4、気持ちと視線
ある日の昼休み。
5時間目が移動教室のため、今日は珍しく教室で沙世、美愛、由美と売店で買った物を食べていた。
「教室で食べるの久しぶりだね。」
「基本は学食やもんな。」
「女バスの一年生どう?」
他愛ない話をしながら食べていると、入口で悠を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、男バスの例のマネだ。」
沙世の言葉に香緒里も視線をそちらに向ける。
咲乃が恐らく部活の伝達なのだろう、何かを話している。
悠の他にもう一人、C組には男子バスケ部がいるので3人で話しているのだが、咲乃の視線の8割は悠に向いている。
完全に恋する女子の目線である。
悠の態度は香緒里達に対する物と然程変わらずにフラットで、特段意識してそうな所はないように見えた。
ふと美愛を見ると、視線は悠達の方を見ていた。
「美愛、気になる?」
「いや?別に。」
同じく気付いた沙世が聞くも、視線をずらして短く言った。
「あいつが誰と仲良くしようとうちには関係あらへんやん?」
嫉妬が籠った言い方ではない。
淡々と話している。
ただ、最近2人の会話している回数が減っているように見えた。
美愛があまり香緒里たちといなかったりするのもあるが。
「あ、やば。英語の教科書、寮に置いてきちゃった。」
「えぇ…。」
「昨日珍しく和訳の予習したら、机の上に忘れてきた……慣れないことはしない方がいいわ。」
「いや、英語の予習は毎回しておいた方がいいと思うけど。」
香緒里にそう突っ込まれるも多分沙世は改善する気はあんまりない。
10回に1回くらいは予習するかもしれないが。
「真に借りに行こ〜。香緒里はどうする?行く?」
「んー…行こうかな。」
珍しい。と沙世は思うも口に出すのはやめておいた。
忘れ物を時々する沙世は、大体真に借りに行く。
休み時間に真に会いたいのもあるし、真が持っていなくても秀人が持ってる場合もあるからだ。
香緒里にも、行く?とその度に聞くが「別にいいかなー」とほぼ断られていた。
これも最近の変化の一種……??と心の中で沙世は呟いた。
2人で連れ立ってA組に行く。
教室を覗き、真をすぐに見つけた沙世は声を掛ける。
「真〜英語の教科書貸してー!」
「また忘れたのか……。」
若干呆れながらも机の中から教科書を探してくれる。
秀人は、と探すと教室の一角で同じクラスの男バス部員と先日秀人を呼びに来たマネージャー、中村と話していた。
多分、悠の所に来た咲乃と同様、部活の伝達だろう。
「はい、明日までに返してくれればいいよ。」
「わーい助かる〜!」
「珍しい、今日は香緒里も一緒か。」
入口まで真は教科書を持ってくる。
香緒里に気付いた真は、その視線の先を辿る。
沙世も真から目を外し、同じく香緒里がどこを見ているのか悟る。
香緒里の視線は若干不安げに揺れており、それを見た二人は顔を見合わせた。
秀人はというと、部活のマネージャーということで他の女子への対応に比べると塩対応な感じは薄く、普通に話しているように見える。
中村はニコニコ話し掛けているが、以前の山瀬のようにボディタッチをするような雰囲気はないし、咲乃が悠に向けている目とも違う気がした。
話を終えたのか中村は教室を出ようとする。
そこで入口に目を向けた秀人は香緒里を見つけた。
視線が絡み合うと、秀人の目付きが和らいだ。
明らかに他の女子に向ける視線と違う。
香緒里もホッとしたように不安げな瞳を引っ込め、微笑んだ。
これは……かわいいわ〜と沙世は香緒里を見て思う。
秀人もそう思ったのだろう、中村に続いて香緒里たちの方に来て、入口にいた香緒里の腕を引き、廊下に連れ出す。
中村は香緒里たちにぺこりと丁寧に頭を下げ、教室から出ていく。
若干、香緒里を見る時に笑顔だった…?と沙世は首を傾げる。
嫉妬やそう言った感情はないようにも見えた。
なんだあの子……。
「どうした?」
香緒里の傍に来た秀人は尋ねる。
その声色は優しい。
教室から出たの、この香緒里を見せたくなかっただろうな、と真は感じた。
実際教室の方に耳を傾けると「吉崎さん、かわいくね…?」とか言ってる男子の声が聞こえてきた。
「あ、ううん、特に用があったわけじゃないんだ。沙世が忘れ物借りに行くのについてきただけ。」
「そっか。」
あ、そろそろ教室戻って移動しなきゃ、と沙世がスマホの時計を見て気付き、2人は「また放課後ね〜」と教室に戻って行く。
「なぁ、真。」
「ん?」
その二人の背中を見送りながら、秀人は隣に立つ真に話しかける。
「香緒里…多分俺に会いに来たんだよな……?」
「多分そうだろ。」
「だよなー……あんまり見せたくないとこ、見せちまったなぁ。」
真の肩に手を起き、その上に自分の頭をつけ、溜息をついた。
不安にさせてしまった自覚はあるらしい。
それにしてもかわいすぎだろ……、と呟いた言葉は隣にいる真にしか聞こえなかった。
-----------
その日の夜、いつもの様に香緒里たちは談話室で寛いでいた。
が、ソファの一角の雰囲気が悪い。
「だーいぶ、来てるね………。」
「今日は特にやばいね。」
「さっき奈津が連れて行かれたからな。」
沙世、香緒里、美愛が亮を見て小声で囁き合う。
明らかに不機嫌。
パソコンで仕事をしている様子だが、いつもよりエンターキーを押す力が強い。
理由は先程までここにいた奈津が杏子によって連れて行かれてしまったからだ。
奈津にも杏子にも当たることはないものの、ストレスを溜めていることは一目瞭然。
その亮の隣に圭が座る。
「亮さん、そんなに眉間に皺寄せてると跡が出来るぞ〜。」
「あ?うるさい、黙れ。埋まってろ。」
「ほらほらコーヒーでも飲んで。」
「黙ってろっつたろ!仕事に集中出来ねぇ!」
勇気ある圭が亮に絡みに行くもかなり冷たく扱われ、最終的にスパーンと頭を叩かれる。
「荒れてんなぁ。」
「ここまで奈津といらんないことねーからなぁ、亮は。」
秀人が言い、悠が2人を眺めて呟く。
亮は一度深呼吸をして、仕事に戻る。
少し、空気が和らいだように見えた。
「圭くん……もしかして、わざと……?」
由美が圭に問うと、圭は人差し指を口に当て、内緒ね、というポーズをしウィンクをする。
一応、亮のガス抜きをしようとしたらしい。
そのまま圭は空いていた由美の隣に今度は座った。
「ちょっとは発散してもらわないと。みんなには亮は当たれないだろうしね。」
そう、亮に聞こえないように小さな声で呟いた。
しばらくすると、今度は歩がやってきた。
「美愛、今時間ある?ちょっと相談あるんだけど。」
「ええよ、どこ行く?」
そう言って美愛は立ち上がり、歩と連れ立って行ってしまった。
最近、こういうことがよくある。
秀人は悠を見た。
「いいのか?」
直接は言わない。
ただ秀人の言いたいことは悠にもわかったし、秀人に気付かれていることも理解している。
「別に、いいよ。あいつがそうしたいならそうすればいいじゃん?」
特に照れるでも、焦るでもなく、そう淡々と答えた。
悠の美愛に対する気持ちは変わらないように見える、けど前程狼狽しない。
その理由がわかっているのはこの場では圭と由美だけだろうが、スキー旅行以来、少し雰囲気が違う時があることは全員気付いていた。
「亮と奈津はともかくさ、悠と美愛にはしっかりしてもらいたいよね………何のために俺が身を引いたか、分からないじゃんね……??」
圭は由美と、その反対側にいる香緒里にしか聞こえないくらいのボリュームで言った。
その表情は、苦笑しているような切ない様な、複雑なものだった。




