表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねこや、放課後。  作者:
第一章
5/41

番外編 ねこやのヒミツ、ちょっとだけ。

午後の光が、カフェのガラス扉をやさしく透かしていた。


奏がドアを開けて入ってきたとき、店の奥から一人の男性が立ち上がった。

黒いシャツに淡い色のジャケット、年齢は雪と同じくらいか。

「……あれ?」


その男性が扉を開けて出ていくのと、奏が入ってくるのが、ちょうど入れ違いになった。

すれ違う瞬間、男性は一瞬だけこちらに目を向けたような気がしたが、なにも言わず、風のように去っていった。


カウンターの向こうで、雪が静かにその背中を見送っていた。


彼女は、何も言わず、ただ左手の薬指にある指輪をそっと撫でる。


光が当たり、銀のリングが一瞬だけ微かに輝いた。


「……こんにちは」


奏が遠慮がちに声をかけると、雪はゆっくり振り向いて、いつも通りのやさしい笑みを返した。


「いらっしゃいませ、今日は何にしようか」


そう言ったその笑顔に、どこか、名残のようなものが混じっていた。


 



奥の棚で、レーズンがこっそりとチョコのしっぽを踏んでいた。


「いたっ!」


「しーっ!バレるにゃ!」


「今誰もいないにゃ。今がチャンス!」


「何のチャンスにゃ?」


大福が眉をしかめながらも、つられてついてくる。


猫たち三匹は、いつもは近づかない“店の奥”へ向かっていた。


「クロエが言ってたにゃ。“雪さんのヒミツは、箱に入ってる”って」


「またクロエの謎発言に踊らされてるにゃ……」


「でも、気になるにゃ?」


「……ちょっとだけにゃ」


 


奥の間は、古い木の香りがした。


棚に並ぶのは使われなくなったカップや古いランプ、猫たちが普段遊ぶことのない空間。


その一角に、ひとつだけ異質な気配の漂う小さなチェストがあった。


布がかけられていて、“触れるな”と言われているわけじゃないのに、誰も近づこうとしなかった場所。


「これ……」


大福がそっと前脚で布をめくると、下から現れたのは、アンティークのアクセサリーボックスだった。


木製で、角がすこし削れている。

でも、手入れはされているようで、丁寧な時間がそこに息づいていた。


 


「開けてみるにゃ……?」


誰ともなくつぶやいた声に、大福がコクンとうなずいた。


ぎぃ――


蓋が静かに開くと、そこにはいくつかの小物が入っていた。


色あせたリボン。片方だけのイヤリング。写真立ての裏に隠された映画チケット。


そして、小さな銀のペンダント。


それをチョコがくわえて持ち上げようとした瞬間、


「そいつは、記憶の鍵にゃよ」


低い声が響いた。


 


振り返ると、クロエがいた。


いつの間にか、黒い影のように現れて、猫たちの後ろに立っていた。


「記憶……?」


「にゃ。鍵がないと、見えない過去がある。触れても、思い出しても、言葉にしない。それでも、そこにある」


クロエはペンダントに視線を落としながら言った。


「誰のものにゃ?」


大福がそっとたずねる。


「それは、“雪さんだけのもの”じゃないにゃ。……でも、もう一人は、ここにはいないにゃ」


そう言ってクロエは、ふ、と目を閉じる。


「過去ってのはにゃ、しまっておくことで、未来にスペースを作るのにゃよ。

しまったものがある人間の方が、ちゃんと誰かにやさしくできる。

……あんがい、そういうもんにゃ」


クロエの目が、ふっと柔らかくなる。


「……にゃんか、クロエっぽくないにゃ」


レーズンがぽそっと言うと、クロエはふふんと笑った。


「たまには言ってみたくなるにゃ。……“昔のあたし”のふり、にゃ」


 



その日、カウンターに戻ると、奏がホットミルクと“猫のかたちのクッキー”を眺めていた。


「雪さん……」


彼はひとつ言いかけて、やめた。


雪は、さっきと同じように静かな笑みを浮かべ、ミルクティーをそっと差し出す。


そのスプーンには、揺れるチャームがついていた。


「……昔の、約束のチャーム?」


そう問いかけると、雪は少しだけ驚いたような顔をして――


「気のせいかもね」


そう言って、くすっと笑った。


 


猫たちはその足元で、何も知らないふりをして眠ったふりをする。


でも、みんな知っている。


この店の空気に混ざっている、“誰か”の気配。


過去と未来をつなぐ、小さなヒミツ。


ほんの少しだけ、そっと覗いてしまったヒミツ。


だけど、それがあるからこそ、今日も“ねこや”は、あたたかい。


 

ご感想、ご希望の修正などありましたらお気軽にどうぞ✨

この“番外編”が物語に優しい余白を添えられていれば嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ