274. ドラセナの話
魔物を目覚めさせるとはどういうことなのか。魔物はフヨウたちが封印し、次の復活まではまだまだ時間があるような話を前に聞いた。
「魔物って、人が起こせるものなんですか?」
おもわず尋ねてしまったが、フヨウの瞳にもドラセナと同じような仄暗い影がよぎった気がした。
フヨウはそれぞれの前に皿と栗を置くと、ドラセナの隣に座ってその皮を剥き始めた。
「君っていつも緊張感がないよね。お茶を淹れに行ったんじゃなかったの?」
呆れた口調ながらもここでその質問が出るあたり、ドラセナもたいがいマイペースである。
「いいもん見つけたからな」
「これ僕が茹でたんだけど」
「あたしが持ってきた栗だろ」
「どうせ部下に拾わせたんでしょ」
「いーや、生徒だよ」
そういえば養成学校の敷地内には栗の木があって、秋口に拾っている生徒を見かけた。
「そんなことより魔物の話だ」
アスマが苛立ったように催促すると、フヨウは栗の皮を剥きながらも魔物の話をしてくれた。
「魔物は放っておいても勝手に目覚める。けれどもその知識を得るには、起きる日をコントロールしてその場に立ち会わなくちゃならない。そのために生贄が必要なんだ」
どうしたってフヨウたちが集められた理由を考えてしまう。それが顔に出たのかフヨウが笑った。
「私らが集められたのはそれだけが理由じゃないさ。防衛軍の強化も図りたかったんだ。生贄と強化、一度の募集で二つの成果を得ようとしたわけだ」
けれどもフヨウたちは生贄側に回された。
「ただし魔物が目覚める周期は百年より長い。人間がコントロールできるのは、その内のわずかひと月ほどだったんだが、スイセンは無理やり起こす方法を見つけたらしい。皮肉にも防魔の印を使ってな」
防魔の印は魔力の流れを遮るもので、魔物から得た知識だという。けれどもなぜそれを使うのが皮肉なのだろうか。
「スイセンは魔物を倒すつもりなんだよ」
フヨウの言葉に即座にアスマが反応した。
「封印じゃなくて、倒せるのか?」
「防魔の印を使えば倒せると考えているようだ」
おもしろくなさそうにフヨウは剥いた栗をぱくりと食べた。
「正直なところ、やってみなくちゃ結果はわからない」
「確証もないのに起こして、また被害が出たらどうするつもりなんだ?」
「そもそも魔物を起こせるなんて、関係者以外は知らないからな。突然復活したってことにするんじゃないか? まあ失敗したらスイセンは生きてないだろうけど」
おもわずサクラは顔をしかめてしまった。無責任にも程がある。
「防衛軍はどうやって魔物の目覚めを予測していたんだ?」
アスマの質問にはドラセナが答えた。
「魔物が目覚める頃合いは魔素の動きや量で予測できる。とは言ってもそこまで正確じゃない。前回は年単位でずれたしね」
そういえば防衛軍の本部には、魔素の研究をしている者たちがいると聞いた。そのときは何に役立つのかと思ったものだが、もしかして魔物を起こすために作られた部署なのだろうか。
「ちなみに防魔の印で魔物の目覚めを促すことはできるけど、それだけじゃ足りない。僕たちがそうだったように、狙った日に起こすためには生贄がいるんだ」
ドラセナとフヨウの視線がサクラを捕らえた。
前回は防衛軍がフヨウたちを用意した。では今回はどうか。魔力の強い子どもと言われて一番に浮かぶのは誰か。
「私……私を呼び寄せようとしていたのは、そのせいですか?」
漠然と浮かんだ考えを呟くと、アスマが勢いよくこちらを向いたのが視界の端で見てとれた。
「私らも同じ考えにたどり着いたよ」
複数形ということは、フヨウだけではなく、きっと校長やエビ、マルコなどもそこに含まれるのだろう。サクラよりも総帥に詳しい者たちが、その答えにたどり着いたのであれば、その可能性はかなり高いということだ。
「こんなところまで連れて来て、こいつに総帥の計画を伝えるってことは、もちろん対策案があるんだろうな」
アスマがフヨウに訊いた。
「一応こっちも目を光らせておくが、本人が気をつけることが一番だな。特別練習もそのために始めたことだし」
「ホズミのときみたいに誰か付けるんじゃないのか?」
「四六時中は無理だ。ホズミのときだって、基本的には朝夕や休み時間の一人になりそうなときだけ、近くで見張ってたんだよ。ましてやスイセンが相手じゃ、ツクモのときとは警戒度が比べものにならない」
フヨウがため息を吐くとドラセナも不穏な言葉を口にした。
「学校の中にいるうちは、そうそう外から手出しできないだろうけど、中に手引きする奴がいないとも限らないからね」
ツクモのことを思い出す。あの一件で教師だから安心とも言えなくなってしまった。かといって誰も彼もを疑うわけにもいかない。
「あんたたちは、そこまでわかってて総帥を止められないのか?」
なぜかアスマの方が苛立っているように見える。サクラは不安はあるものの、不思議と自分の身に起こっていることだという実感が沸いてこない。
「証拠がないからな。探したところで出て来なかった。そうだろう?」
フヨウの問いにドラセナが頷いた。
「うん、スイセンは用心深いからね。あいつの目的を知るだけで十年以上かかったよ」
そのためにドラセナは本部に居続けたということだろうか。
「カゲツは、死ぬ三日前に僕に会いに来たんだ。出かけていて会えなかったけど、部下の話ではずいぶん慌てていたらしい。たぶんスイセンが魔物を目覚めさせようとしていることに気づいて、僕に知らせるつもりだったんじゃないかな」
「お母さんは……」
父が知っていたなら母も知っていたのではないかと考えたのだが、ドラセナは首を横に振った。
「少なくとも僕が最後に会った時点では、ナナミは知らなかった。カゲツはなにか、スイセンの秘密を知ってしまったんじゃないかとは言ってたけど。ただその後、直接スイセンに会って話を聞いた可能性はあるね」
母がサクラを孤児院に預けて弟に会いに行ったのも、戻らぬ人になってしまったのも魔物が関係しているのかもしれない。その答えを知っているのが総帥だけだと思うと、なんだか胸の辺りがもやもやする。
「総帥がサクラをあきらめたって情報は、誤りだったのか?」
アスマが尋ねた。その情報をくれたというベニシダは、総帥がしようとしていることを知っているのだろうか。
「間違いじゃないさ。ひとまずオリベに置いておくことにしたんだろう。少なくとも居場所がわかっていれば、いつでもサクラを連れ出せると考えてな」
「他人を使ってさらうのをあきらめたんじゃないの。次は本人が乗り込んでくるかもね」
フヨウもドラセナも、総帥が本当にサクラをあきらめたとは思っていないようだ。
アスマは黙り込んでなにかを考えていたが、ふと気づいたように質問した。
「なぜ俺もこの場へ連れて来たんだ?」
たしかにアスマはサクラの事情を知っているが、それならばホズミやウキだって同じのはずで、一人だけ聞かせるのもおかしい気がする。
「サクラとは別に、ドラセナが話したいことがあるんだとさ」
「俺に?」
アスマはドラセナの方を見たが、当人はフヨウを恨めしそうに睨んでいる。
「そうだね、僕は借りを作るのが嫌いだから、返せるときに返しておきたいんだ。まさかカゲツとナナミの娘まで連れて来るとは思わなかったけど」
もちろんフヨウはどこ吹く風だ。
「いいからさっさと話せよ。これが終わったらお昼を食べに行くんだから」
ドラセナの話はアスマの両親に関することで、話の内容とは裏腹に終始アスマは落ち着いて聞いているように見えた。
帰り際、サクラはドラセナに話しかけた。
「私は両親と話したことがないからよくわかりませんが、フヨウさんやドラセナさんが語ってくれた両親が、ドラセナさんが自分を責めることを望んでいるとは思えません」
過去を引きずるドラセナが苦しそうで、言葉をかけずにはいられなかったのだが、切り出し方が突然だったからかドラセナは驚きに目を見開いて、それから切なそうに笑った。
「いいんだ、許されたくて話したわけじゃない。これは僕が一生、自分の愚かさを憶えておくための痛みだから」
二人の娘であるサクラの言葉なら少しはドラセナの心も軽くなるかと思ったが、それはただの自惚れだったようだ。
そしてその痛みはドラセナだけではなく、フヨウもまたずっと抱えてきたものなのだろう。




