6、交差する想い
夕暮れの体育館に、ボールをつく音とゴールリングにボールが通る音だけが響く。
美愛はひたすらゴールに向かって、ボール籠から取り出したバスケボールを投げていた。
美愛の他は誰もいない。
いや、正しくはつい先程までいた。
珍しく、圭が来ていたのだ。
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美愛が第1体育館で部活後に一人で練習していると、体育館の扉が開いた。
「なんや、圭か。」
圭はサッカー部のため、授業以外で体育館に来ることはほとんどない。
「鮎川悠ならもう戻ったと思うで。」
「悠に会いに来たわけじゃないよ。」
「そうなん?」
「美愛に会いたくて来ちゃった♡」
ウィンクして言う圭に美愛は苦笑いをする。
「あほか。そもそも後でどうせ会うやろ。」
「……って言うのはまぁ半分冗談で。今日の昼間見掛けた美愛がちょっと元気ないように見えたから。」
美愛は圭を見つめた。
圭は転がっていたボールを拾い、ジャンプしてボールを放つ。
ボールは綺麗な弧を描き、ゴールに入った。
「やっぱり運動神経ええなぁ。バスケ部入らんの?」
「んーー俺はサッカーでいいかな。兄弟一緒っていうのもね。あ、でも亮は中学時代はバスケ部だった。」
「そうなん?」
「うん。悠と同じくらいには上手いよ。」
やらないのが勿体無いくらい、と圭は話す。
それでも奈津と同じ空手部に入ったのだから、溺愛ぶりがよく分かる。
「運動神経は多分悠の方がいいよ。と、いうかあいつが本気になると、大体勝てないんだよなぁ……。」
少し悔しげに、圭は呟いた。
「美愛の様子が違ったの、気付いてるのは多分俺だけじゃないよ。」
「そっか……。」
何があったとは突っ込んで聞かないところは、圭らしいと思った。
本当に様子を見に来ただけなのだろうか。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、圭は少し笑った。
「もう1つ、ここに来たのはね、美愛に伝えたいことがあったんだ。聞いてくれるだけでいい。」
そこで一度言葉を切り、美愛の横に立つ。
小さく深呼吸した後、口を開く。
「美愛のこと、好きだよ。一人の女の子として、すごく。
初めは、昔好きだった子に似ていたから、なんていうありふれた理由だった。でも、美愛のかわいいところ、さり気なく周囲を見ているところ、強くあろうと努力しているところ、そういうことを知れば知るほど、好きになった。」
「圭………。」
「美愛の気持ちはわかってる。誰が心の中にいて、誰のことを見ているのか。だから、本当に伝えたかっただけ。勝手でごめんね。」
そう少し切なげな顔で笑って言う。
美愛は何と言ったらいいか分からず、逡巡する。
「困らせて、ごめん。」
「うちは……ええねん。」
「俺は、美愛に幸せになって欲しいだけなんだ。美愛が、美愛らしくいられる、誰かの隣で幸せになって欲しい。」
圭は美愛の方を見て、言った。
美愛も目を合わせる。
その目にいつものふざけた様子はない。
「『圭くんはいつも自分のこと後回しにしてばっか』……って、由美が言っとったけど、ほんまやな。」
「……俺は、俺の周りのみんなに幸せでいて欲しいだけだよ。美愛も、悠も、亮も、奈津も、由美ちゃんや、秀人たちにも。」
難儀なヤツ、と美愛は呟く。
「大丈夫だよ、みんなが幸せになったら、俺は俺の幸せを考えるから。」
「それが後回しっちゅーことやろ。」
「……そうかもねぇ。」
「でも、ありがとう。うちのこと、元気付けようとしてくれたんやろ?」
そう、美愛が言うと圭は何も言わずに優しく微笑んだ。
そして、練習の邪魔してごめんね、と体育館を後にしようとする。
出る前に一度、振り返り言う。
「悠は、美愛のこと結構よくわかってると思うよ?俺が気付いている以上のことも、きっと。」
……ほんとそういうところ、勝てないや。
最後に小さくそう言って、圭は出ていってしまった。
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圭の気持ちは、確信は持てていなかったが何となく分かっていた。
自分に向けられる気持ちには昔から敏感だから。
圭はいいやつだ。
見た目や振る舞いほど実はチャラついていないのは、一緒にいればよく分かる。
それだけでモテているわけではないだろうということも。
けれど……
ガコン、とボールがゴールに弾かれた。
「無心になれるかと思ったのに……結局あかんな。」
ゴールリングを見つめていると、背後から綺麗に弧を描いたボールがリングに一切触れずに、ゴールへ入った。
この学校に、遠くからこんなに綺麗にシュートを決められるのは1人しかいない。
「悠………何しに来たん?」
「お前と一緒だよ、自主練。」
そう言いつつ、座ってバスケシューズを履きだした。
その後、軽くストレッチをし出す悠に、美愛は話し掛ける。
「後藤さんに、告られたんやろ??男バスで騒いでるのが聞こえたわ。」
「……まぁ、うん。」
「あんたの好きそうなタイプやな。」
「………タイプ的にはなぁ。」
「……付き合うん?」
「…断った。」
美愛の質問に、淡々と答えていく。
断った、との言葉に「そっか。」と美愛は言う。
「ええの?かわいい子やろ。」
「…………仕方ねぇだろ、渡辺が好きなんだから。」
照れることなく悠はそう言った。
美愛に気持ちを気付かれていることを、悠は分かっている。
分かった上で、言っている。
「真壁先輩……彼女出来たのか?」
「え?なんで知って……」
「さっき、陸部の先輩と手を繋いで歩いてるのを見掛けた。」
悠は、本当に思ったより見ている。
圭の言う通りだ。
「………今日、歩はその人に告白したんや。さっき、上手くいったって連絡来た。最近うちが歩といたのはその相談受けてたんや。」
「いいのか??好きなんだろ?」
「うん………。」
突っ込まれ、頷く。
「上手くいくんやろうなって、思いながら相談受けてたから。それでも、役に立ちたかったから、幸せになって欲しいと思ったから、うち以外と……。」
ぽつりぽつりと、美愛は話す。
「歩には、本当にしんどい時に傍にいてもらえた。すごく感謝してる。今でも好きやで?もちろん。でも、歩にとってのうちは、うちにとっての歩と同じくらいの価値はない。別れた時点で、分かってたんや。けど、再会して期待してしもた。」
アホやろ?と美愛は自嘲気味に笑う。
悠はそんな美愛を黙って見る。
肯定も否定もせず。
「でもな、うちはあんたのことも……悠のことも、特別に思っている、んだと思う。歩と同じくらいか、もしかしたら………」
そこで、言葉を切る。
その続きは言わない、言えない。
「待つ。」
「え。」
「渡辺の心の整理つくまで待つ。時間かかったっていい。今はまだ答えが出せないんだろ?曖昧なままは嫌なんだろ?」
確信を突かれ、頷いた。
「でも………いつになるかは、ほんとにわからへんよ??もし、他に悠にいい人が出来たら、待たなくてもええし……」
「あのなぁ、他のやつでもいいなら1年も好きでいねーよ、ばーか。」
歯切れの悪い言い方をする美愛に、悠は呆れたように言った。
「それに、言っただろ?俺はどこにもいかないって。俺が……ここにいたいんだよ。」
「悠………。」
どこかに行ってしまった歩。
どこにも行かないと言う悠。
もしかしたら、答えが出るのはそんなに遠くない未来なのかもしれない。
「分かった。整理ついたら、言う。」
その言葉を聞いた悠はボールを手に取る。
「んじゃ、自主練するかな。お前は?まだやる?」
「当たり前や、まだまだ動き足らんわ。」
そうして2人は体育館が使えるギリギリの時間まで動き回り、そのまま慌てて寮の食堂に駆け込むこととなった。
一目惚れから始まったのに。
強いところ、弱いところを知る度に好きになった。
隣にいたいという思いは、もう抑えるのも難しいくらいになってしまった。
でも、そのことはまだ、伝えられない。




