妹は策士の性(4)
「お前ら~こないだのテスト返すぞ~」
ホームルーム終了後、そんな声を上げながらの英語教師の登場と共に一限目の授業が開始された。
そのまま流れるように開始された授業の最初に教師は先日行った中間テストの結果を返却していく。
名前の順に返却されるその中間テストを受け取った生徒はおのおのリアクション、大方は出来ただの出来ないだのと言った物を始めていく。
そんな中、結城の結果はというと。
『まぁ……うん……そりゃそうだよね』
――いや、これ俺の人生で受けた英語のテストで多分一番高い点数だぞ。
五十八点であった。
学校から帰ると脳内で妹が勉強しろ勉強しろと言いまくる今、結城は嫌でも勉強しなければならない状況が作らされている。
その上妹はまだ中学三年だったにも関わらず高校英語のほぼ全てを完璧ともいえるレベルで会得していた。
一体どこで勉強したのかと結城が聞くと授業を聞いて教科書を読んだだけで理解できたとの事であった。
確かに結城と感覚が連動している結華は共に授業を受けている状態になっているのだがそれにしても聞いているだけで理解できてしまう妹の理解力に結城は脱帽するしかない。
なお中間テストの間に教えてくれれば百点取れるじゃん、と思った結城が冗談半分と言った感じにテスト中に分からないところがあったら教えてくれと言ったら凄まじい勢いで怒られてしまった。
結華は手助けはしてくれても甘やかすつもりは全くないようである。
それでもやはり心配はしているらしくテストが終わった後には。
『口出ししたくてたまらなかったよ……』
などとは言っていた。
過去最低は四点だった結城にしてみればこの点数でも十二分と言える、理解できるという自覚も持ててきており結構嬉しいと素直に思えた。
「(まぁ良かったって事で良いだろ)」
いつものほぼ不正解状態の答案と比べればやはりそれなりに気分は上がる物であり喜々とした感情で結城はその答案を眺めていた。
するとそんな上々な感情をさらに加速する出来事が起きる。
「結城君テストどうだった?」
「え!? あいや、それなりだよ」
隣にいるるみが顔を結城の方へ近づけながら話しかけてきたのだ。
いつもより少しだけ近い距離感もあって結城の心臓の高ぶりが加速していく。
「えっと……二階堂さんは何点だったの?」
混乱しかける思考の中でお約束ともいえるその返答を導き出した結城は会話の流れを繋いでいく。
――話すチャンスは無駄にしないように。
そう妹に言われた事を結城は思い出す、恐らくこれも立派なチャンスととらえて大丈夫だろう。
「私はね~七十点だったんだ」
如何にも残念とでも言った表情をしながらるみは自分の答案を見せてくる。
「七十……でも別に悪くもないよね?」
平均は六十五点なのでそれよりは高く結城の点数から比べれば十分なのだがるみの成績を知らない以上答えられるのはその程度の曖昧なものになってしまう。
「でもやっぱりもっと上の人と比べると見劣りしちゃうよね?」
「そ、そうかな?」
するとるみ的には余りいい点数じゃない、とでもいった感じの返答が返って来る・
いまいち最適な答えは出来ていない様に結城には思え不安感が湧き始める。
――なあ、これって別に悪くない感じだよな?
結城は思考の片隅で妹に呼びかける。
『…………』
――おい? どうした?
『あっいや、えっとね……うん悪くないと思う』
いつもは結城の質問にはすぐに答える結華なのだがこの時は何故か少しだけ間が空き、返答もどこかぎこちないようなものだったように思えた。
だがそれに対する疑問を結城が口にする前にるみが口にした内容の方に思考は流れ始めていく。
「それで結城君は何点?」
――うっ……。
その質問は結城の現状からすると確実にまずい、結城の英語力のなさはネタとしては活用できるがネタにならないほどの状態なのは確実であり、点数的にも下回っているという惨状である。
それを聞いた結華も結城が何を思ったのかを瞬時に察し、脳裏に向かって何をするべきかを伝える。
『お兄ちゃん、自分から英語は苦手だってさっさと暴露して』
結華のその言葉に結城は疑問を呈する。
――自分が馬鹿だって自分から言っちゃうのか?
結城からすれば頭が悪いという欠点をわざわざ晒した所でデメリットにしかならない、そう考えていたのだが。
『あのねぇ……お兄ちゃん馬鹿を馬鹿にしすぎ、なんのためにおバカキャラとかいうのが世の中にいるか分かってないでしょ』
結華はそれこそ馬鹿にするような言い方をしながら説明し始める。
『あれは個性なの、勉強ができないってのは基本的にマイナスのイメージだけどうまく活用すれば個性として使える要素なの、自分から如何にも困ってます、悩んでますって感じに言えばいいの』
妹は全てを見通すかのような視点で素早く解説していく。
『他人の苦手な所をわざわざ掻き毟るような人間なんてそうそういないの』
そして最後にそう締めくくる。
――で、でも俺中学時代にそんな感じの事されたぞ……。
それに対しても結城は反論する。
結城は中学時代に運動神経がないことを散々いじられた、それ以外にも沢山の欠点を掻き毟るようなことをされた結果、自殺というところまで考えたことがあるのだ。
いまさらそんなこと言われたところでそうかですかと信用することは結城にはできなかった。
すると妹は言った。
『じゃあそのお兄ちゃんに何かした人達と同じことをるみさんがすると思う?』
――いや、それは、ないと……思いたい。
『じゃあ、信じてあげて』
妹の言っていることは結城からすれば理論もへったくれもない無茶苦茶であった。
結華の言っていることは正しいのだろう、結城自身その性格のせいで友達が出来ないと自負はしている。
だがそもそも友達が出来ないのは結城自身が友達を作ろうとしていないのが原因なのだ。
過去にいじめやら何やらを受けたことがある人間なら理解できるであろう、自分に優しくしてくれる人がいない環境に置かれた人間が心理状態。
過去によって今の自分という物が作られているのであると理解した結果、過去のろくでもない自分こそが自分である様に思えてしまっている。
友達もいなくて見た目も根暗っぽくて楽しくなさそうな人生を送っているこの姿こそがこの世で一人しかいない自分自身である。
そんな事を妹に力説すると妹は返した。
『じゃあ、それを見せてあげなよ、そのろくでもない自分自身をさ』
――いや……そう言うけどさ、こんなのモテない男子の特徴みたいな部分しかない奴がそれを見せたところでどうしろと……。
『だから!』
停滞する兄の中で妹は怒鳴る。
『お兄ちゃんはかっこいいの! 自分の好きなことについて沢山喋ってそれを聞いてあげると嬉しそうにまた喋ってくれるそんなお兄ちゃんが一番かっこいいお兄ちゃんなの!』
この間友人という存在を結城に与える時に妹が見せた時と同じ口調。
『今のお兄ちゃんをそのまま見せればいいの! それだけでいいの! それだけでお兄ちゃんは十分なの!』
そこで一息ついてそう締めくくる。
『私が保障する! お兄ちゃんを一番分かってる私が!』
荒々しく、俺の言葉をうんうんと頷いていた妹ではなくはっきりと結城の事を認めている、妹が言ったのはそう言う事だった。
――分かった、じゃあ取りあえず。
そこまで言うんだったら少しは信じてみようと結城は思う、決心ではなく取りあえずやってみるだけという事にして。
『それでいいよ、お兄ちゃんは気負わない方がお兄ちゃんらしい』
長く妹と話していたように思えるが思考と同速度で脳内で交わした兄と妹の語り合いは時にしてみればほんのわずかな時間であった。
るみにしてみればちょっとだけ間が空いた程度にしか感じられないほどの短い時間。
「俺は五十八点だよ……」
そのわずかな時間で結城は変わった。
「そっか……もう少しで平均だったね」
「これでも前と比べたらかなりマシなんだけどね……」
「前はいくつだったの?」
「……四……とか」
「ええっ!?」
結城の返答にるみが驚く、悪い点数をネタにしてるみの感情を動かしていると考えると悪い気もしないような気もする。
結城は大きく変わったわけではない、人と話すという事に対する抵抗感というものを少しだけなくしただけである。
自分の事を少しだけ変えるという考えを自分から持つ。
成瀬結城は以前よりも少しだけ、「喋ろうと努力する」人間になったのだ。




