4話 デューンの本気
その日の朝、デューンはタコ殴りにされた挙句、部屋の柱に縛り付けられていた。その前に仁王立ちする人影が二つ。アリエッタとエメラだ。特にエメラはその眼力だけで人を殺せそうな眼差しで、今にも飛び掛らんばかりの様子だ。どちらかと言えばアリエッタはエメラを宥めていると言った方が正しい。
さすがにデューンも聖魔術師だけあって、自分の身を守るための手段は豊富で「タコ殴りにされた」という表現で留まる程度に済んでいるが、普通の人であれば既に事切れていてもなんら不思議はなかったのだ。
時は遡り、まだ外は真っ暗闇に支配され、昼に活動する者はほぼ眠りについている時間。普段から眠っている間は意外にも神経質なアリエッタは、ちょっとした異変に気付いて浅い眠りから意識を覚醒させる。就寝前に確認して鍵のかかっているはずのドアがわずかに軋む音が室内に響く。
魔族は人間族と比べると多少夜目が利く。月のもたらすささやか過ぎる光でも部屋の中の状況くらいは把握ができる。アリエッタは未だ眠気が強く残る頭を叱咤して、うっすらと目を開いて室内の状況を確認した。すると、どういったわけかドアの鍵は外され、入り口付近に一人の人影が確認できる。同室のエメラは隣のベッドで穏やかに寝息を立てており、リフィミィもアリエッタと同じベッドで大人しく眠りについている。となれば、顔は確認できないがその人影は不法侵入者という事になる。
こういった不法侵入者の目的は大別すると二パターンに分けられる。一つは金目の物目的の場合、もう一つは進入先の人そのものが目的の場合だ。現状ではどちらとはアリエッタは判断できない。捕まえるにしても未遂では少し弱い事もあり、少しリスキーではあるがアリエッタは相手が手を出すのを待つことにした。
再び目を閉じて寝たフリをしていると、人影はアリエッタの方に近づいてきた。中級宿でもこういった下衆野郎がいるのかとアリエッタは溜息をつきたくなるが、ここで相手にばれてしまっては元も子もない。直接手を出してくるまでは大人しく寝たフリをしていると、人影はゆっくりとベッドに上がってきた。やがて人影はアリエッタを囲うように四つん這いになり、右手をアリエッタの顔を撫でるように這わせていった。
「はぁ…アリエッタちゃん…」
人影の声がするのとほぼ同時に、アリエッタは自身の顔を撫でていた腕を掴んで相手の顔が見える程度の光を灯す。
「デューン?」
「やぁ、こんばんは」
人影の正体はデューンだった。デューンは悪びれる事もなく、無駄に爽やかに挨拶を返す。
「これどういう事か説明してくれるかな?」
アリエッタはデューンの手首を魔力を込めた力で掴み、その目には睡眠を邪魔された怒りと、またしても女として襲われたことに対する苛立ちが込められ、いつにない程の迫力を演出していた。デューンはその迫力に押されしどろもどろになってしまう。
「いや…これは・・・あの…そうだ!悪霊が憑いてたから退治しに来たんだよ」
「ふ~ん?僕の了解も得ずに?もしかして悪霊って僕の事?」
「ま、まさかぁ。でももう終わったからボクも部屋に戻るよ」
デューンはアリエッタの厳しい追求にたじたじになりながらも苦しい言い訳を並べて逃げ出そうとする。当然の事ながらアリエッタがそんな嘘を信じ込むわけもなく、デューンの右腕を掴む手に力を込めると骨の軋むような音が漏れてくる。
「ちょっ!待って待って!折れる!折れちゃう!!」
「まさか、そんな言い訳が通じると思ってないよね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、一緒に気持ちよくなろうと思ってきましたあぁぁ!!」
アリエッタは馬鹿正直に話したデューンの手を離すと溜息をついて、デューンを柱のある場所まで引っ張っていく。柱を腕で背中越しに抱えるように回すと両腕が動かないよう、かなり強めに凍らせた。これでアリエッタが魔法を解かない限りデューンはその場から動くことができなくなってしまった。
「僕もう一回寝直すからそこで朝まで反省してて。おやすみ」
「はい…おやすみなさいませ…」
そんな事が夜中あり、朝起きて事情を知ったエメラにしこたま折檻された後なのだ。
「ねぇ、エメラ、こないだみたいに変な香焚かれたわけじゃないし、顔撫でられたくらいだから、それくらいで許してあげよう?」
未遂とは言え、デューンの行動そのものはアリエッタにとっても容易に許せるものではない。万が一最後までされていたらアリエッタとて八つ裂きにしても足りないくらいだ。しかし現実は顔を少し撫でられただけなのだ。それに対してこの仕打ちは少しやりすぎな気もしたのだ。
「いいえ!今回ばかりはあたしもあったまきたわ!徹底的にやらないとあたしの気が済まないの!」
「今回ばかりは」ではなく「今回も」なのだが、火に油を注ぐ行為なのでアリエッタは特にそこは指摘しない。いつもは温厚なエメラだが、アリエッタがかかわるとどうしてこうも沸点が低くなるのか、アリエッタは苦笑いするしかなかった。
「ほら、リフィもお腹空いたって。可哀想だからご飯行こう?ね?」
いつもそうなのだが、リフィミィは朝食食べるまでぐったりしている事が多い。この日も例に漏れず、起きてはいるのだが椅子に座ったままぐったりしていた。その様子を見たエメラもそれ以上強く言う事ができず、小さく溜息をつくと一言だけ注意の言葉を投げて切り上げるのだった。
「次はないからね」
アリエッタはそのまま部屋から追い出すわけにもいかず、軽く傷を治療してあげてから外に送り出す。
「僕にちょっかい出すとこうなるって分かってて、なんでこういう事するの?」
アリエッタにとってデューンの行動は甚だ疑問だった。何されても殺されなければ自分で治せるというのは無視できない点ではあるが、それでも痛みは伴う。そんな痛みに耐えながらも女一人にモーションをかけ続けるという、下手をしたら命がけの行動がまったく理解できなかったのだ。
「ボクも本気だから」
いつもの軽くおちゃらけた様子は鳴りを潜め、真剣そのものの顔付きに、不覚にもアリエッタの心臓の鼓動が一瞬跳ね上がる。
デューンはそれだけ言うと自分の部屋に戻っていった。
男でも女でも真剣な物言いにはドキッとさせられる事があるんだなぁ、とアリエッタは少し的外れな事を思いながらデューンの後姿を見送るのだった。




