妹は兄の中(2)
結城がこの現象に見舞われたのはちょうど妹が死んで二週間目の事であった。
結華の葬儀によって混乱していたような日々も次第に落ち着き始め、段々と家族も周囲の交友関係のある人たちも妹がいなくなったことを受け入れつつなり始めた時期。
結城もまた妹がいないことを受けいれ元の日常へと戻り始めていたある土曜日の事。
その日の結城はちょうど今朝の様に休日なのに朝早くに目覚めてしまっていた。
――だる……。
結城は即座にそう決断した。時間的にはまだ午前四時ごろ、朝と言うにもまだ早すぎる時間である。
二度寝でもしようかと思っても自分でも不思議に思うほどに目がぱっちりと冴えており全く眠気すら感じない。
そんな体の状態を不思議に思いながらも結城はベッドから出る気にもなれずに温かさの残るベッドの中へ再び潜り込む。
そのまま布団の中で丸くなって手持無沙汰に時間を過ごしていたその時である。
『お兄ちゃん! 起きて!』
「うぉ!」
朝の静寂を切り裂くかのように突然聞こえてきた自分以外の声に驚いた結城は声を上げてしまう。
――な、なんだ……?
布団から恐る恐る顔を出した結城は部屋の中を見回した、だがもちろん部屋の中には結城以外の人間は誰もいない。
突然巻き起こった怪奇現象を解明するべく結城は視線を動かして部屋の隅から隅まで高速で見回していく、それこそ天井の隅から床まで満遍なくである。
そんな事をしていると再び声が聞こえてきた。
『ちょ、酔うから動かないで!』
再び聞こえてきたその声は落ち着いて聞いてみると普通の声とは何か違う風に聞こえると結城は感じていた。
結城自身は脳内に直接声が聞こえると言う現象を体験したことはない、だが今聞こえて来る声はまさに直接脳内に語り掛けられているという表現がぴったりとあてはまるようなものであった。
しかもその声は結城が聞いたことのある、むしろ聞きなれた声そのままの物だった。
「……結華?」
聞きなれた妹の声。
一か月前の夜、貸していた本を返して貰った時に言われた「めっちゃ面白かった!」とはやや感情の起伏が異なるがその声は明らかに結城の妹、成瀬結華の声だった。
『久しぶり、お兄ちゃん』
結城の驚きとは裏腹に結華の態度はかなり軽いものであった。
「……え、何? どうなってんの?」
妹の声はすれども姿は見えず(字余り)。
幽霊の存在などは一切信じていない結城だがこの時ばかりは妹の幽霊か何かでも出現したのかと思い、思わず虚空に呼びかけ始めていた。
すると結華からは全く予想外の答えが返って来る。
『お兄ちゃんと一緒になってるの』
「は?」
結華の説明に結城は全く意味が分からず聞き返すしかない。
『だから、お兄ちゃんと一緒になってるんだって』
「どういう意味だよ」
『だから~……』
そう言って結華は説明を始めた、曰く、今の結華は結城の体と感覚を共有しており結城が見ている物や触った物、聞いた音なども同じように聞こえている。
つまりは一心同体となっている……らしい。
「なんでそんな事が分かるんだよ……」
『なんでって言っても……分かるから分かる感じ?』
結華の説明を黙って聞いていた結城であったが当然と言うか必然と言うかそうそうに受け入れられるようなものではないのは当然である。
ろくな理由付けもなくいきなりそんな事を言われたところで実感もなければ信憑性も持てるわけはない、だがとりあえず声が聞こえていると言うのは事実だったのでそこだけは結城は信じる事とした。
『いやー、なんでこんなことになったんだろうね?』
結城の困惑を他所に結華は別に困った様子もなく悠々としている。
「そもそもお前さ……」
『あ、ちょっと待った』
結城が再度結華に疑問を投げかけようとしたところで結華は口を挟み質問を中断する。
「なんだよ?」
『なんていうのかな……? 念じて話してくれない?』
「……?」
結華に言われたその言葉だったが日本語としても微妙に正しくないようなその言い方を聞いた結城の頭には先ほど以上に疑問が浮かぶ。
『えっとね……普通に話してても聞こえるんだけど……なんか一枚壁を挟んでるみたいな感じで聞き取りにくいみたいな感じがするんだよね』
「ふーん……」
『だからさ、こう何か念じる感じで話してくれない?』
念じる、そう言われたところで念じたことなどない結城にはいまいちどのようにすればいいのか見当が付かない。
取りあえず頭の中に聞こえてきているんだから返す時も頭の中で返せばいい、そう解釈した結城は取りあえず実行してみる事とする。
――おーい、聞こえるか?
『おおっ! 凄い! お兄ちゃんの声そのままだ!』
何となくそれっぽくやってみるとしっかりと通じたようであり結華の感動した声が聞こえて来る。
――これで大丈夫か?
『おっけおっけ! お兄ちゃんの声がダイレクト!』
取りあえずは妹はご満悦な様子であり、結城としても久しぶりに結華の喜ぶ声を聞くことが出来て悪い気持ちはしなかった。
――で、どうすんだ。
久しぶりに結華と話せて悪い気はしていないのは良いが今起きていることはいうなれば怪奇現象である、これに対してどのようにすればいいのか。
結華にそれを聞くと迷うことなくこういった。
『まずは朝ご飯!』
――いや……お前な、少しは真面目に……
『いいじゃん! せっかく生き返ったんだしさ』
生き返った、その言葉を聞いて結城は少しは真面目に考えろと念じようとしていた思考を放棄する。
何があったのかは分からないがとにかく結華がその辺りにいるという事は現実の事である、本人も楽しそうにはしているし特に悪い部分もないらしい。
――んじゃ、下行くか。
『れっつご~』
突然の事であり結城は結華としっかりとした「お別れ」みたいなことをすることが出来なかった。
だとしたらこの機会はむしろちょうどいいと言えるのかもしれない。
結華にはそれなりに良好な関係を築けていた、その礼も言ったことがない結城はこの機会を通して結華に何かしてやれたら良いかもしれない。
結城はそんな事を思い始めていた。




