真実は兄妹の仲(5)
「私ね、潰れちゃったの」
妹が口にした事実が結城の精神に突き刺さる。
それに結華は気が付いている、そのうえで話を続けていく。
「ぶつかっただけならよかったんだけど……ていうか私ぶつかって倒れた時までは大した怪我も無くて良かった助かった~って思ったんだよ?」
結華は単調な口調でそう話していく、結城も話に割り込もうという気がなくなり聞きたくないと思いつつも耳ではしっかりと妹の言葉を心に刻んでいく。
「そしたらね、トラックって下が見えないでしょ? 運転手の奴、私がいるのに気が付かないでそのまま動かしやがったんだ」
結華の口調に確かな怒りが含まれ始めていく。
「分かる? 良かったって思ってはい出ようとしたらいきなり足の上にタイヤが乗って来たの痛かったの、動けなかったの、お兄ちゃん足が潰れたことある? 痛いんだよ? 痛すぎて声も出ないぐらいなんだよ、でも私は叫んだの誰か助けてーって、でも誰も助けてくれなくてそのまま私の顔を踏みつぶしたの」
「や、やめろ……」
妹の惨劇を理解した結城の言葉を無視して結華は続ける。
「私は潰れた、体も顔も半分以上潰されてどれがどれだか分からなくなるぐらいごちゃごちゃになってるのが、『見えた』の」
「頭は半分だけしか潰れなかったからね、右半分で自分がどんな風に見ることが出来たの」
気分が悪くなりそうな話を淡々と話す妹を前にして結城は理解し始める。
結城が結華の姿を最後に見たのは事故の日の朝だった。
次に結華と会った時、すでにその体は火葬が済んだ後の状態であった、短く切り揃った髪もも肌もどこにも残されていなかった。
どうしてなのか疑問にも思った、だがそれを尋ねることは決してしなかった。
結城にもそれが何を意味しているのか、心の何処かで分かっていたのだ。
それは事故が余りにも凄惨で妹が人間としての形を保つことが出来ない状態となっていたから。
結華は結城の体と感覚を共有しているのにどうしてそれが一部分だけだったのか。
それは結華がまだ人と言える部分がそこしかないからなのだ、あとの部分はただの肉塊と変わらない。
人間の死に方としては最悪の部類にはいるであろうその最後、結華がそんな最後を迎えている事を結城はずっと考えないようにしていた。
「でもね、お兄ちゃん」
妹は自らの凄惨な最後を語り終えると再び穏やかな口調で言う。
「お兄ちゃんと一緒に慣れたんだからそれは良かったかなって今は思うの」
「何を言って……」
「私ね神様と約束したの、私の最後のお願いを叶うまではこっちにいさせてくださいって」
結城は話に付いていけず只黙っている事しか出来ない。
「約束は『お兄ちゃんが私以外の誰かと幸せになってくれること事』それが叶ったら私はあの世に行かないとならなくなる」
「最初はるみさんでもいいかなって思ってたんだけど……」
そこで結華はにっこりと笑って言った。
「やっぱりやめた、お兄ちゃんは私が幸せにしてあげる」
その時結城の体に悪寒が走る、今まで全く気が付かなかった妹の闇が目の前に広がっていることに気が付いたからだ。
「という訳でるみさん、お兄ちゃんの事はあきらめてね」
そう言って結華は結城が支えているるみの頭に手を伸ばし触れようとした、その動きを見た瞬間、結城は反射的にるみの体を強く抱きしめた。
「……お兄ちゃん、るみさんから離れてよ」
結華は優しい声で結城に言うがその顔は決して笑っているようには見えない。
「……駄目だ」
それでも結城は強い意志を持ってそう答えた。
これだけは譲れないという結城の人生で一番の強い信念の元にそう答えた。
「お兄ちゃんは私がいればいいでしょ」
「(ああ、そうだったな)」
結城は内心でそう返す。
以前の結城、結華が生きていた事の結城だったらきっとそんな事を思っていたに違いない、友人も一人もいない哀れな人間の話を世界でただ一人聞いてくる人間がいたのだそいつの事を好きになるに決まっている。
結城は結華をただの家族以上の思いで見ていたのは間違いない。
「今は、違う」
だが今は違う、結城は簡潔にただ一言でその事実を示した。
「そんな女のどこがいいんだか……」
だが結華はまるで見下すような言い方でそれを一蹴する。
「何を言ってる、お前だってるみの事はいい子だって……」
「言ったかもね、でも盗み聞きしてるような人は嫌いだなぁ……」
そう言うと結華は結城の腕の中で気を失っているかのようにぐったりとしているるみの頭に向かって再度手を伸ばした。
「やめろ……!」
結城はその伸ばされる手を掴もうとした、だが結華の手を掴もうとした瞬間、実体を失ってすり抜けてしまい掴むことが出来ない。
それにも関わらず結華はるみの頭を掴むことが出来ている。
「起きてるんでしょ!」
そして結華はるみの頭、正確にはその長い髪を掴むとそのまま引っ張った。
「っ……痛い、痛いっ! やめて!」
すると頭をぐったりと下げたまま微動だにしていなかったるみが声を上げ、結城の腕の中で声を上げ始めた。
どうやら足がすくんでいた振りをしていただけだったらしい。
「おはよ、嘘つきさん」
「…………」
妹は髪を掴んだまま小馬鹿にしたような顔でるみを見下す、それに対してるみは目も逸らすことなくまるで睨み返すかのように気高い態度を取り続けていた。
「……思ったより芯が強いんだね」
「貴方……何なの?」
るみは今までのふわふわとしたような雰囲気とは全く違う毅然とした態度で振る舞い始める。
「お兄ちゃんが好きって……本気? 答えて」
怯えてはいるものの逃げ出そうとはしない強い芯を持った女性の姿がそこにはある。
「って……本当に最初から聞いてたの、ほんと見かけによらない人だったね、ねぇお兄ちゃん?」
「…………」
話を振られた結城だったがいきなり厳戒態勢となり始めている女子二人を前にしてなすすべもなく答えることも出来ずにただ見ている事しか出来ずにいた。
「結城君が急にかっこいい感じになったのは貴方のお陰ってこと?」
「そうだよ」
「道理で、まるで人が変わったみたいになってたのね……」
「私が取り繕ってあげなければお兄ちゃんの魅力にはあなたは気づかなかったと思うけどね」
「あら、私は前々から結城君の事は結構気になってたんだけど?」
「お兄ちゃんを返して」
「さっきの話だと最初は貴方の方からお兄ちゃんをくれるような話だったと思うんだけど」
「気が変わった、返品して」
「駄目」
「お兄ちゃん、私と一緒に生きて」
女子二人の言い争いを見ているだけであった結城だがその最後に結華が言った言葉だけは見ているだけで終わらせなかった。
そして結城はその返事とばかりにるみの体をもう一度強く抱きしめた。
「だってさ、結華ちゃん」
結城の腕の中でるみは勝ったとでも言わんばかりの顔でそう言う。
すると結華はその暗緑色の髪を振り見出しながら叫ぶ。
「どうして! お兄ちゃんは私の事が好きだったんでしょ!」
「そうだよ」
結城は考える間もなく即答した。
その返答の速さにはるみはもちろん結華までも一瞬驚いていたように見えた。
それは結城自身がなんの疑問もなく瞬時に答えられるほど当たり前に思っていた事実であるという事を暗に示していた。
「確かにお前は俺の話を聞いてくれるし、話すと楽しいし、もっと話したいと思ってたし顔だってたし、顔も文句なく可愛いと思ってたそれはきっとお前の事が好きだったからだ」
だけどな、そう言ってしっかりと結華の目を見て結城は言う。
「お前と同じくらい話してて楽しい人に会えたんだ、お前のお陰で」
結城はるみの事が好きだ、片思いをしていた頃よりもずっと強く、深く。
結城をそんな気持ちに視させてくれたのは紛れもない結華の指摘があってこその物、それを結城は自分の言葉で結華へと伝える。
「お前のお陰で俺はやっと他人と関われる人間に慣れた、すげぇ感謝してる、でもお前の気持ちには答えられない」
結城と結華は友人以上恋人未満みたいな関係であったのは間違いない、もしあの頃の二人のうちどちらかが冗談半分で告白でもしていたら相手が気で受け入れてしまう可能性が考えられるほどに。
そんなところまで行くような関係になっておきながら答えられない結城の行動はある意味自分勝手と言えてしまうようなものかもしれない。
それでも今、口にしたこの気持ちは決して変わることはないと思っていた。
結城が結華にそれを伝え終わると同時に結城の腕の中にいたるみはその手をふりほどいた、かと思うと結華の前に立ち突然頭を下げ始めた。
「なっ……」
結華がその姿を見て一瞬驚く中、るみは結華に向かって懇願する。
「お願いします、結華ちゃ……結華さん、お兄さんを私に下さい! お兄さんは私が絶対に幸せにして見せます!」
るみは頭を下げたままそう言った。
るみが頭を下げ結城が茫然とそれを見つめ、結華は宙に浮いたまま無言を貫く、そんな沈黙がしばらく続いた。
すでに外は夕方も終わりを迎えており病室内にも暗さが増し始めている、だんだんと室内の暗さが増し始めた時、室内の電気が点灯し室内には再び明るさが戻って来る。
病室内の電気が暗さを感知し、自然と電気を点灯させたのである。
それによって再び明るさを取り戻した室内では改めて三者の沈黙の様子がはっきりと映し出されていた。




