妹は兄の中(7)
すると結華はこう言い出した。
「お兄ちゃん、話しかけて。」
――え?
『その三人に話しかけて!』
結華は叫ぶ、とまではいかないがやや強めの口調でそう言った。
――なんでだよ、別に向こうから話しかけないってことは別に話すこともないって事だろ、だったら別に話すことないじゃん。
それに対して結城は至極当然の様にそう返す。
『じゃあお兄ちゃん、朝話しかけてくれた人の方は?』
すると結華は間髪入れずにそう言う。
結華が言っているのは恐らく新島雄二の事、だがそeは結城にとってはなおさら無理に決まっている。
新島雄二はクラスの中心的な存在として生活をしており彼の言動一つでクラス内の雰囲気が動くようなレベルにまで達している存在である。
そんな最上級の存在と話すなんてことは無理なのは言うまでもない。
――それこそ無理だ。
結城は一言そう言う、仮に何か言われてもその一言以外は絶対に口にしないほどの強さでそう念じて伝える。
『お兄ちゃん、お兄ちゃんの周りにはいい人が沢山いるのに何で返してあげないの?』
その返答を聞いた結華は今度はイライラしたかのような口調で言う。
――別に俺はそんな友人を作るような人間じゃないし……。
結城は自分の事を特段かっこいいとか思っていたりはしない。
勉強は出来なくもないとは自負しているが英語は話にすらならないようなレベルであるし、部活もやってないからスポーツも出来ない。
そんな事をつらつらと説明しているとその説明を遮る様に妹の声が結城の脳内に飛ぶ。
『お兄ちゃんはかっこいいよ!』
――はぁ?
いきなり何言ってんだ、結城はそんな事を言って否定しようとした。
だが結華の口は即座に言葉を紡いでいく。
『確かに一部分天パの所為で変な髪型になってるし、いっつも半目の所為でキモイ目つきになってるし、猫背で根暗っぽくなってる、けどそこ直せばお兄ちゃんはかっこいいよ!』
――そりゃどーも。
まるで最初から用意していたかと思えるほどに饒舌な妹のお世辞を聞いた結城はそれを軽い気持ちで受け止める。
結城はかっこいいなどと言われたのは生まれて初めてである、が妹にそれを言われたところで世間一般では気休め以下にしかなっていないようにしか思えない。
そんな事を思いつつ半ば聞き流している結城であったが――。
『お兄ちゃん、真剣に聞いて』
聞こえてきたその声を聞いた瞬間、結城は気持ちを切り替える。
――分かったよ。
言い方ひとつで今までにないほどの真剣な感情が込められている事は結城には理解できた。
結城の今までの人生で両親を除いて一番話した他人である結華、その声を聞いただけでどんな感情が含まれているか結城には分かる。
今の声は例えるなら真剣な表情でまっすぐと目を合わせて話す、そんな雰囲気の時に発せられるような声であると結城には断言出来た。
『お兄ちゃんはすごくいい人だよ、絶対にかっこいい人』
そんな雰囲気で言ったその言葉は結華からすれば嘘偽りない真実であると言える。
――そうか。
結城もそれに真剣な精神で答える。
『無駄にしちゃもったいないよ』
――…………。
結華はそう言うが人間の行動はそんな単純にコロコロと帰られるようなものではない。
損得だけを考えて行動できるようならむしろ今の生活は自分に正直でいいぐらいであると結城は思っている。
――そう言う単純な話じゃねえんだよ。
結城は中学時代に自殺を考えたことがある、本気で。
だが今生きている事から分かる様に思いとどまったため未遂にすらならず、「本気で考える」だけで終わった。
正確には結城は考え抜いた挙句その選択をしたら負けだという事にたどり着いたから実行にまでは移さなかったのだ。
攻撃された挙句、はい降参で終わるような安くて弱い人間じゃない、そんな最後の自負があったからこそ結城は生きる事を決めた。
俺はそこら辺の人間なんかよりもずっと我慢強くて自分自身という物をしっかりと見定めているそんな自分が大好き。
そう考え方を変えることで周囲から無条件に敵視される事こそが自分らしさの証明として受け入れた。
今更そんな自分の好きな自分を変えるつもりなんて結城にはない。
むしろ変えたならば結城が思っている結城らしさがなくなってしまう。
昼休みのベランダという場所で結城はそんな事をまとめて妹にぶつけた。
周囲からすれば一人で虚空を見つめているだけの光景にしか見えないが結城は人生で初めて自分の思いを心から語った。
だがこの行為は決して簡単なものではない。
いくら頭の中で話せるとはいえ、結城は言いたくない事を話すような人間ではない。
結城は弱音を周囲には絶対に吐かない人間である。
だからこそいじめを受け、自殺という選択肢を考え始めたところまで言ったとしても周囲には相談せず全てを受け入れることで耐え抜いたのだ。
強固な殻に閉じこもって自分という物を留めてきた結城にも関わらず、結華の言葉をすんなりと受け入れ自ら理由まで口にした。
それは結城の中で結華かなり高い位置にいるという証明であったのだ。
『でも、お兄ちゃん』
結城の文字通りぶつけるような告白を傾聴していた結華であったが、一通り結城が語り終えると終わる時を知っていたかのような絶妙のタイミングで言う。
『私はもういないんだよ?』
結華の口から語られた完全な真実。
結華は、妹はもうこの世にいない、今は話すことが出来るしある程度はコミュニケーションが取れているがこれだって何時まで続くか分からない。
もしかしたら明日にはいなくなっているかもしれないし来年まではいるかもしれない。
それでも一生いるかと言われれば多分それはあり得ない、何故かその確信だけは出来る気がしていた。
『私、お兄ちゃんが心配なの』
――そうかよ。
結華が今どういう状態なのかは分からない、未練が残っていてこの世に残っている霊とかそういう奴なのだとしたらもしかしたら結華の望みを聞いたりすればいなくなるのかもしれない。
――いいんだよ、俺はずっとこのままで。
上手く言えないが結城は別に今の生活に満足していた、友達も別にいなく一人で過ごして家に帰って特に何もせずに無駄な時間を過ごすそんな日常。
――そう、いつも……いつもの。
だが結城は気が付いている、結城の「いつもの」日常を過ごすためには妹が必要なのだ。
一般的に言ってつまらない生活を送っているだろう結城のマイナスの人生で唯一大きなプラスを与えることで何とか均衡を保っていた存在。
結城の話を聞いてくれて楽しい時を過ごしつつ、時には言い争いなんかもする人間の楽しさを結城に与えてくれる唯一の存在。
それがなかったら結城の人生は本物のつまらない道を歩むことになるだろう。
むしろ今の生活は既にそこに一歩足を踏み入れている状態といえる。
結華の姿はもう見えないのだ。
今はこのよくわからない奇跡か怪奇現象みたいなものによってまだ結華がいるような状態になってはいるがきっといずれ消えるに違いない。
それは分かっている、それでも結城はそれに縋り付きたくなってしまう。
『お兄ちゃん……』
結城の中でひしめき合う矛盾した思考の中、脳裏に語り掛けてくる結華の声、それを聞いた結城は思わず言葉を漏らしていた。
「知ってるよ」
妹が自分を心配してくれていたことは結城は十分に知っている、そう伝えるべくして漏れた言葉であったが――。
「え? 知ってるの?」
「え?」
妹と共に自らの人生を振り返りながら心象世界に浸っていた結城を突如として現実に引き戻したのは隣にいた山口の声であった。
「成瀬君もやってるの?」
そう言いながら山口は自分が持っているスマホの画面を見せてくる、そこには先ほどまで結城が時間つぶしにやっていた基本無料ソシャゲの画面が出ていた。
「え、うん」
重い話で脳が急激な話題の変化に付いていけず流れに乗せられるようにして結城はそう口にする。
「ほんとに? ちょっと見てもいい?」
今更「嫌」などと言えるわけもなく結城はそのまま持っているスマホを山口に渡した。
「ちょっとボックス見せてね……」
結城のスマホを手にした山口は手に入れたモンスターが入っているボックスを開いて所持しているモンスターの種類や数を確認し始めていく。
「す、すごい! 木属性以外のほとんどの高機能キャラがそろってる……」
「マジで!」
「お、俺も見てもいいか?」
山口の驚きにつられた川崎と森も結城の方に来てつい先ほどまで完全に部外者状態だった結城が突如として三人組に囲まれる。
『うまくいったみたいだね』
すると脳裏に嬉しそうな妹の声がする。
『いやーお兄ちゃんって独り言が多いからうまくいくかなーなんて思ってたんだ』
――マジかよ。
どうやら結華が結城の心情を煽るような発言を繰り返したのは独り言をさせることで無意識のうちに自分から声を出させるという策であったらしい。
妹の策士ぶりに困惑する結城であったがそのことに対しての返事を思い浮かぶ前に周囲の三人から怒涛の勢いで話しかけられ始める。
「フレンドになろう!」
「ていうか協力プレイ一緒にやろうよ!」
「待った! 今確率上昇イベントやってるから成瀬に引いて貰えば……」
「おおっやろうやろう! ちょっと成瀬試しに引いてみて!」
「成瀬なら『持ってる』かもしれないし!」
「いや……誰が引いても確率は変わらないんじゃ……」
「まぁまぁネタとしてだよ、一回だけ」
そう言われた結城は特に何も考えるような事もなく山口の画面に出ている「実行」の表示を指で操作してガチャを引くことにした。
すると通常はそのまま移行するはずの画面が一瞬暗転して画面に紋章のようなものが現れたそれはレアなモンスターが百パーセントの確立で出るという意味の演出、いわゆる『確定』と呼ばれるものだった。
「「「うおおお!」」」
「マジか……」
それが現れた瞬間、三人が声を合わせて驚き、もちろん結城自身も驚く。
そんな幸運にも恵まれた結城は次の四人全員で協力プレイに興じる事となった。
そして結城はいつの間にやら完全に他人だと思っていた三人組と共通の話題で盛り上がると言う行為に成功していた。
『良かったね』
そんな結城の脳裏に妹が安心したかのような口調でそう語り掛けた。
――……まぁな。
自然な雰囲気で三人と会話し、楽しい時間を過ごす結城はそのきっかけを作ってくれた妹に対して恥ずかしさを隠しつつそう言うのであった。




