閑話 幼い鬼少女の見た夢
『彼女』は生まれついた時から不幸だった。
親兄弟誰と比較してもかなり小柄な体躯に、鬼としては妙に高い知能。生まれて一年が経つ頃には周囲の顔色を窺うようになった。
(今日の母親は機嫌が悪い)
(夕方から急に兄がイライラし始めた)
(今日の姉は妙に嬉しそうだ)
その頃から肉親である親兄弟は、奇妙な行動を繰り返し、体も大きくならない『彼女』を疎むようになった。周囲をおっかなびっくり観察していて懐かなくなり、可愛げもない。
そんな『彼女』に虐待が始まったのは生まれて一年半程度が経った頃だった。
両親は食事をあまり与えず、少しばかりの食事も兄弟達が奪っていく。そんな事が続けば元から小さかった体は大して成長せず、顔色も悪くなっていった。髪から艶がなくなり、肌は荒れ放題、体はあばらが浮くほど痩せ細っていった。
『彼女』はたまに天気の良い時は親兄弟と一緒に狩りに出る事もあったが、基本的には巣である洞穴の中に篭るようになった。栄養状態が悪かったのだから、体が小さいだけでなく体力もなく、当然の結果といえる。
稀に狩りが大猟だった時にはお腹いっぱい食べる事もできたが、それも一時的だ。体力も戻って落ちての繰り返しだった。不猟が続けば、いつ『彼女』の命の灯火が消えてしまってもおかしくない、そんな綱渡りのような状態だった。
そして何より、『彼女』の意図や意思を理解してくれる者が一人としていなかった。それは親兄弟からすると異端の子として見え、『彼女』からすると何もわかってくれない赤の他人として見えた。その相互認識は益々『彼女』と親兄弟との距離を離し、虐待を加速する要因となった。
そんな『彼女』の周囲の状況が一変したのは神の計らいか、はたまた運命の悪戯か。
その日の夜はいつもと変わり映えしない、何の変哲もない夜だった。いつものように大した食事も与えられず、不貞寝に近い形で早くに寝入ってしまっていた。
寝ていると、親兄弟が騒いでいたような気がするが、彼らがどうなろうと、例え死んだとして『彼女』にとっては大した問題にならない。自分が息絶えるのが少し早くなるかどうかの差程度でしかない。
さらに少しの時間が経過した頃、洞穴の中に何者かが入ってきた気配がする。親兄弟かと思ったが、それにしても足音が妙に小さく、数も少ない。まだ眠っていたい願望もあったが、気になった『彼女』は重い瞼を開けて洞穴へ入って来た者を視界に入れる。一人は鮮やかな青い髪をした魔族の女。もう一人も同じく魔族の女だが、こちらは銀の髪をしていた。
『彼女』の親兄弟が騒いでいた事を考えれば、彼らは既にこの侵入者二人に討たれたのかもしれない。しかし、親兄弟を肉親とも思っていない『彼女』にとってそんな事はどうでもいい事だった。
『彼女』にとって一番切実なのは、自分がこの場を生き残る事。『彼女』は幼心にも相手に対して決して敵意をみせてはいけないと思った。
青髪の魔族はどうやら『彼女』を害する事に対して躊躇している様子で、一向に『彼女』に襲い掛かる気配が無い。それどころか隣の銀髪の魔族と何やら話し込んでいた。何を話しているか『彼女』にはわからない。しかし、なんとなく『彼女』は自分に対して悪い事ではないような気がした。
その行動を取ったのは『彼女』にとって意図したものなのか、無意識のものなのか『彼女』自身も答えを出せない。しかし、間違いなく『彼女』の体はその動きをしていた。
気付くと『彼女』は青髪の魔族の腰に正面から抱きついていた。そのまま青髪の魔族を見上げると困惑したような、何かを決意したような表情をしていた。そして何か声を発しているが、何を伝えたいのか『彼女』にはわからない。しかし、その魔族がしゃがみ込んで『彼女』に目線を合わせながら声を発すると何が伝えたいのか不思議とわかった。
「僕達は君をここから連れてく」
青髪の魔族は確かにそう言った。
こんな地獄のような場所から逃れられるのであればなんでもよかった。
そしてなにより、『彼女』はこの青髪の魔族に対して、なぜかわからないが親兄弟にも感じなかった安らぎを感じることができた。
「これから君はリフィミィだ!」
さらに青髪の魔族は勝手に『彼女』に名前を付けた。しかし、勝手に名前を付けられた事に不快感を覚えることなく、逆にえもいわれぬ嬉しさが『彼女』の中に広がっていき、しゃがみ込んでいた青髪の魔族の首筋に強く抱きついた。
それは『彼女』が安息の居場所を手に入れた瞬間だった。
『彼女』は意識が浮上しつつある事を認識していた。それと共に聞こえてくる愛しい声。親も同然の女性の声。
それまで見ていた夢を覚えている程度の浅い眠りではあったが、まだ眠気が強い。それでもその声は『彼女』にとって不快にならず、声に従って薄っすらと目を開く。
「おはよ、リフィ」
『彼女』にとって誰よりも愛しくて大切な存在である青髪の女性が笑顔で朝の挨拶をする。
いつもと同じ、しかし『彼女』にとってはこれ以上ないほど幸せな一日がまた始まる。




