの方が、ずっと強い」


 


その言葉に、彼はふっと笑った。


「……こんなふうに誰かに話すの、初めてです」


 


「ねこやのメニューは、心にも効くんですよ」


奏がそう言って、カップの横に小さなクッキーをそっと添えた。

肉球のかたちをした、やさしい甘さの一枚。


 


「ありがとう。

 ちょっとだけ、ほんとのこと言ってみようかな……って思いました」


 


帰り際、彼はドアの前で振り返る。


「“母さん、いなくなったんだ”って──まずは、誰かに言ってみる。

 それができたら……俺、自分のこと、ちょっとだけ認められるかもしれない」


 


カラン、とドアの鈴が鳴って、午後の光の中へ、彼は静かに歩き出した。


 


そのあと──


 


チョコが、そろりと棚の裏から顔を出す。


「……クロエ。さっきの話、耳が痛いにゃ……ぼくも、嘘ついたにゃ……」


 


「知ってたにゃよ。でも、あれは“お腹がすいてて、どうしようもなかった”にゃろ?」


「……うん」


 


「それなら、“今度おやつ半分こにする”って、大福に言ってくるにゃ」


「う……わ、わかったにゃ……」


 


チョコのしょんぼりした後ろ姿に、クロエがにんまりとつぶやいた。

 


「ほんとのことを言えるって、気持ちいいにゃ」


今日のメニュー

 •黒猫カフェラテ(チョコアート)

 •肉球型バタークッキー

後まで読んでくださって、ありがとうございます。


嘘って、必ずしも誰かを傷つけるためにつくものじゃない。

守るため、逃げるため、やり過ごすため――

そのすべてが、まだうまく言葉にできない叫びだったりします。


本当のことを言える場所があるって、

それだけで、人はちょっとだけ救われるのかもしれません。


「ねこや」が、そんな小さな居場所になれたならうれしいです。


次回の放課後も、お待ちしています。あたたかいカフェラテを用意して。


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