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273. もう一人の八閃

 フヨウに連れられてサクラとアスマがやって来たのは、オリベの街のとある本屋だった。

 この店の主は見るからに上品な紳士で、本を買うでもないサクラやホズミにも優しく接してくれる。


「じゃ、私は裏から回るから、サクラとアスマは表側からな」

「裏? 裏はお店の関係者じゃないと入っちゃいけないんじゃないですか?」

「ここの店主とは昔からの知り合いでね、どうせすぐ裏に通されるから、そっちから入ることが多いんだ」


 さすがはフヨウ、顔が広い。しかし別れて入る意味があるのだろうか。


「もし店の奥から人が飛び出てきたら捕まえてくれ、挟み撃ちにするからな」


 そう言ったフヨウはさっさと店の裏口があるであろう方へと向かった。


「犯罪者でも立てこもってるのかな? でも深刻な感じでもなかったよね」


 おもわずアスマに問いかけると肩をすくめられた。


「あいつは、いつもあんな感じだろ」


 言われた通りに表の入り口から店に入ると、店主がおやっという顔をした。ひとまず犯罪が起きている気配はなさそうだ。


「いらっしゃい。そちらのお嬢さんはお久しぶりですね」


 店主はサクラのことを憶えてくれていた。そしてアスマもこの本屋に通っていたようだ。


「お久しぶりです。いろいろあってあまり街に出ることができなかったんです」

「そうでしたか、どうぞゆっくりご覧になってください」


 落ち着いた大人の雰囲気に、自然と笑顔を返してしまう。年齢はフヨウよりもずっと上だろうが、ホズミなどはこういう男性が理想の結婚相手だと言っていた。好みが渋い。


「おい、本を見に来たわけじゃないんだぞ」

「あ、そうだった」


 アスマに肘で突つかれて思い出した。


「俺たちはフヨウに連れて来られました」

「フヨウに? はて、本人はどこに」


 店主がそう言った瞬間、店の裏から大きな音が響いてきた。なにか荷物でも倒れたのだろうか。


「おやおや、相変わらずですねえ」


 しかし店主に慌てた様子はない。それどころかあの音の原因に心当たりがある、いや、たぶんフヨウの仕業だと思っているようだ。


「おう、寝起きの割にゃ反応がいいじゃねえか」

「やめろ、はなせ!」

「こちとら気が長い方じゃないんだ、観念してお縄につけ」

「君は僕が知る中でも一番の短気だよ! ほらすぐに手が出る!」


 音が止まないどころか、言い争う声まで聞こえてきた。一人はフヨウのものだが、相手が誰かまではわからない。この本屋で店主以外の従業員を見たことはなかった。


「あの、様子を見に行かなくていいんですか?」

「音が収まってからでいいでしょう。巻き込まれても嫌ですし」


 フヨウがなにをしているのかまったく見当もつかないが、しばらくすると音が止んで、フヨウがひょっこりとカウンターの隣にある扉から顔を出した。


「よお、タツじい。邪魔してるぞ」

「私の店を壊さないでくださいよ」

「その辺はわきまえてるよ」

「それは成長したものですね。ニシヤ少将にも聞かせてあげたいくらいです」


 ニシヤとは、あの歴史の教師をしていたニシヤのことだろうか。二人はどんな関係なのだろう。


「サクラ、アスマ、こっち来い」


 来いと言われても勝手に裏に回ってよいものか、店主を見上げると「遠慮しなくていいですよ。お行きなさい」と言ってくれた。


「失礼します」


 本当に遠慮なく店主の脇をすり抜けたアスマの後を慌てて追った。


「失礼します」


 扉の向こうには、ロープでぐるぐる巻きにされた男の人が床に転がされていた。しかもフヨウが勝ち誇ったように踏みつけている。いったい誰だろうと思って目を凝らすと、アスマが顔をしかめた。


「イナセ・ドラセナ」


 どこかで聞いた名前である。


「よく見ろ、秋頃に船に隠れていた男だ」

「あっ」


 思い出した。八閃の一人で、ニガウリを殺した罪を被せられてセンザイから逃げてきた人だ。でもその人がなぜこの本屋にいるのだろうか。


「ここの店主は元軍人なんだ。怪我をして引退後、この本屋を開いたのさ」


 ではその繋がりからドラセナを匿ってくれているのだろうか。

 それにしてもドラセナの印象が初めて会ったときとだいぶ違う。あのときは”大人”という感じだったが、今はなんというかいじめられっこのようだ。たぶんフヨウの存在がそう見せているのだろうけれども。


「逃げないならロープを外してやるぞ」

「その前に足を降ろせ!」


 ドラセナは、助けを求めて逃げてくるくらいにはフヨウを信頼しているのだろうが、構図のせいでいじめっこといじめられっこにしか見えない。

 フヨウがロープを外すとドラセナは不満げな顔で、服についた汚れを大袈裟なほどに音を立てて払った。その様子を見ていたら目が合ったが、すぐに逸らされた。


「こいつは昔から嫌なことがあるとすぐ逃げる癖があってな、ぐずぐずぐずぐず面倒くさい奴なんだ。すーぐ泣くし」

「いつの話だよ! だいたい泣かせてた張本人が他人事みたいに言うな! 嫌がる僕を無理やり立たせてボコボコにしてたくせに」

「だってそういう訓練だったし」


 ドラセナの怒りとは裏腹にフヨウは肩をすくめただけだった。


「こっちだって弱い奴を相手に戦うのは大変だったんだからな」

「別に僕は弱くないよ! 君たちが規格外なだけで!」


 八閃はみんな強いのだろうが、その中でも順番があったらしい。これまでに聞いた話を総合すると、フヨウと校長と総帥はとっても強く、その他はそこそこ強かったということのようだ。


「フヨウなんて口で敵わないとなるとすぐに手や足が出て、なんなら僕らの中で一番の乱暴者だったじゃないか」

「いやサルには負けるわ」

「その名前聞きたくないから出さないでよ! 君らのおかげで一軍は無法者の集まりなんて言われてたんだからね」

「自分だって器物破損に、三軍の奴らをボコボコにしてたくせに」

「あれはあっちが喧嘩を売ってきたせい! 正当防衛だよ!」


 フヨウがいかにも面倒くさそうに息を吐いた。


「な、面倒くさいだろ?」


 フヨウが同意を求めてきたが素直に頷けない。むしろドラセナが怒りたくなるのもわかる気がする。

 そこでアスマが今日の目的を尋ねた。


「それで、どうして俺らをここへ連れてきたんだ?」

「ああ、それはサクラに父親の話を聞かせてやろうと思ってな」


 思いがけない切り返しにサクラは目を瞠った。


「ほら、前にサクラに聞かれただろ。どうしてナナミの思い出話ばかりなのかって」


 たしかにそんなことを聞いたことがある。みんな母親であるナナミの話はしてくれるが、父親については「人がよかった」とか「存在感が薄い」とかそんな感想ばかりだったので、不思議に思ってフヨウに尋ねたことがあった。


「こいつはカゲツと仲が良かったから、いろいろ聞かせてもらうといい」


 フヨウはお茶を淹れてくると言って部屋を後にした。

 しかし話を聞かせてもらうだけなら、なぜフヨウはドラセナを縛り上げたのだろうか。

 そのドラセナはあきらめたようにため息を吐いている。


「座ったら?」


 ぶっきらぼうな物言いだが、ドラセナが先に座ったので、テーブルを挟んでサクラとアスマも空いている椅子に腰を下ろした。


「本当に優しい人ってどんな人だと思う?」


 ぽつりとドラセナが呟いた。


「僕は、自分のことより他人を優先できる人だと思ってる。カゲツはそんな奴だった」


 ドラセナは続けて言った。


「自分のことで手一杯なのに誰かが辛そうにしていたら声をかけて、ときには寄り添ってくれて、それで嫌な思いをすることもあっただろうに、それでも笑ってた。優しくて強い奴だったよ。

 ああ、ちなみに言うまでもないけど、主に嫌な思いをさせてたのは、サルとスイセンとフヨウね。あいつらは僕らの中でもとくに突っ張ってた問題児だからさ。


 そうだな、いざ話すとなると何を話したらいいか迷うな。ベニシダのくそ野郎のことも知ってるんだよね。


 いつだったかベニシダが犬と猫を拾ってきて、同じ部屋で保護すると喧嘩をするからって、犬の方をカゲツに預けんだ。もちろん寮は動物禁止だったから内緒でね。

 だけどカゲツは抜けてるところがあって、うっかり犬を逃がしてしまってさ。あのときサルの犬嫌いが発覚したんだったかな。キジムって奴がおもしろがって、見つけた犬を抱いたままサルを追いかけ回したら、怒ったサルが反撃して、その攻撃がスイセンに当たって喧嘩になって、最終的に一軍の男ども全員が怒られたんだ。僕なんてまったくの無関係だったのに。


 それからニシヤンが風邪をひいたときに、早く良くなるよう差し入れをしようってカゲツが言い出したことがあって。

 でも材料を揃えて作り始めたらあいつ、驚くほど料理が下手でさ。結局ナナミとフヨウをこっそり男子寮のキッチンに呼んで作ってもらったんだけど、スイセンの奴、僕たちが誘ったときは断ったくせに、ナナミがいるとわかった途端やって来て、申し訳程度の広さしかないキッチンがぎゅうぎゅうになったんだ。

 戦力にならないカゲツはフヨウに一番に蹴り出されてたよ。言い出しっぺなのに。

 みんなで何かをするのが好きな奴だったから、それでも楽しそうだったけど。


 後はそうだな、問題児三人組が派手に喧嘩をして、さすがにニシヤンも庇いきれずに懲罰房に入れられたことがあったんだ。

 サルもスイセンもフヨウも、訓練では容赦なく相手をボコボコにするし、すぐ喧嘩をしたがるから、むしろみんな平和を満喫してたんだけど、カゲツがちょっと寂しいねなんて言って、周りにドン引きされてたな。

 逆さ吊りにされたり、川に落とされたり、踏んづけられたりって、なんなら僕らより散々な目に合ってるのに、どんだけ頭の中が平和なんだか」


 つらつらと話していたドラセナはそこで一旦、言葉を切った。

 話しているときは懐かしんでいるように見えたが、その目はどこか暗かった。


「僕は八閃の中でも一番年下で未熟で、周りとの差をすごく大きく感じていたんだ。置いて行かれまいと必死になって、でも弱みなんて見せたらどうなるかわかったもんじゃないから、いつも虚勢を張っていた。怖くて仕方なかったから。

 でもカゲツは弱い自分を隠そうともせず、常に自然体だった。どこか抜けていて、お人好しで……だから死んじゃったんだ」


 サクラとアスマが言葉をはさめるはずもなく、ただ聞くことしかできない。


「カゲツは死ぬ三日前に僕に会いに来てくれた。でも僕は出かけていて会えなくて……違う、そうじゃない、僕はカゲツの存在を鬱陶しく思ってたんだ。上昇志向がなくて、人と争うことを避けて、嫌なことがあっても笑っていて……でも自分の意志を絶対に曲げない強さを持っていたのに」


 暗い瞳がサクラに向けられた。


「カゲツが死んだのも、ナナミが死んだのも、僕が動かなかったからだ。僕が二人の話をきちんと聞いて行動していたら、二人とも生きていたかもしれない。僕が間違わなければ……」


 サクラはかつてフヨウに、どうして母親を助けてくれなかったのかと責めた。でもフヨウにはどうしようもないことだったと後から知った。なにより悪いのはフヨウじゃない。

 ドラセナもずっと自分を責めて生きてきたのだろう。それを考えるとやるせない気持ちになる。


「一つ聞きたいんですが」


 アスマが言った。


「あなたはどうして本部に留まっていたんですか? それは自分の意志で? どうしてフヨウや校長みたいに追い出されはしなかったんですか?」


 言われてみれば、それも気になるところだ。ベニシダは総帥と組んだから本部で働いていて、フヨウと校長は追い出されたのだとしたら。


「利害の一致だよ。僕は本部で調べたいことがあった。スイセンは僕を近くに置いて監視したかった」

「調べたいこととはなんですか?」

「それは……」


 ドラセナが言いよどんだところでフヨウが戻ってきた。お茶を淹れに行ったはずなのに、なぜかその手には栗の入った籠を持っている。


「ドラセナはスイセンの計画を知ってしまったんだ」


 話を聞いていたのか、フヨウが代わりに答えてくれた。ドラセナは動じることなく聞き返した。


「いつ気づいたんだ?」

「去年。あいつは魔物を目覚めさせようとしてるんだな?」


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