妹は兄の中
あれ以来、結華は声も姿も見せていない。
きっと消えたのだろう。
「あんた、最近ジャム食べないよね?」
「ああ、止めた」
朝食の席で母親に聞かれた結城はそう答える。
結城はあの日以降妹の事を忘れることにした。
忘れると言っても消すわけではない、思い出として記憶する事にしたのだ。
結城にとって結華は家族であり、友人であり、相談役であり、恋のキューピットであり、初恋の相手だった。
そんな思い出を作ってくれた人間の一人として結城は結華の存在を忘れることにした。
結城が今までの人生で何度もしてきたクラスメイトの顔を消して忘れるのではない、心にはとどめた上で忘れるようにする。
忘れたとしても記憶が結城の心から消えたわけではない、そうすればいつか未来結華の事を思い出として聞いた時、結城は再びそれを思いだすことが出来る。
「おはよう、結城」
「よう、るみ」
いつもの通学路を結城はるみと二人で歩く。
あの時、結城達二人は結華を前にして恋人同士のような立ち回りをしていたのだが、二人は実際の所まだ初デートをしたという関係でしかない。
挙句の果てには勢いと空気に任せて将来の関係まで口にしてしまっているがもちろん告白などといった事もお互いにしていない状態のままであった。
だがそんな状態にも関わらずお互いにおかしな空気になることなく依然と変わらないような日常を過ごすことは出来ていた。
「結城って今度の日曜日って空いてる?」
いつの間にか下の名前で呼び合うようになった二人は通学路を歩きながら話す。
「ああ、悪いなその日は……っていうか土日で予定があるんだ」
るみからの初めてのデートの誘いを結城は断った、なぜならその日は家族全員でやらなければならないことがある日だから。
「何かあるの?」
「妹の部屋を、片付けようと思ってる」
結城の体は特に異常も何もなかったため入院すらせずにその日のうちに家に帰れることになり母親は安堵していた。
そして結城はその日のうちに母親に妹の部屋を片付ける事を伝えたのだった。
すると母親もあっさりとその事を了承してくれ、電話で伝えてた父親も同じように了承したのだった。
きっと二人とも部屋をただ保っておくことに対する違和感は持っていたに違いない、それでも忘れることが出来なくてそれを続けていたのだ。
結城の一声によって成瀬家は妹の存在に対して一旦忘れるという決意をすることを決めたのだ。
するとるみが言った。
「私も……手伝いに行ってもいいかな?」
「あ~……どうだろうな」
金曜日には久しぶりに親父が返って来ることに成っており、つまり今週末には家族が全員揃うことになる。
そんなときにいきなり初対面の人間のるみが来たとしたら――それもいいのかもしれない。
「そうだな、ありがとう手伝ってくれ」
「うん」
丁度いい機会だと思い、結城は両親にるみの事を紹介することにした。
友人もろくにいない息子がいきなり同級生の女子を家に連れてきて両親がどんな表情をするのか楽しみだ。
「さて、さっさと学校行くぞ」
「ひゃっ……」
そう言って結城はるみの手を握った、結城とるみが手を繋いだのはこれが初めてである。
流石に朝から男女が手を繋いで歩いていれば周囲から多少なりとも視線が送られてくるが結城はそんな視線も何故か気にならなくなっていた。
手から伝わって来る確かな暖かさを持つ人とならばきっと幸せになれる、そんな気持ちだけが今の結城の中には作られている。
兄の中に妹はいる。
それを作ってくれた存在を結城は絶対に消すことはない。




