表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねこや、放課後。  作者:
第一章
3/41

第3話 片想いパフェ、溶けるまで

誰にも言えない気持ちって、ありますよね。


たとえば、親友のこと――

好きになってはいけない、そう思えば思うほど、止まらなくて。


今回、ねこやの扉をくぐったのは、そんな揺れる心を抱えた女の子。


奏のまなざしと猫たちが、やさしくそばにいてくれますように。

──静かな午後だった。


カウンターの奥で、雪さんが何かを書いていた。

一筆箋のような、細長い紙に、万年筆を走らせる手つき。

いつもより、少しだけ柔らかい表情。

だけど──どこか切なげだった。


その姿を、私は少し離れた場所から見ていた。

胸が、どきんとする。


雪さんには、何か大切な人がいるのだろうか。

それとも、もういない人に宛てた手紙だろうか。


「……書き終えたら渡すのか、それとも、渡さないまましまうのか」


つぶやいた言葉が、自分にも跳ね返ってきて、私は小さく肩をすくめた。


 


扉の鈴が鳴った。


カラン、と軽やかな音。

午後の光のなか、制服姿の女の子が一人、ゆっくり入ってきた。


うつむいていた顔を上げたとき──私は気づいた。


その目が、泣いたあとみたいに少し赤いこと。

そして、その視線がどこか宙を彷徨っていることに。


 


「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」


カウンターの中から、店員の梨沙さんの柔らかな声が響く。

今日の彼女は白シャツにベージュのエプロン姿で、まるで空気のように静かに立っていた。


「こっち、おすすめにゃよ」


クロエがその子の行く先を指し示すように、カウンターの真ん中にちょこんと座った。


女の子はそっと椅子に腰を下ろし、鞄を膝の上で抱えたまま動かない。

その姿に、私は自分の数日前の初来店の姿を思い出していた。


 


梨沙さんが、ふんわりとした笑顔で声をかける。


「片想いパフェと、ミントのハーブソーダ。今日の気持ちに、ぴったりかもしれません」


女の子は少し驚いたように顔を上げた。


「……なんで、わかるんですか?」


「うーん。恋の気配って、空気がちょっと甘くなるじゃない?」


「甘く……?」


「ちょっとだけね。わたしにも、経験あるから」


そう言って、梨沙さんはトレーを持ってふわりと奥へ消えた。

甘さとほろ苦さをまとった、風のような人だった。


 


やがて、目の前に運ばれてきたのは──

赤いラズベリーと、塩キャラメルのアイスが重なったグラスパフェ。

その上に、ハート型のクッキーがちょこんと乗っていた。


そして、グラスの下には、ティースプーン。

猫耳型のチャームがついていて、少し揺れていた。


 


「……これ、かわいい」


女の子がぽつりとこぼす。


「恋に似てるにゃよ」


クロエが、グラスの向こうから顔をのぞかせる。


「甘くて、酸っぱくて、ちょっとしょっぱい。

 うっかりすると、溶けてなくなるにゃ」


「……うん、ほんとにそんな感じ」


女の子はスプーンを手に取り、そっとアイスをすくって口に運んだ。

そのとき、ミルキーが静かに足元から近づいて、ぺたんと寄り添った。


 


「……親友、なんです」


女の子が、ぽつぽつと話し始めた。


「小学校から、ずっと一緒で。

 勉強も部活も、帰り道も、何でも話してきたのに……

 最近、なんか胸が苦しくなるようになって」


「好きになったのかにゃ?」


「……うん。たぶん」


彼女のまつげが震えた。


「でも、絶対言えない。言ったら、壊れるから。

 こんな関係、恋したら終わっちゃう。

 だから……この気持ちは、なかったことにしたいのに」


その目から、すっと涙が落ちた。


 


「泣いてもいいにゃよ。猫は、涙に強いにゃ」


クロエの言葉に、ミルキーがぺろっと彼女の手をなめた。

女の子は驚いたように目を見開いたあと、小さく笑った。


「なんか……ありがとう」


 


私は、黙ってその様子を見ていた。

心の中がざわざわしていた。


──私も、似たことがあった。


中学の頃。

一緒に文化祭の準備をした子に、だんだん気持ちが向いていって、

でもその子にはもう“好きな人”がいるってわかっていて、

それでも一緒にいたくて──


言えなかった。


言ったら、今までの笑顔が全部なくなる気がして。


 


「……恋って、ずるいよね」


女の子が言った。


「うれしいのに、つらい。

 幸せなはずなのに、苦しくて、

 会いたいのに、逃げたくなる」


クロエがしっぽをぴんと立てた。


「ずるいけど、にゃ。

 “知ったあとの世界”のほうが、強くなれるにゃよ」


「……強く、なれる?」


「うん。誰かを“想う”ってことは、自分の奥を知ることにゃ。

 自分がどれだけやさしくなれるか、どれだけ痛みに耐えられるか。

 それが“強さ”にゃの」


 


女の子は、残りのパフェをゆっくりすくって口に運んだ。

溶けかけたアイスの上で、ラズベリーがほんのり沈んでいる。


「……甘い。なのに、すこししょっぱい。

 まるで、今日のわたしだ」


「いい味にゃろ?」


クロエがにやりと笑う。


 


「……わたし、たぶんまだ言えないけど」


女の子はそう言って、ハート型のクッキーをかじった。


「それでも、この気持ちがあるってことは、

 私の“中”に誰かがいるってことだから……」


「そうにゃ。恋をした“自分”を、どうか忘れないにゃよ」


 


帰り際、女の子はティースプーンをじっと見つめていた。


「これ、すてきだね。おまじない、入ってるの?」


「たぶんにゃ」

クロエがさらりと答える。

「“誰かを想う力は、ちゃんと残る”っていう、おまじないにゃ」


 


扉の鈴が再び鳴ったあと、私はカウンターに戻って、ふと気づいた。


雪さんの手元から、さっきの一筆箋が消えている。


代わりに、彼女は棚の奥の引き出しを開けて、そこからチャームのついた古びたスプーンをそっと取り出していた。


それは、どこか懐かしさを感じさせるもので。


雪さんはそれを、何も言わずにクロエの隣に置いた。


まるで、想いをそっと置いていくみたいに。


今日のメニュー

•ラズベリーと塩キャラメルの「片想いパフェ」

•ミントのハーブソーダ

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


「好き」って、どうしてこんなに厄介なんでしょう。

特に、それが“言っちゃいけない気持ち”だとわかってるときほど。


でも、誰にも言えない想いをそっと抱えながら、

少しずつでも前に進もうとしている姿って、まっすぐで美しいなと思います。


恋も友情も、大切だからこそ揺れる。

そんな夜に、「ねこや」が小さな居場所でありますように。


次回の放課後も、猫たちと一緒にお待ちしています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ