275. アスマの見解
アスマは別に栗が嫌いなわけではない。だがそれを米と一緒に炊いた栗ご飯という代物はあまり好きではなかった。米なら米だけ食えばよいのだ。
そもそもこの前ドラセナの元を訪れた際にもなぜか土産にと栗を持たされて、それも食べ切っていないというのにまた栗だ。夕食が栗ご飯なことにサクラは喜んでいるが、話しながら栗を食べていた大人二人といい、アスマの周りは緊張感というものがなさすぎる。
「アスマくん、なんで栗ご飯を睨んでるの?」
目の前に座ったサクラが不思議そうに首を傾げた。こちらはアスマとは違い、美味しそうに栗ご飯を頬張っている。
「お前はなにを食っても幸せそうでいいな」
おもわず八つ当たり気味な言葉を吐くと、サクラはきょとんと瞬きをした。
「え、もしかして栗が嫌いなの?」
「べつに普通。ただ米と一緒に炊く意味がわからないだけだ」
サクラはなにを言われているかわからない顔でウキを見た。
「ただの好き嫌いだから気にしなくて大丈夫だよ」
「栗じゃなくて、栗ご飯が嫌いなの? ……変わってるね」
気の毒そうな視線にかちんときた。
「お前と違って繊細なんだよ。異物が入ってると思うと食う気が失せるんだ」
「異物……」
この発言にはサクラの隣に座るホズミも唖然としている。アスマの考えが少数派だということはわかっているが、好きじゃないのだから仕方がない。
「そもそも米に甘い栗を混ぜる意味がわからない」
たまたま一緒のテーブルについた騎士科のタケとシラトも、戸惑った様子で呟いた。
「栗が入ってる意味とか考えたことねえけどな」
「まあ、人の好みはそれぞれだが」
なぜアスマが変わり者のような扱いを受けねばならないのか、はなはだ遺憾である。
「そういえばさ、シラトくんの家って、オリベから遠くないんだよね」
ふいに思い出したようにサクラがシラトへ話しかけた。
「んー、天気が悪くなけりゃ日帰りで往復できないこともない距離だな」
「じゃあさ、ナナシさんって知ってる?」
「ナナシさん? ああ、知ってるけど」
なんの話だろうか。ウキやホズミ、タケもわかっていなさそうだ。
「祭とかがあると、いつの間にか混じってるっていう神様だろ?」
「うん。シラトくんの地元じゃみんな知ってるの?」
「みんなかどうかはわかんねえけど、うちではなにか行事がある度に、ナナシさんにお供え物をしてるな」
そんな名前の神など聞いたこともない。同じことを思ったのかタケが尋ねた。
「シラトの地元に伝わる神なのか?」
「ん? どうだろうな、気にしたこともなかったけど」
なぜサクラは突然そんな話を切り出したのか、ただの雑談にしては目が真剣だ。
「やっぱり海に向けてお供え物をするの?」
「海っていうか北に向けてだな。あ、うちの町からだと距離はあるけど、海っちゃ海の方角かも」
サクラが少し考え込むようにしてまた質問した。
「子どもが好きな神様って聞いたけど、他になにか言い伝えがあったりする?」
「それは俺も初めて聞いたな。子どもの姿をした神様だって話は聞いたことあるけど。ナナシさんがどうかしたのか?」
「ううん、この前ちょっと耳にして気になったの。人間に知恵を与えてくれる神様なんだってね」
今度はシラトが考え込んだ。
「なんか俺の知ってるナナシさんとちょいちょい違う部分があるな。俺はどっちかっていうとナナシさんには怖いイメージがあってさ。気に入った子どもがいるとそのまま連れ帰っちまうって、ガキの頃に教え込まれたからなんだけど」
「なんで神様が子どもを連れて行くの?」
「あれはたぶん、子どもが遊ぶのに夢中になって家に帰るのが遅くならないようにって、大人が躾のために言ってたんだろうな」
子どもを連れて行く。知恵を与える。先日フヨウやドラセナと話したこともあり、どうしたって魔物の存在と結びつけてしまう。たぶんサクラも同じことを考えて質問しているはずだ。
あの日、フヨウとドラセナの話を聞いてアスマなりに推測したことがある。総帥がサクラをオリベに置いておくと決めたのは、もしかして魔物が封印されている場所がここから近いからではないだろうか。
フヨウと校長を、オリベとハナロクショウそれぞれの学校に分けてもよかったはずなのに、あえて同じ場所に配置したことも前から疑問に思っていた。あの二人なら反抗しそうなものなのに、それを受け入れていることもだ。それに今ではセンザイから追われてきたドラセナもいるが、それがもし総帥が意図してオリベへ追い立てたのだとしたら。
そうして魔物に関係した者たちをオリベに集めようとしている気がするのは、アスマの考えすぎだろうか。
ひとまず今日はもう閉校時間が近いため、ナナシの話は明日にでもサクラに聞いて、ホズミやウキと情報を共有しておいた方がよいかもしれない。
ふと視線を感じて調理場を見ると、元教師であるツクモと目が合ったがすぐに逸らされた。生徒たちは最初こそ突然の配置換えに戸惑っていたが、最近では食堂で働く姿にも慣れて、もう誰も気にしていなさそうだ。
アスマは、生徒を売って成り上がろうとしたツクモのことが嫌いである。自分の欲のためなら他人を陥れてもよいというその性根が、自身の両親を思い出させるからだ。
ホズミもいまだツクモの所業を許せないらしく、つんけんした態度を取っているが、なぜかさらわれかけた当人のサクラの方は普通に話しかけている。
知り合ってそろそろ一年になるが、サクラの思考回路はまったく理解できない。いや、たぶん何も考えていないのだろう。
夕食が終わり、アスマたちはすぐ部屋に戻った。
次の日の朝、特別練習の場に走ってやって来たホズミの証言により、サクラが夜の間に消えたことが発覚した。




