真実は兄妹の仲(2)
「……ん?」
次に結城が目を開けるとそこには見慣れない天井が広がっていた。
眠っていたはずなのに何故か目ははっきりと冴えており気持ちも落ち着いている、だが体は何故か重く動かすのも億劫なほどであった。
「…………」
結城はそれでも何とか首を動かして周囲を見る。
結城は白色のシーツが掛けられたベッドに横になっており、部屋の中には結城以外の人間は誰もいなかった。
その目で見えた視界の他に結城の鼻は消毒液のような特有のにおいを感じていた。
「……病院、か?」
それらの事から結城は自分が病院へと運ばれたという事を自覚する。
「(たしかこう言う時って人を呼んだりする奴が……)」
結城はベッドサイドに設置されているナースコールへと手を伸ばして人を呼ぼうとするが固まったかのように重い体は手を伸ばす事さえも許してくれず結局あきらめる。
「……そうだ」
手持無沙汰となった結城はそこでふっとその事を思い出した。
――おい結華? 聞こえるか?
いくら呼びかけても反応しなかった、自分の中にいる感覚を共有している妹、それは今も変わらずに沈黙を保ち続けている。
だが今回は一度や二度反応しなかった程度でやめるわけにはいかないと結城は思っていた。
――おい、大丈夫か?
――返事してくれ。
結城の体に突然起こった謎の不快感は恐らく結華も同じように受けているはず、そう思った結城が妹の事を案じてその行動にでるのは当然の事であった。
だが何度呼びかけても妹は返事をしようとはしない。
「(……なんだ? 何が起きてる……?)」
自分の中に結華はいるという事は何故か結城には確信できた、声はきっと届いているのに返事をしてくれない、その理由が結城には分からなかった。
そして暫く続けたのちに返事は帰ってこないと断定した結城は考え始める、なぜ結華が結城の声に答えようとしないのかについて。
そして大した時間も掛からないうち、ほんの十数秒程度で結城は思い当たる事を見つけ出しその方面から結華にアプローチを行った。
――結華……怖かったよな……?
再び結華に声を掛けた結城が言った言葉、それは妹の身を案じる言葉であった。
さきほどまでは自分自身の体の方を優先してしまっていた結城だったが、間をおいて落ち着いている今ならば結華がどのような状態なのかを考えることが出来た。
妹は怯えている。
それが結城の導いた結論であった。
結華は交通事故の一歩手前の光景を結城の体を通して目撃してしまった、妹はそれが原因で怯えているにちがいない。
なぜなら結華は交通事故でこの世を去ったのだから。
――落ち着け、大丈夫だから。
結城は脳内で結華に優しく語り掛けていく、そして未だに重の残る左腕を動かしその左手で右の掌を優しくさする。
右手は妹と感覚を共有している部分の一つである、結城が左手で右手ををさすれば結華には自分以外の誰かに触れられていると言う感覚が伝わるはず、結城はそう考えてその行動に出たのだ。
――よしよし……だいじょーぶだぞ……。
だがなかなか反応を見せることはない、それでも妹を思う結城は何かしらの反応があるまでずっとその行為を続ける。
そのまま結城が自分の右手をさすり続けていると、前触れもなく病室のドアがノックされた。
そして結城が返事をするよりも前に部屋に人が入って来た。
そして病室に入って来た人間の視線とノックの音を聞いて反射的に顔を向けた結城の視線が交差した。
「結城くん! 良かった……」
目が合った瞬間、結城が何かをいうよりも前に病室に入って来た人間、るみはそう言いながら結城の元へと駆け寄って来る。
そしてベッドの隣に座り込むと「本当に良かった」と言いながら結城がさすっていた右腕を両手で取った。
その右手からはるみの体温と確かな強い力を感じられた。
「一体何が……」
聞きたいことが山ほどある結城はるみに向かって尋ねる。
「えっと……私もよくわからないんだけど……」
結城はあの後完全に気を失ってしまい、危うく地面に頭を打ち付けそうになるところであったが寸前のところでるみがうけ止めたのでなんとか怪我はせずに済んだ。
だが結城は目を覚まさず、突っ込んだ車の運転手を運ぶために呼ばれた救急車によって結城も病院へと運ばれる事ととなった。
だが原因が分からない意識不明状態がとなっていたため医師も困惑していたらしい。
最終的に事故を目撃するという精神的なショックが原因ではないかという結論になり安静状態で目が覚めるのを待っていたという事であった。
いつ目覚めるのか分からない状態だったらしくそのため目が覚めた俺を見てるみは驚いたそうであった。
眠っていた時間も二時間ほどでありるみの説明からしても大きな怪我などは起きていなさそうであったので結城はひとまず安心しため息を付いた。
そんな中、るみは両手で握っている結城の右手を再び強く握り締める。
「痛いの?」
どうやら結城が右手をさすっているのが見えていたらしくその動きから結城が痛みを感じていると勘違いしているらしかった。
「いや、大丈夫だよ」
その動きは妹に向けての物であり別に結城の体にはどこにも痛みはない、だが結城は妹が自分の中にいるという事は誰にも話したことがないためそんな曖昧な返答をするにとどめるしかない。
そんな返答をでは結城の体を案じているるみは心配そうな目線と動きを止めようとはしない。
るみの細くすべすべとした指が手を撫でている感触を受けているとるみは言った。
「ショックも受けちゃうよね……だって妹さんも……」
「……? なんでそれを……?」
それを聞いた結城はもちろん驚く、そのことを結城は他人に話したことはなかったからである。
学校を忌引きで休みはしたがあの頃は登校してきた結城に何かを聞くような友人もいなかった、結城の方も妹が亡くなったという事をわざわざ話す必要もなかったためその事はずっと隠したままにしておいたのだ。
「結城君のお母さんに聞いたの」
結城が病院に運ばれた後、結城のスマホの連絡先にあった結城の母親の連絡先をみてるみが母親へと連絡をしてくれたらしい。
その後、病院に来た母親が結城の所へ来たがその時はまだ結城の意識が戻っていなかったため話すことは出来なかった。
そしてその時に結城の母親とるみは少し話をしたとのことであった。
内容としては妹が亡くなった事、その事故も今回と同じく交通事故によるもの、もし結城も交通事故に巻き込まれていたら一体どうなっていたか、などであり母親は涙ぐむ場面もあったらしい。
その後。医師からの話も聞いた母親は一旦入院の準備などの為に家へと戻っているとのことであった。
結城の母親を見送った後にるみが病室に戻ってきたら目を覚ましていて驚いた――。
とるみが話した内容はそのようなものであった。
「ごめんね……結城くんに、その事故の瞬間を見せるような事に……」
るみはそう言って結城に謝罪する。
るみは妹が交通事故で亡くなるという経験をしたことによって結城自身が交通事故に対するトラウマのようなものを感じていると思っているらしい。
だが結城自身はその光景を見ても、今思い出しても倒れるほどのショックを自分が受けていたとは思えない。
恐らくは妹と共有しているために妹のショックが自分自身の方にも伝わってきたからあのような状態になったのだと結城はどこか確信のようなものを感じていた。
だが感覚を共有している妹が~なんて言った所で一切の説明をしていないるみに理解してもらえるわけもない、とりあえず結城は適当に取り繕う事にした。
「大丈夫だって、少し驚いただけだ」
「本当にごめん……私の所為で……」
結城とるみはお互いにそんな慰め合いの言葉を交わし、病室にはひと時の静けさが訪れる。
すでに七月半ばとはいえ午後六時でもまだまだ外は明るく、窓からは夕暮れ時の沈みそうな太陽の光が微かに差し込んでくる。
そんな病室で二人きりのままなんとも言えないような無言の間を過ごしていた時である。
『――じゃあ、死んでよ』
その静けさを切り裂くように妹の声が「耳に」響いた。




