第3話 片想いパフェ、溶けるまで
誰にも言えない気持ちって、ありますよね。
たとえば、親友のこと――
好きになってはいけない、そう思えば思うほど、止まらなくて。
今回、ねこやの扉をくぐったのは、そんな揺れる心を抱えた女の子。
奏のまなざしと猫たちが、やさしくそばにいてくれますように。
──静かな午後だった。
カウンターの奥で、雪さんが何かを書いていた。
一筆箋のような、細長い紙に、万年筆を走らせる手つき。
いつもより、少しだけ柔らかい表情。
だけど──どこか切なげだった。
その姿を、私は少し離れた場所から見ていた。
胸が、どきんとする。
雪さんには、何か大切な人がいるのだろうか。
それとも、もういない人に宛てた手紙だろうか。
「……書き終えたら渡すのか、それとも、渡さないまましまうのか」
つぶやいた言葉が、自分にも跳ね返ってきて、私は小さく肩をすくめた。
扉の鈴が鳴った。
カラン、と軽やかな音。
午後の光のなか、制服姿の女の子が一人、ゆっくり入ってきた。
うつむいていた顔を上げたとき──私は気づいた。
その目が、泣いたあとみたいに少し赤いこと。
そして、その視線がどこか宙を彷徨っていることに。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」
カウンターの中から、店員の梨沙さんの柔らかな声が響く。
今日の彼女は白シャツにベージュのエプロン姿で、まるで空気のように静かに立っていた。
「こっち、おすすめにゃよ」
クロエがその子の行く先を指し示すように、カウンターの真ん中にちょこんと座った。
女の子はそっと椅子に腰を下ろし、鞄を膝の上で抱えたまま動かない。
その姿に、私は自分の数日前の初来店の姿を思い出していた。
梨沙さんが、ふんわりとした笑顔で声をかける。
「片想いパフェと、ミントのハーブソーダ。今日の気持ちに、ぴったりかもしれません」
女の子は少し驚いたように顔を上げた。
「……なんで、わかるんですか?」
「うーん。恋の気配って、空気がちょっと甘くなるじゃない?」
「甘く……?」
「ちょっとだけね。わたしにも、経験あるから」
そう言って、梨沙さんはトレーを持ってふわりと奥へ消えた。
甘さとほろ苦さをまとった、風のような人だった。
やがて、目の前に運ばれてきたのは──
赤いラズベリーと、塩キャラメルのアイスが重なったグラスパフェ。
その上に、ハート型のクッキーがちょこんと乗っていた。
そして、グラスの下には、ティースプーン。
猫耳型のチャームがついていて、少し揺れていた。
「……これ、かわいい」
女の子がぽつりとこぼす。
「恋に似てるにゃよ」
クロエが、グラスの向こうから顔をのぞかせる。
「甘くて、酸っぱくて、ちょっとしょっぱい。
うっかりすると、溶けてなくなるにゃ」
「……うん、ほんとにそんな感じ」
女の子はスプーンを手に取り、そっとアイスをすくって口に運んだ。
そのとき、ミルキーが静かに足元から近づいて、ぺたんと寄り添った。
「……親友、なんです」
女の子が、ぽつぽつと話し始めた。
「小学校から、ずっと一緒で。
勉強も部活も、帰り道も、何でも話してきたのに……
最近、なんか胸が苦しくなるようになって」
「好きになったのかにゃ?」
「……うん。たぶん」
彼女のまつげが震えた。
「でも、絶対言えない。言ったら、壊れるから。
こんな関係、恋したら終わっちゃう。
だから……この気持ちは、なかったことにしたいのに」
その目から、すっと涙が落ちた。
「泣いてもいいにゃよ。猫は、涙に強いにゃ」
クロエの言葉に、ミルキーがぺろっと彼女の手をなめた。
女の子は驚いたように目を見開いたあと、小さく笑った。
「なんか……ありがとう」
私は、黙ってその様子を見ていた。
心の中がざわざわしていた。
──私も、似たことがあった。
中学の頃。
一緒に文化祭の準備をした子に、だんだん気持ちが向いていって、
でもその子にはもう“好きな人”がいるってわかっていて、
それでも一緒にいたくて──
言えなかった。
言ったら、今までの笑顔が全部なくなる気がして。
「……恋って、ずるいよね」
女の子が言った。
「うれしいのに、つらい。
幸せなはずなのに、苦しくて、
会いたいのに、逃げたくなる」
クロエがしっぽをぴんと立てた。
「ずるいけど、にゃ。
“知ったあとの世界”のほうが、強くなれるにゃよ」
「……強く、なれる?」
「うん。誰かを“想う”ってことは、自分の奥を知ることにゃ。
自分がどれだけやさしくなれるか、どれだけ痛みに耐えられるか。
それが“強さ”にゃの」
女の子は、残りのパフェをゆっくりすくって口に運んだ。
溶けかけたアイスの上で、ラズベリーがほんのり沈んでいる。
「……甘い。なのに、すこししょっぱい。
まるで、今日のわたしだ」
「いい味にゃろ?」
クロエがにやりと笑う。
「……わたし、たぶんまだ言えないけど」
女の子はそう言って、ハート型のクッキーをかじった。
「それでも、この気持ちがあるってことは、
私の“中”に誰かがいるってことだから……」
「そうにゃ。恋をした“自分”を、どうか忘れないにゃよ」
帰り際、女の子はティースプーンをじっと見つめていた。
「これ、すてきだね。おまじない、入ってるの?」
「たぶんにゃ」
クロエがさらりと答える。
「“誰かを想う力は、ちゃんと残る”っていう、おまじないにゃ」
扉の鈴が再び鳴ったあと、私はカウンターに戻って、ふと気づいた。
雪さんの手元から、さっきの一筆箋が消えている。
代わりに、彼女は棚の奥の引き出しを開けて、そこからチャームのついた古びたスプーンをそっと取り出していた。
それは、どこか懐かしさを感じさせるもので。
雪さんはそれを、何も言わずにクロエの隣に置いた。
まるで、想いをそっと置いていくみたいに。
今日のメニュー
•ラズベリーと塩キャラメルの「片想いパフェ」
•ミントのハーブソーダ
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
「好き」って、どうしてこんなに厄介なんでしょう。
特に、それが“言っちゃいけない気持ち”だとわかってるときほど。
でも、誰にも言えない想いをそっと抱えながら、
少しずつでも前に進もうとしている姿って、まっすぐで美しいなと思います。
恋も友情も、大切だからこそ揺れる。
そんな夜に、「ねこや」が小さな居場所でありますように。
次回の放課後も、猫たちと一緒にお待ちしています




