妹は兄の中(3)
結華のやや長い説明があったため時刻としてはすでに午前五時少しごろとなっている。
すでに母親が起き始めた頃だろうか、そんな事を思いながらドアを開けると予想通りにキッチンの方に母親がいるのが見えた。
「おはよ」
「結城? 今日はやけに早いのね?」
挨拶をすると母親は珍しい事もある、とでもいった感じに返してくる。
何となく目がさめちゃってさ、と結城は返しつつ、椅子に座り運ばれてきたコーヒーを口にする。
『うわっ、マズッ!』
いきなり妹の大声が脳内に鳴り響いた。
「うわっ!」
コーヒーの風味を楽しむ的な状態になっていた結城だったが突然脳内に響き渡った声に驚き変な声を出してしまい、さらにコーヒーの入ったマグカップを倒してしまう。
「あらら、大丈夫?」
テーブルに零れたコーヒーとこぼした結城の方を交互に見ながら母親は心配そうに言う。
「ご、ごめん、手洗ってくる」
結城は誤魔化すようにそそくさと食卓を後にし、洗面所まで来ると妹に話しかける。
――急にデカイ声出すな!
洗面所の前に立って結城は結華に話しかける、話しかけると言っても脳内で語り掛けているので外から見るとよくわからない状態になっているが。
『お兄ちゃんコーヒー禁止! 私がコーヒー嫌いなの知ってるでしょ!』
それに対して結華はそう言って反撃してくる、その言葉を聞いた結城は単純に驚いた。
――味も分かるのか?
『だから~目も耳も舌もお兄ちゃんと一緒なんだって』
いまいち信用していなかったのだがどうやら本当らしい。
だが念のため確認することにする、結城は蛇口のハンドルをひねって冷水を出すと左手を付けて妹に問いかける。
もちろんその際にはハンドルを回す方向でバレないように目をつぶっておく。
――今触ってるのはなんだ?
すると少しだけ間が空いた後、妹は言った。
『……水?』
結華の答えは間違いであった、結城が今左手で触っているのは「ぬるま湯」である。
――いや、これぬるいお湯だぞ?
液体という部分ではまぁあっているが洗面所で何かが流れる音はしているので音である程度は判別出来たという可能性はある。
だが一心同体と公言した結華の説明とはかみ合っていない。
――どういう事だよ?
結華にそう問い詰めると結華はこういった。
『……正確にはお兄ちゃんと『一部分』を共有しているの』
――一部分?
そこで妹は再び説明を始めた。
曰く、結城と感覚を共有しているのは「右目」「右手」「鼻」「右耳」「舌」「右足先」だけでありそれ以外の部分は何も感じていないらしい。
なぜ分かるのかと聞くと「分かるから」とだけしか言わなかった。
『本当だよ! 本当!』
――まぁ……そうなのか。
説明が終わると結華は必死に本当だと繰り返して言い始めた、結華自身も必死にそう言っているので嘘を言っているようには見えない。
『本当なんだって!』
――分かった、信じる、信じるから。
とりあえずそこまで言われれば信じるしかない、結城はそう判断し食卓へと戻ることにした。
「お帰り」
食卓ではすでに零れたコーヒーは拭き終わっていた、テーブルの上だけで済んでいたので被害は小さくて済んだようである。
「コーヒー入れなおすね」
「あ、ちょっと待った」
そう言った動き始めた母親に結城は無意識にそう言っていた。
「……紅茶にする」
「え? まぁいいけど」
そう言った母親はコーヒーメーカーに伸ばしていた手を引っ込め、棚にしまわれていたティーバッグを取り出した。
今となってはたまに帰って来る父親しか飲まなくなってしまったのでほとんど手つかずの状態のまま棚へと放置されていたに等しい状態となっていた。
「自分でやるよ」
「そう?」
自分でやると言ってもそれに湯を注いで蓋をして数分待つだけの簡単なお仕事である。
だがそんな事でもいつだったか妹に力説されたことがあった事を結城は思い出し、それを何となく懐かしく思い出しながら入れていく。
そして待っている数分間の間に砂糖とクリームを棚から取り出していく。
「あんたほんとにどうしたの?」
そんな結城の行動を見て母親が目を丸くしている、コーヒー一筋の結城が砂糖とミルク入りの甘いミルクティーを作り始めれば驚くのも無理はない。
しかもその飲み方は一か月前に亡くなった娘と同じ飲み方という事を母親は恐らく分かっている。
だが母親は結城の行動に驚いているだけで妹の事は何も言わなかった。
気が付いていないわけはない、だとすれば母親は理由があって口にしないだけという事になる。
一か月前に亡くなった娘が良くやっていた事を息子がやり始める、それを見た母親がどんな事を考えるのか結城には見当もつかなかった。
そんな事を考えるよりも先に結城にはやることを見つけそちらに思考の全てを注ぐ。
――んで? どんぐらい入れるんだ?
『クリームはスプーン三杯ね、砂糖は二杯』
どんだけ入れるんだよ、と妹の甘党っぷりに辟易しつつ結城はその指示通りにクリームと砂糖を投入していく、すると赤茶色の液体はみるみる内に白く混濁しミルクティーへと変化を遂げた。
そしてそれを口へと運び、一頻り味わった後告げる。
――お前絶対糖尿になるぞ。
紅茶の味が完全に甘さで消失している。
『でも飲むのはお兄ちゃんだもん』
――…………。
妹の言葉を聞いて結城は黙り込む、確かに結華の言うとおりである。
感覚を共有しているのであれば味は感じても栄養価的には本人である結城の方にしか影響は出ない、もし病気になるとすればそれは自分だけである。
『大丈夫だよ、私だって毎日飲んでなんて言わない』
――本当だろうな……?
そう聞く結城だが正直妹にねだられたら毎日でも飲んでしまいそうな気がしていた、結城自身気が付いていないかもしれないが結城は結華にはかなり甘い人間なのだ。
『じゃあこうしよう、コーヒーと紅茶を毎日交代で飲んで、このミルクティーは週に一回だけでいいよ』
――約束してくれよ?
『大丈夫、お兄ちゃんとの約束は破りません』
――ちなみに紅茶には砂糖入れるのか?
『ストレートでいいよ、お兄ちゃん甘い物苦手だもんね?』
――お前、紅茶のストレート苦手なんじゃなかったのか?
『まぁ苦手だけどさ……お兄ちゃんの体を借りてるんだから少しは遠慮しなきゃ』
遠慮しなくてもいいぞ。
うっかりその言葉が出てきそうになった結城であったが何とか抑え込むことに成功する。
取りあえずは妹との交流というか今後の安定的な取り決め的な流れを決めることは出来た。
ここから先結城は結華と共に生活する事となる。
それでもどうにかなるだろう、理由はなくとも結城はそんな楽観的な考えをしていた。
二度と話せないと思っていた結華と再び話すことが出来る、それが出来るだけで結城にとってはこれ以上ないほどの嬉しい事であるからだ。
そんな事を考えながら結城は再び持っていた乳白色の液体を口へと運ぶ。
甘い、悶えそうなほどの甘さが口いっぱいに広がる。
『ふふっおいし』
それでも聞こえて来るその声の為ならば何杯でも行けてしまいそうな気分になるのであった。




