真実は兄妹の仲(6)
室内が明るくなってからすぐにその沈黙は終わりを告げる事となる。
沈黙を自ら破ったのは他でもない結華本人だった。
「ふん……勝手にすれば」
先ほどの緊張から一転、結華はあっさりとそれを許してくれた。
「ありがとう……」
るみはほっとしたようにそう言って頭を上げる。
そしてるみを認めた結華はそのまま空中で腰かけるような体勢となる。
「ったく……後から出てきた方に取られるとか……」
「悪いな……」
「はいそこ、そうやってまだ微妙にチャンスありそうな雰囲気醸すの禁止!」
「結城君は優しいもんね」
「まぁ、同感しておこうかな」
「……それは褒めてるのか?」
病室内には先ほどの事がまるでなかったかのように穏やかな時間が再び流れ始めていく。
その時、結華の体が一瞬だけ瞬くように光った。
「きゃっ」
結華もその変化には驚いたようであり短い悲鳴が室内に響く。
「あ……」
そして次の瞬間には先ほどまでの青白い肌に暗い緑の髪を持っていた不気味な結華の姿はなくなっており、代わりに結城の記憶にある元通りの結華の姿が現れていた。
「結華……」
記憶にある通りの姿、結城がかつて世界で一番信頼していた妹の姿が変わることなくそこに現れ思わず声を漏らす。
「どう? 初恋の相手の姿は」
やっぱかわいい、そう言いそうになった結城だったがなんとか寸前でこらえた。
「もし、私がお兄ちゃんに告白してたらどうなったと思う?」
結華がそんな事を言ったが言われたところで分かるわけがない、そもそも実の兄のと妹では付き合えないと一蹴するべきなのだろう、だが正直それ以外の可能性も大いにありえたような気がしていた。
だがどっちにしても今となってはあり得ない過去の可能性の一つに過ぎない。
「多分、冗談で終わってたと思うぞ」
今となってはそれが正しい未来なのだ。
「さてと、それじゃ私はそろそろ消えちゃうわけなんだけど……」
そう言って座った体勢から立ち直った結華はるみに向かってこう言った。
「るみさん、一発殴らせて」
「え?」
「は?」
結華の言葉に対し結城とるみがほぼ同時に聞き返した。
「最後のお願いだよ? 叶えてくれるよね?」
そう言いながら結華は返答を返すよりも前に宙を浮いたまま二人の方から下がっていき、最終的に窓際ギリギリ辺りにまで到達した。
まさかその距離でめいっぱい助走をつけるつもりなのだろうか。
「いや、ちょ、お前いきなり何言って……」
結城が慌てふためいて結華を静止しようとする中。
「いいよ」
「ありがと」
お互いを十分に理解した乙女二人はなんの疑問もなくそう了承を取っていた。
「ふッ!」
二人の言葉が交わった瞬間、窓際にいた結華の体が空中を滑る様に素早く接近してくるのが結城の目は捉えた。
もちろんその腕は大きく振りかぶられておりその先端には固く握られた拳がその形を形成していた。
「やァッ!」
だが何故かるみの方までも拳を作って結華の方へとそれを放っていた。
そしてそのまま突き出すようにして放たれた二人の拳は結華の頬を、るみは腹部に向かってほぼ同時に交差した。
結果、結華の右拳がるみの左の頬に突き刺さり、るみの拳は結華の右わき腹を貫いていた。
「いった……」
いくら女子の拳とはいえ頬に命中すればそれなりの痛みは生じる、結華の拳を受けたるみは左手で殴られた跡をさすりながらも悔しそうにつぶやいた。
「なんだ、こっちはすり抜けちゃうのか……」
先ほど脇腹を貫いたと言ったがもちろん本当に貫通したわけではない、るみが放った拳は幽霊のような結華の体をすり抜けてしまい空振りのような形になっていただけであった。
「あ、あんたねぇ……」
まさか許可したうえでカウンターをかましてくるなどと誰が予想できただろうか。
そんなるみの様子を見て結華は呆れつつも心底おっかないとでもいったような表情でそういった。
「だって殴り返しちゃダメとは言ってないよね?」
「あんたやっぱ怖いわ」
るみは全く悪びれた様子もなく言う。
「えーと……」
結城は完全に蚊帳の外となっていた。
目の前で思い人と妹が拳で語り合う光景を見ることなればそうなるのも当然である。
その後も一言二言、結華とるみはお互いをたたえ合うような事を言っていたがひと段落したところでそれを言った。
「さてと、それじゃこれでやり残したことはないかな……」
結華は手を伸ばして空中で背伸びをするかの様な動きをしながらどこかすっきりとした科のような言い方だった。
「じゃあね、短い間だったけどまぁ楽しかったかな」
あっさりと別れの言葉を口にした結華は二人の方を見て手を振ってにこやかに笑う。
「結華……消えるのか?」
「当り前じゃん、まぁ消えた後どうなるのかは分かんないけど天国ってあるのかなぁ?」
結華と話す結城の心には突然寂しさが湧き上がり始める。
「あの世で再開できました~みたいなのってあるけどあれって本当なのかな? だったら田舎のばーちゃんに会えたりして」
「いや……どう、だろう、な」
これが終わったら今度こそ本当に話すことも出来なくなる。
「ぅっ……ひっぐっ……」
そう思った途端結城の目からは涙があふれ始めた、妹が死んだときには一滴たりとも流れなかったはずの涙があの時の分も補うかのような勢いで流れる。
「馬鹿、何泣いてんの……」
そんな結城を結華は呆れたように見つつ、そんな結城の事を横で頬をさすりながら見ていただけのるみに向かって言う。
「見ての通りお兄ちゃんは意外と弱い部分もあるの、という訳でさっさと慰める!」
「よしよし結城君大丈夫ですよ~」
そう言われたるみが結城の頭を撫でる、だがるみの身長は明らかに結城より低いので全力で背伸びをしてギリギリといった具合であり、そのせいでいまいちぎこちない撫で方になってしまっていた。
「(いや、なんで仲良さそうな感じになってるんだよ)」
結城はそんな様子を見て微妙におかしな気分になるのであった。
そしていよいよ。
「精々幸せになってね」
「はい、お預かりいたします」
「あ、もし死んで天国来ることになったら会いに来てね」
「もちろん、ね? 結城君」
「っ……たりまえだ」
結城は嗚咽が漏れる中、その言葉だけはしっかりと前を向いてはっきりと告げた。
「ありがと……」
結華の最後の言葉はそれだけ、それだけ言って結華は消えた。
さっきまで病室の窓際で微笑を浮かべながら浮遊していた結華の姿は瞬きを一回するよりも短い間に消え去った。
妹の本当の最後の瞬間は静かであっさりとした物だった。




