3話 前線の街オーヴィレン
「なんだか地味な街だね…」
アリエッタがそう言うのも無理がないほどオーヴィレンの街は華のない街だった。約五十年前まで帝国領だったこの街は、常に大陸の覇権をかけた帝国と王国の戦争における最前線の街だった。それは王国領に変わった今も変わっていない。その為に実利のないものは極力排除されて、その結果飾り気のない素朴で地味な実用性重視といったものばかりが残り、面白みに欠ける街となってしまったのだ。
「戦争の最前線だったから住民もすぐに逃げ出せるようにしてたみたいなんだ。でもあの闘技場だけはどこにも負けてないんじゃないかな」
デューンが指差す方向には、まったく飾り気のない街並みの中で一際浮いた巨大な建造物が鎮座していた。明らかに街の様子とマッチしないその建造物は、アリエッタの記憶の中の日本にあった大きな野球場とよく似ていた。
「あれが噂に聞いたオーヴィレンの闘技場か。腕が鳴るぜぇ」
「アリ!りひーもあれちかくでみたい!」
『ねぇねぇ、もっと街を見て回ろうよ~』
一行の中でもフリーダムな三人が各々好き勝手言い始めるが、いつもの事なのでアリエッタもエメラも特に気にすることなくエメラが三人を牽制する。
「はいはい、後でね。まずは宿取るのが先決でしょ」
牽制された三人もいつもの事で、特にむくれるでもなく素直にその言葉に従う。
「リフィ、あとでゆっくり闘技場見よう」
「うん、わかった!」
アリエッタの言葉に素直に従うリフィミィだが、不思議と歳相応に我儘な面を見せる事も少ない。聞き分けはよく、それでいて我慢しているといった様子も見受けられないのだがら本当に手がかからない。
リフィミィを本当の家族の元から連れ出して一年と少しが経過して、少しづつ成長しているのをアリエッタもエメラも実感していた。元々巨人鬼の寿命は人間族の約半分で、成長と老化の早さは反比例するように二倍となるはずだ。しかしリフィミィが人間で考えた場合の二年分成長したかと聞かれればアリエッタもエメラもノーと答えるだろう。体の大きさも人の三、四歳児の程度と大差なく、額の角が無ければ巨人鬼の子だとは誰も思わないに違いない。
また言葉も最初の頃のような年齢の割にたどたどしく片言のものではなく、見た目の歳相応の言葉を喋る事ができるようになり、アリエッタがたまに鬼の子である事をうっかり忘れてしまうほどだ。
このまま人間と同じように育ってくれればとアリエッタは願うが、そこは違う種族であってほぼ期待できない事も同時に理解している。アリエッタ自身がけじめをつけなければならないような最悪の事態にだけはならないようにと、願うくらいしかアリエッタにできる事はない。それがアリエッタにとってはもどかしくも不安なところだった。
宿を取って一息ついたが、外はまだ西日が周囲を照らし出していた。もうしばらくで日が落ちて夜の帳が下りてくるだろうが、少し外出したいと思えばできない事はない時間だった。
「リフィ、まだ今なら闘技場見に行けそうだけど、行く?」
「いく!」
先ほどまでずいぶんと闘技場に執着心を見せていたリフィミィを気遣ってアリエッタが声をかけると即座に返答が返ってきた。
「というわけで、僕はリフィ連れて出掛けるけど、みんなどうする?」
「オレも行くぞ」
「アリエッタちゃん行くならボクも行こうかな」
『わたしもー!』
「あたし一人で留守番なんて嫌だからね」
結局全員で行く事になるのだった。
闘技場の前まで行くとその巨大さが遠くで見る以上に際立っていた。日本にあったプロ球団が本拠地にするような精巧な造りの建造物ではないが、近くで見るとその大きさや形状は本当に良く似ていた。この日は何も中で行われていないのか入り口は封鎖されており、中の様子を窺い知る事はできないが、中央に競技スペースがあり、それを囲うように観覧席が円状に配置されているのだとアリエッタは推測していた。
「あぁ?今日はなんもやってねーのか?」
「基本的にデュエルが行われるのは休みの日だけみたいですよ」
この闘技場、その名の通り一対一で武の優劣を競うための施設ではあるが、それ以上に民衆の娯楽の場でもあった。賭博だ。国が運営となり、観客はどちらが勝つかに現金をベットしてその勝敗結果に一喜一憂するのだ。出場する側も手足欠損はおろか命を散らす事も珍しくない中、勝ち続ける事ができればヒーローだ。出場の危険性とは裏腹に出場したがる者が後を絶たない花形であった。
「なんだよ、つまんねーな」
はなから外観を見るだけのつもりだったアリエッタは満足していたのだが、飛入りで参加でもするつもりだったのか、デューンの言葉にガリオルが心底つまらなさそうな顔をする。戦闘狂だけにこういった対人に特化したものは体がうずくのかもしれなかった。
「アリ!すごくおっきい!」
「そうだね、大きいね。中もすごく広いよ、きっと」
「ほんと!?なかもみたい!」
「今日はやってないみたいだから、またやってる時来ようか」
「あう!やくそく!」
「いいよ、やくそくね」
アリエッタとリフィミィは母娘のような、歳の離れた姉妹のような微笑ましい空気を周囲に漂わせる。それを口にするとアリエッタは真っ赤な顔で必死に否定するのがわかりきっているから誰も指摘はしないが、内心思っていることは全員一致していた。
「さて、そろそろ日も暮れてきたから宿に戻ろ?」
エメラに切り出されると一向は「もうそんな時間か」等と言いながら、日の落ちかけた薄暗い道を宿に向かって引き返していった。




