5、向こう側
4月がもう終わりそうなある日。
香緒里たちは学食でご飯を食べていた。
平日の昼は寮の食堂は閉まっているので、昼食をとるには校内にある学食に行くか、売店で何かを買うかのどちらかになる。
「そういえばさーここ数日、杏子ちゃん来ないよね。」
「あぁそういえば見掛けないね。」
沙世が言い、香緒里も確かに、と気が付く。
おかげで亮の機嫌もだいぶ落ち着いて来ている。
今も奈津と話しながら食事をしている。
美愛、由美、直樹は今日はそれぞれ用があるとのことで別である。
「さすがにクラスの方が楽しくなったのかな??」
「んーー……上原への執着がなくなったってことは、誰か他に好きな奴が出来たんじゃないか?」
秀人はそう推測する。
その線は有り得そうではあるが……。
「あ、悠先輩、新谷先輩。」
「後藤、どしたの?」
「これ、今度の練習試合に向けての強化メニューらしいです。メッセージアプリでも共有しますが、紙でも、とのことなので。」
咲乃が通りかかり、悠が答える。
プリントを貰った悠はそのうち1枚を後ろの席の秀人に手渡した。
秀人は対応を悠に任せ、そのまま昼食をとり続ける。
「サンキュー。他の部員には会ったか?俺らのクラスのやつの分、貰っとくけど。」
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
そんなやり取りを2人がしていると、杏子が通りかかった。
「あれ?咲乃?なんでここに……あ、そっか、バスケ部か。」
「杏子こそ。」
二人は知り合いらしい。
そういえば同じクラスだったような気がする、と香緒里は思い出した。
「杏子ちゃん久しぶりだねー。」
「最近どうしてたの?なっちゃんのところ来なかったけど。」
香緒里と雪音が声を掛けると、お久しぶりです!と返ってきた。
奈津と亮は話していて気が付いておらず、同じテーブルの悠や圭も特に二人に声を掛けないでそっとしておいていた。
「実は好きな人が出来たんです!」
「予想大当たりじゃん。」
杏子はキャッと頬に手を当てながらそう言った。
さすが秀人と言うべきか。
「どんな人なの?」
「えーと、野球部の2年の先輩でー、身長も高くて、ストイックで男らしい方です♡」
雪音の問いにそう答える。
香緒里達は条件を聞いて、バッと揃って真を見る。
「いやいやいや、俺じゃねぇだろ、野球部の2年10人はいるぞ??」
「大体真は私のだし!」
「沢田先輩じゃないですよ〜そりゃまぁ沢田先輩も素敵ですけど、谷中先輩がいますし。」
ブンブンと慌てて顔の前で手を振った。
じゃあ誰だろう、と皆が首を捻っていると、
「前野先輩です!」
と答えを出してくれた。
「えっ、健!?」
「前野なのー!?」
前野と言えば、夏に沙世に告白をしたあの野球部の前野健だ。
「先日、階段から落ちかけた私を助けてくれたんです。もう素敵でときめいちゃって。さっき、野球部のマネージャーの申し込みをしてきたところです。」
「え、マジかよ。」
全然知らねぇんだけど……と真は困惑している。
前野なら確かに身長も高く、真面目で優しいタイプである。
「噂をすれば、あそこにいるの前野じゃないか?」
「ほんとだ!!咲乃、行くよ!」
「えぇ?私も!?」
「前野せんぱーーーい!!」
たまたま通りがかった前野の元へ、咲乃も引っ張って行く。
近寄ってきた杏子と、前野は満更でもない顔をし、話している。
「あ、なんか杏子ちゃん誰かに似てるなーって思ってたんだけど、沙世だ。」
香緒里が手を叩いて言う。
初めて会った時からの既視感の正体がわかった。
「あー、確かに。真に寄ってく沙世とそっくり。」
「一直線なところ、似てるねぇ。」
「そりゃ前野の好きなタイプでもあるわけだ。」
「えー似てるー?私あんな感じなの……?」
雪音、翔太、秀人は納得したように頷くも、沙世は首を捻っている。
「いやー……沙世の方がかわいいだろ。」
「え。」
香緒里の発言に、沙世と杏子を見比べていた真は真面目な顔をしてそう言った。
沙世は固まった。
「……私の方がかわいい……?」
「そりゃもちろん……あ。」
聞き返されて、ようやく自分のした発言に気が付いたらしい。
沙世と共に真も顔を赤くする。
「真のこういうとこ、ちょっと香緒里に似てるわよねー。」
「似てるなぁ。」
「え…………そう……?」
雪音と翔太が赤い顔の二人を見てそう言うと、香緒里はわかってなさそうに首を傾げ、秀人は確かに……と思いながらも何もコメントせずにやり過ごした。
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その日の放課後、部活を終えた後、いつもの様に香緒里は秀人と雪音と共に他愛ない話をしながら寮に向かっていた。
「あ、部室にタオル置いてきちゃった。」
歩いている途中にふと、珍しく忘れ物をしてしまったことに気が付く。
「ごめん、ちょっと取ってくるね。先行ってていいよ。」
と行って、香緒里は小走りに第二体育館の方に向かう。
その様子を見ていた秀人は数秒考えた後、雪音に声を掛ける。
「追っかけた方がいい気がする。」
「え、なんで?」
「んー……勘。」
秀人の勘はよく当たるので意外と馬鹿に出来ないことが分かっていた雪音は仕方ない、と思い、秀人と共に香緒里の後を追った。
第二体育館に着くと、中は静かだった。
2階を使っている卓球部も空手部の向かいに道場がある柔道部も、今日は空手部より早く終わったので、香緒里が出る頃には既にいなかった。
第二体育館全体の電気も消えており、道場も部室も真っ暗で、外から差し込む光のみだったが、日が伸びて来ているので思ったよりは暗くない。
香緒里が部室のドアの前に立つと、何となく中から人の気配が感じられた。
誰かいる……??
そっと扉を開けたのと、香緒里に追いついた秀人と雪音がそれを止めようとしたのはほぼ同時。
半開きになった扉の向こうには、亮と奈津がいた。
背を壁に預けて座った亮の足の間には奈津がおり、亮に頭ごと抱き締められているため、顔は見えない。
若干、着衣が乱れている。
亮はバッチリこちらを見て座った目をしており、奈津の頭を抱えていない方の手で、あっちへ行けとジェスチャーをした。
声を上げそうになった香緒里の口を押さえていた秀人は無言で頷き、後ろにいた雪音に目配せをし、静かに扉を閉めた。
「ん……亮……?今、誰か来てた……?」
抱き締められていた奈津が顔を上げ、少しぼんやりし、頬を染めた表情で、亮を見た。
「いや?……何もないよ。」
亮は優しくそっと言い、手でゆっくり奈津の髪を撫でた後、抱き締めたまま、その額に、瞼に、口に、再びキスを落とした。
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第二体育館を出た香緒里は大変混乱していた。
秀人に手を引かれ歩いているが、先程の衝撃がなかなか消えない。
「あれは…………ほぼ、アウトよね……。」
「そうだな…………とはいえ、最近の亮のストレス具合を見ると仕方ないと言えば仕方ない、と思う。」
「今回は見逃して、見なかったことにしておきましょうかね……。」
雪音と秀人はそう静かに話す。
話題を変えるように、雪音は「そういえば」と切り出す。
「さっき、悠が後藤さんに呼ばれてなかった??」
「あー呼ばれてた。あれは、多分……告白だろうな。」
その話を聞いた香緒里はハッと現実に引き戻されて、秀人の顔を見た。
「まぁ、悠なら何とかするだろうからさ、大丈夫だろ。」
複雑な関係が、少しずつ動いていっている気配がした。




