13話 竜人族の里
熱帯地域とは言え、標高が高くなるにつれて気温は少しではあるが下がってきた。一時期は少なくなった木々が、行程が登りに入ると少しづつ増えはじめて今では密林ではないが、ちょっとした林の様相を呈してきていた。ジャングルほどの煩わしさはないものの、整地されていない林の中を通り抜けるのはそれなりに苦労する。ましてや、進めば進むほどただでさえ傾斜はきつくなり、オオトカゲの移動速度も落ちてくるのに加えて、この足場の悪さが加わるのだ。
しかし、アリエッタ達一行は意図せず、いつの間にか多様なメンバー構成になっていた事の影響は小さくない。エレアが精霊魔術で道の確保、アリエッタが聖魔術でオオトカゲの体力や脚力の補強を担って、スピードを落とす事なく進むことができていた。
「アリ、アリ!」
「ん?リフィお腹空いた?」
いつものお昼の催促かとアリエッタが空を見上げるが、太陽はまだ昇りきっていない。リフィミィの腹時計がずれる事など珍しいこともあるものだとアリエッタは思ったが、少し様子が違った。
「ちがう、まえ」
「前?」
アリエッタの見える限りでは林が続いているようにしか見えない。
「エメラ、何か見える?」
「ううん、何も…」
「ひと、いる」
大森林から出たこんな場所にも精霊族が住んでいるのだろうか。一際目のいいリフィミィは何かが見えているのだろう。
「エレア、精霊族ってこの辺にも住んでるの?」
「もうこの辺には住んでないよー。別の人種じゃない?」
魔族にしても人間族にしても、それぞれ本来の居住地域からは離れており、彼らからすると辺鄙なこんな場所に住んでいる物好きがいるとは考えづらい。しかし、エメラは何か思い当たる事があるのか、少し難しい顔をしていた。
「もしかしたら、竜人族かもしれないわね」
竜人族。
魔族、人間族、精霊族と並んでアリスフィアに存在する人種の中の一つだ。長命で平均的な寿命は五百年を越える。手足や腹部、さらに頭部、顔部の一部分に強固な鱗がびっしりと生えており、人間族の平均的な魔力程度では傷を付ける事も敵わない。また魔力量も竜族ほどではいないが魔族と同等程度はあると言われている。
非常に個体能力の高い種族ではあるものの、一方で繁殖能力に乏しく出生率は非常に低い。長い寿命の間に夫婦一組辺りが残せる子どもの数は二人から三人で、ほぼ人口を維持するので精一杯だ。
それ故に、侵略等によって必要以上に人口を消費することを極端に忌避している。その結果、竜族の庇護が受けられるアムブラント山脈の麓付近で隠れるように生活していると言われている。
「竜人族って接触して大丈夫なの?」
「わからない。昔から隠れて生活してたみたいだから、資料や情報自体が少ないの。でも排他的ではあるけど好戦的ではないみたいだから、リスクはあるけどあたしはちょっと興味あるかな。最悪コレ使えば、ね」
そう言ってエメラは瞬間移動のスクロールを取り出して見せる。
「それじゃ、このまま進んでみようか」
アリエッタの言葉に対して、意味がわかってなさそうなリフィミィを除く三人がゆっくりと頷いた。
一行が少し進むと木で建てられた建物が見えてきた。明らかに人の手で加工したもので、自然にできた物ではない事から判断すればリフィミィの情報は正しかった。
家々が立ち並ぶ集落のようなものが近付いてくると、その中から数人の男達が出てきて、アリエッタ達一行の前に立ち塞がった。
男達の露出した腕の表面は青や赤の鱗に覆われ、顔の露出した部分も顎から耳の辺りまで同様に鱗に覆われている。辛うじて目鼻口周りだけ地肌が露出しており、その様子を見たアリエッタは地球にいた頃のとある生き物をを思い出してしまい慌てて口元を押さえる。
(竜というより猿じゃん!?)
「アリィ?」
「ぷふふ…ごめん、なんでもないよ」
エメラにとってはアリエッタが何に笑いを覚えているのか理解ができなかった。それもそのはずで、実際に顔の外縁部分が鱗で覆われている部分を毛に置き換えると猿に見えないこともないが、彼らの今の見た目で猿を連想したのはアリエッタの感性が独特というほかなかった。
竜人族らしき男達三人がアリエッタ達に近寄ってくると、表情を鋭くして声をかけてきた。
「何の用だ!」
男達はアリエッタ達が下手な動きをすればすぐにでも斬りかかって来そうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!僕たちはここを通り抜けたいだけなんです!」
そんなアリエッタの必死の言葉にも男たちは強硬な態度を崩さない。
「お前ら、ここを通り抜けて何をするつもりだ?」
「サーフィト帝国に行きたいんです」
「魔族が人間族の国にか?」
それまでの魔族たちの行動基準を考えれば、急に人間族の国に行きたいなど酔狂のの部類にしか見えないのだろう。男達は強硬な態度はそのままに胡乱げな視線を向ける。
「人を探しにさらに北のエルガラン王国まで行く予定です」
男たちは互いに顔を見合わせると、その中の一番前にいた男が口を開いた。
「俺たちじゃ判断ができん。少し待て」
そう言うと、男たちの中の一人が集落に戻っていった。
事を荒立てたくないアリエッタ達は、その言葉に従って待つ事にした。何もなく通してくれるかもしれないし、もしかするともっと厄介な事になるかもしれない。それでもすぐに事を荒立てて確実に自体を拗らせるよりはマシだ。
少し待っていると、集落から先ほど一旦戻っていった男が彼らより頭一つ分さらに大きな男を連れて戻ってきた。最初に出てきた三人も身長が二メートルに近くあり、それなりに迫力があるのだが、連れてきた男は別格だった。身長は二メートルを軽く越え、体格そのものも他の三人より一回り大きい。そして何より醸し出している雰囲気は圧倒的強者のものだった。
「お前らか、ここを通りたいってやつ等は」
「え?あ、はい!そうです」
「まぁ、そんな固くなんな。オレはここの防衛隊の隊長のガリオルってんだ。ちょっとばかし話を聞かせてくんねーか」
ガリオルと名乗った男の顔は見た目五十代初頭くらいだが、その体の張りや態度はとてもそんな年老いているようには見えず、三十代の脂ののりきった全盛期を思わせる。しかし、それとは対照的に人好きのする少年のような笑顔を浮かべていた。
「ちなみにこの里を抜けて真っ直ぐ行くと竜族の住処だって知ってるか?」
ガリオルのこの言葉にアリエッタとエメラは凍りついた。
もしここで止められずに、またはガリオルに忠告されずに、何も知る事なく山を登っていたとしたら、間違いなくスクロールのお世話になっていたか、最悪それすら許されずに全滅していただろう。
「その顔見ると知らなかったみてーだな」
「…はい、助かりました」
エメラがそう言うと、ガリオルはそれまで浮かべていた笑顔を消した。
「まぁ、本当に助かるかはこの後の返答次第なんだがなァ」
ガリオルのその言葉にアリエッタとエメラに緊張が走る。場合によっては相手が全力で自分たちを殺しにかかる可能性が出てきたからだ。二人はいつでも動けるよう、密かに魔力の練成を始める。
「まずは前提を話しとかないといかんな」
そう前置きをして、ガリオルが話し始める。
まず、やはりアリエッタ達の対応をしている者達の種族は竜人族で間違いなかった。そして、この先の集落はその竜人族の里と彼らは呼び、ひっそりと生活しているのだと言う。繁殖力が低く無駄に命を消費してしまう行為は避けて他の種族から隠れるように居を構えているというのも正しかった。
しかし、竜族の近くに集落を作っている理由は違った。魔族の中では竜族の庇護を当てにしているという説が一般的だったが、実際には竜族が狩られてしまう事の無いよう竜人族が入り口を固めていたのだ。竜族の繁殖能力は竜人族にも増して低い。子どもができないという事も勿論あるが、さらにそこから成長した個体になるまでの時間がとにかく長い。成体になるまで五百年生きる竜人族で約百五十年、千年生きる竜族にいたっては三百年の時間が必要になる。人間族であれば、その時間で一つの政権体制が終わっていたりするほどの時間だ。そして、寿命ではなく一体死ぬという事は、それだけの時間が失われるという事に近い意味がある。
「そこらのやつ等ならすぐ通して竜族に手を出しても、まず返り討ちだから気にしないんだが、お前らは下手すると数体狩っちまいそうだったからな」
「僕たち、竜族相手にできるほど強くないですよ」
「どうだかな。こっそり練ってる魔力見る限りお前ら二人はそれぞれが竜一体といい勝負だ。そんなやつ等を理由も聞かずに通すわけにはいかねーだろ」
密かに戦闘体制を整えていたのは、この目の前の男には気付かれていた。ある程度魔力の動きに敏感な者や手練れの者であれば、魔力の練成にはわりと簡単に気付かれてしまう可能性がある。アリエッタとエメラもそこまで本気で隠す気があったわけではないので、そこは大して問題ない。しかし、それに気付いたという事は、このガリオルという男は相当厄介な相手という事に他ならず、もし敵対した場合はかなりの脅威となり得るという証明でもあった。
「前もって言っておきますけど、あたし達は本当に通り抜けたかっただけなんです」
「ふむ。竜殺しやこの里の場所を探り当てるのが目的じゃなかったって事か?」
「はい。そんな気はありません」
ガリオルの言葉にエメラが答え、アリエッタも同時に頷く。ガリオルは二人の真意を計るかのように目を細めて二人を見やる。
少しの間沈黙だけが流れる時間が続いていたが、それも唐突に終わる。ガリオルは急に現れた時と同じような人好きのする笑顔を浮かべて、再び話し始めた。
「いやー、疑って悪かったな!最初からお前らは白だとは思ってたんだが、一応な。これでもオレらはここの生活を守らなきゃならねぇんだ。あんまり悪く思わんでくれ」
アリエッタとエメラはガリオルのその言葉で肩の力を抜いた。一度は敵意を見せた相手に気を抜くのが早いのは経験の無さからだろうが、幸いにしてガリオルにしても後ろに控える竜人族の三人にしても、既にアリエッタ達をどうこうしようといった動きは見せなかったし、実際に彼らがそんな事を考えている様子もなかった。
「いえ、余所者に警戒するのは当然ですし、あたし達の事情を理解して頂けたなら問題ありません」
「そう言ってもらえると助かる。それでお前らここを抜けてくのか?」
この先が竜族の住処となっているのであれば、どう考えても迂回すべきだ。ガリオルの言う通り、数体の竜が狩れるとしても、そこまでだ。結局後続の他の竜に殺されて終わりだろう。しかし、エメラはガリオルの言葉に矛盾点を感じた。
「…あたし達は竜を狩るつもりはありませんけど、通しちゃっていいんですか?」
「あぁ、説明してなかったか。竜はな、穏やかな種族なんだよ。攻撃を仕掛けない限り襲ってくる事はないぞ」
つまり、襲われるのは竜に遭遇した事に半ばパニックを起こして攻撃を仕掛けてしまう事が原因なのだ。そもそも竜に遭遇する事自体が稀であるにもかかわらず、生還した者が一定数いる事を考えれば、その事に思い至れないことも無い。実際、エメラも竜の攻撃をかいくぐって命からがら逃げてきたといった話は聞いた事がなかった。襲われて逃げ切った例も無い事はないのだろうが、圧倒的に少数派である事は間違いない。
「エメラ、どうしようか。襲われないって言っても確実じゃないよね」
「そうね…。何かの拍子に竜を怒らせちゃう可能性もないわけじゃないし、時間かかっちゃうけど迂回した方が良さそうね」
基本的には素通りのつもりだが、何が起こるかわからない。攻撃してくれば全滅は免れない相手がすぐ近くにいるというのは不気味でもあるし、確率が低くなるとはいえリスクも残る。
「あー、迂回するならそれでもいいが、道は険しくなるぞ。最近は何やら人間族がウロウロしてるから鉢合わせする可能性もあるな」
ガリオルも親切心から言ってるのだろうが、その言葉は二人の判断を鈍らせる。特に、アリエッタは「人間族がウロウロしてる」という言葉が引っかかっていた。
思い出すのは闇夜に紛れて住人が殺害され、その後自警団員二人をも失ったあの出来事だ。アリエッタはあの事を思い出すだけで今でもどす黒い感情に支配されそうになるが、その度にぎりぎりで自分を律してきた。しかし、直接遭遇してしまったら、今度は自制できる自信がない。
エメラも悩んだ表情を浮かべていた。きつくて敵に遭遇する可能性のあるルートか、比較的楽だがいつ竜に襲われるかわからないルート。竜に襲われない確信があるのであれば確実に後者なのだが、その辺が曖昧過ぎるのだ。
「そんなに悩むことか?断然ここ抜けたほうが楽で安全だぜぇ」
「勧められると逆にちょっと怖いのは僕だけですかね…?」
「貴様!隊長の好意を無碍にする気か!!」
それまで黙ってガリオルの後ろで聞いていた三人の内の一人が急に怒り出した。アリエッタとしてはガリオルの真意を謀りかねていただけなのだが、ガリオルからすると本当に善意で言っていたのだろう。
「やめろ!元はと言えばオレらに非があるんだからよ。……何度もすまんな。無理にとは言わねぇし、好きにしてくれていい」
疑い始めればきりがない。ガリオルとその部下のやり取りも茶番かもしれない。そもそも竜が自分から攻撃してくる事がないなんて、嘘かもしれない。
しかし、アリエッタはこのガリオルという男は信じられると感じた。根拠などない。ただ単純にその人柄や立ち振る舞いが信用できると感じたのだ。アリエッタがエメラの顔を見ると同じ事を思ったのかスッキリした顔をしていた。
「エメラ」
「うん、今回は信用してみよっか」
「ガリオルさん、今回はここを通してください」
アリエッタははっきりとガリオルに意思を伝えた。それに対してガリオルも特に動じた様子も無く「そうか」と一言返すだけだった。
しかし、一行が引き続き移動しようとしたタイミングで再びガリオルが声をかけた。
「あぁ、ちょっと待て」
「まだ何かあります?」
答えたエメラもガリオルを邪険にする事もなく、まだ何か注意事項があるのかといった体で聞き返す。
「まだ昼前だが、今から出ても日暮れまでに野宿できるいい場所まで辿り着けねぇ。今日の所はゆっくりウチに泊まっていけ」
男であるガリオルが女所帯のアリエッタ達にそう声をかければ、ガリオルにその気が無かったとしてもアリエッタは勘繰ってしまう。男のことを良く知っているからこその思考かもしれないし、必要以上にそっち方面の妄想をしてしまうのも年頃の男子だったアリエッタなら仕方ない事だった。
「ち、違うからな!オレには嫁も子どももいるから、そういうんじゃねぇぞ!」
アリエッタの疑念たっぷりの視線を受けてガリオルは盛大に慌てた。妻子持ちが家に招待するとなれば、当然そんないかがわしい気持ちなどない事はすぐにわかるが、アリエッタのような反応をするとは思っていなかったのだろう。
「隊長、隙あらばだったんじゃないんですか~?」
「うるせー!黙っとけ!オレは嫁一筋だっての!!」
ガリオルの部下が、すかさずからかうような言葉を投げるが、さすがにガリオルも部下には容赦ない。豪腕を振るって頭部を殴りつけると、ガリオルの部下はその場でもんどりうって悶えていた。
「それで、どうだ?無理にとは言わんが」
「そうですね、お世話になります」
エメラは疑いもなく、ガリオルの世話になることをあっさりと決めた。地元の者が明日からにした方が良いと言うのであれば、それに従った方が懸命だと考えての事だ。
「そうか、わかった。代わりといってはなんだが、一つ頼みがある」
ガリオルはそれまでの気の抜けた表情を再び引き締めて、意外な発言をした。
「オレと本気で闘ってくれ」




