兄は変貌の途中(5)
そして結果から言うと、大成功だった。
結華と共に数時間かけて立てた綿密なプランは完全に無駄なく効率的でありながら結城の趣味にもるみの趣味にも合致しているという完璧な物でありあらゆる部分においてうまくことが運ぶ。
結城には全く分からなかったのだが結華は学校での結城の視界と聴覚だけでるみの趣味嗜好が結城と近いという事を見出したらしくそれを聞いた時にはその観察眼にはつくづく驚くばかりであった。
考えている時は正直もうこれでいいだろとかそんな完璧を目指さなくてもいいじゃんとか思っていた結城だったが今となってその重大さがようやくわかった。
それに気づかせてくれた妹にはつくづく頭が上がらない。
「(後で礼をしとかないとな……)」
「どうかしたの?」
二人で並んで歩くなかそんな妹への感謝が湧き出ていた結城はいつの間にか歩くのが遅くなっており、るみに置いていかれるような状態になってしまっていた。
「ああ、いや……」
適当に誤魔化そうとでも思った結城であったがそこで妹に言われた事を思い出す。
お兄ちゃんらしく行け、か。
「結構楽しいな~なんて、思ってたりとか……」
結城は思い切ってその言葉を口にする。
「……私もだよ」
るみが恥ずかし気にそう返すのをみて言ってよかったと結城は心から思うのであった。
それからしばらく中を歩き回って夕方には少し早い午後三時ごろ。
「お茶にしようか」
「うん」
結城がそう言って二人で駅から少し離れたコーヒーショップに入る。
こんな店には結城は一生いくことはないと思っていたが妹に「行け行け」と連呼されたので生まれて初めて入ることになる。
始めて行ったときは何が何だか分からなかったので妹が脳内で言ったことをそのまま口にする中継役に徹することとなる。
その後注文したフラペチーノとやらを飲んだがどう考えてもコーヒーじゃなくてビビったのがやたらと印象的であった。
そんな中、妹は「甘くておいしー」と満足そうに言っていたがわざわざ飲むもんじゃないと結城は内心思っていたがそんな予習があるからこそ結城は物怖じする事無く入れるようになることが出来ているのだ。
「えっと、二階堂さんは何にするの?」
「じゃあね……結城君と同じのがいいかな……」
そんな少女漫画チックな返答をするるみの言葉に聞きほれそうになりつつも結城は流れるように自然に注文を完了させる。
妹によって鍛えられた今の結城は結城らしさを残したまま全くの別人となっているのであった。
そしてコーヒーショップの店内で話をしてると時間は午後四時近くになり始める。
それはすなわちデートは終わりの時間が近づいてきたという事だ。
「そろそろ時間だね」
「もうそんな時間か~……」
今日のデートが大体午後四時ぐらいで終わりにするという事は約束をしたときにあらかじめ伝えており、予定も四時ぐらいで終わる様に設定してあった。
もちろんこれも結華の入れ知恵である。
あらかじめ午後四時ほどで終了という事を告げておくことによってこれいつ終わるの? という微妙な空気が生まれる事態をはじめから消去しておくようにしておいたらしい。
全員参加のクラス会などで「この後どうするの?」という雰囲気になった時に「いや、普通に帰るだろ」と内心思っていた結城にとってその入れ知恵はありがたい物であった。
本当に妹の指南には感心せざるを得ない。
「じゃあそろそろ……」
「いこっか」
ほどほどのところで店を出て解散場所である駅前に二人で並んで歩いていく。
始めは結城が少し前を歩いてるみがその後ろを付いてくるような感じだったがいつの間にか二人は並んで歩くようになっていた。
お互いにそれに気が付いていないのか自然な雰囲気の中でその距離感が形成されている。
とは言っても流石に一日二人きりで話す機会があれば流石に話題は底をついてくるものであり、駅前へと向かう二人は無言で並んだまま歩くこととなる。
だがその無言は不快なものではなく、むしろ心地よい無言となって二人の間を流れているものであったため結城もるみもそれに対して何か不満になるようなことはなかった。
そんな中、結城は朝からからずっと喋っていない結華の事が気になり始めていた。
声を出さなくなってから時間的にはもう七時間ほどになるだろうか、無言の間を使って結城はこっそりと結華へと話しかけてみることにした。
――おい、大丈夫か?
だが結城の声に結華は一切答えなかった。
そこにいるはずなのに全く返事をしない、いつもは黙っていろと言っても何かあるごとに口を開くのでうるさくて仕方がないぐらいなのに。
――どうしたんだ? そろそろ終わるから、後で悪い所とかあったら教えてくれ。
最後まで黙ったままの妹にそう言った結城は駅前が近づいてきたこともあって一旦脳内での会話を中断する。
休日のに夕方と言う時間も組み合わさって駅前は人通りも車の通りもさらに激しくなっておりうっかりすると人の流れに飲まれてしまいそうなほどの状態となっていた。
「(終わりか……)」
交差点の横断歩道へと差し掛かり立ち止まった所で結城は一人思う、こんなに楽しい気分になったのはいつ以来だっただろうか。
結城の人生で楽しいと思えるようなことは何度かあったかもしれないがそれとは深さも大きさも全く楽しさが心の奥底からこみあげてきている、これが本物のデートという物なのだろうか。
「結城くん? 信号変わったよ!」
そんな感慨にふけっていると隣にいたるみが横断歩道の真ん中あたりで振り返りながらそう言うのが見えた、みると信号がすでに青へと変わっている。
横断歩道は行く人も来る人も多くうっかり離れると見失ってしまいかねない。
「ああ、ごめんすぐに……」
見失わないためにも、結城はそう言いながら横断歩道へと足を踏み出そうとした。




