閑話 あの日の優しさ
春休みの終わり頃、寮に戻ってきた香緒里たちは夕食後に入浴を済ませ、いつものように談話室にいた。
ゲームが盛り上がっていたらしい男子組は大浴場へ行くのが遅くなったようで、まだ戻ってきていない。
参加していなかった亮だけは別で、いつものように奈津の隣にいる。
「スキー旅行後くらいから、美愛と悠の雰囲気、ちょっと変わったと思わない???」
沙世は食後のデザート、などと言いながら取り出したチョコを食べながら言う。
美愛と由美は今日は別行動をしており、今はいない。
「あー確かに。相変わらず喧嘩はしてるんだけどね。」
「どちらかと言えばじゃれ合い感が強い感じ?」
香緒里と雪音はそう言う。
スキー旅行中、何か2人の間にあったのだろうということは何となくわかっている。
圭と2人の間も、若干空気感が違う。
「あれよね、友達以上恋人未満、みたいな?」
「そうそれ!そんな感じのやつ!」
奈津の言葉に沙世は手を打った。
「一番楽しい時期じゃんね〜私にもそんな時期が…………なかったわ。」
「私も……ないなぁ。」
「私もないねぇ。」
自覚の遅かった真を彼氏に持つ沙世、同じく自覚の遅かった香緒里、むしろ生まれた時から一緒な奈津。
3組にそんな曖昧な期間はなかった。
「私は、あったかなぁ。」
その中で雪音が言う。
「あーそうかも。雪音が一番まともなステップ上ってるもんね。」
「そういえば雪ちゃんっていつから翔ちゃんのこと好きなの?」
「あ、それ私も気になってた。」
奈津の言葉に香緒里も乗る。
過去に聞いた時は、「いつの間にか好きになってた」と返ってきたが、そんなことはないだろうなぁとずっと思っていたのだ。
「いつ頃……うーん、そうねぇ。どこから話そうかな……」
思い出すように雪音は首を少し捻りながら、話し出した。
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雪音の母は、優しく、穏やかで、料理上手で、雪音も雪音の姉も小さい頃から母のことが大好きだった。
家の中は母を中心に回っていたし、しょっちゅう母の取り合いを姉としていたくらいだった。
雪音が小学生に上がったり、姉が中学生になってからもそれはあまり変わらなかった。
雪音が小学生3年生の冬。
その日は朝から母の体調が悪かった。
「ただの風邪だから寝てれば大丈夫。」と言っていたので、父も仕事に行き、雪音も姉も学校に行った。
たまたま友達との話が盛り上がり、いつもより学校から帰るのが遅くなってしまった。
「ただいまー。」
そう言って玄関に入るも、いつものように母の声は聞こえて来ない。
寝てるのかな?と思い、母が寝ている寝室を覗く。
部屋の中は電気がついていなく、真っ暗だった。
「お母さん、大丈夫ー?」
そう、声を掛けるも返事がない。
変だなと思い、寝ている母の近くに行くと、違和感があった。
「お母さん?起きて、どうしたの??」
揺すっても起きない。
なんだか身体が冷たい。
「お母さん!!!!お母さんてば!起きてよ!!」
何度も声を掛けても返事がない。
怖くて涙が溢れてきた。
どうしたらいいかわからず、とりあえず近所の人に助けを求めたのは覚えている。
雪音が帰ってきた時には、もう母は亡くなっていたのだ。
母の葬儀を終えて数日。
雪音はまた学校に通いだした。
3年生ともなれば、何となく死という概念も分かるため、同級生もどこか気を使って話し掛けてくれた。
大丈夫だよ、と言い、なるべく笑って過ごすようにした。
実際、学校にいれば少し気が紛れた。
ある日、家に帰りたくなくて、人気のあまりない公園のベンチにランドセルを背負ったまま、座っていた。
家に帰っても、父は仕事でいないし、姉もまだ部活が終わってないので帰ってきていないため、1人なのだ。
おかえり、が聞こえて来ない家がこんなに寂しいなんて思わなかった。
あの日、いつものように帰っていたら、母は亡くならずに済んだのだろうかと何度も考えた。
母のことを考えると、涙がとめどなく出てくる。
「お母さん……会いたいよ……」
ポツリと呟き、下を向く。
この気持ちをどうしたらいいのかがさっぱりわからない。
「あれ?安西さん……??」
急に声を掛けられ、顔を上げると同級生で近所に住む、石川翔太が犬を連れて立っていた。
散歩中らしい。
慌てて涙を拭う。
翔太は、ジッと雪音を見つめた後、
「ごめん、ちょっとこの子見ててくれる?」
と連れていた犬のリードを雪音に渡し、走って公園を出ていってしまった。
訳もわからず、とりあえずリードと繋がっている犬と目を合わせる。
人見知りのしない犬らしく、しっぽを振って、撫でて撫でてというように近付いてきた。
頭を撫でていると、翔太が戻ってきた。
「見ててくれてありがとう。これ、あげる。」
そう言って、2本持っていたホットココアの缶のうちの1つを雪音に差し出した。
これを買いに行っていたらしい。
「いいの……?」
「うん。寒いでしょ?」
季節は1月。
まだまだ寒さは厳しく、夕方ともなればかなり冷え込んでいる。
「ありがとう」と言って、受け取り、手を温めた。
雪音の隣のベンチに腰掛け、何を話すでもなく翔太は犬と戯れていた。
ココアを飲み終える頃、夕焼け放送が公園内にあるスピーカーから流れてきた。
姉もそろそろ帰る頃だろうか、と思っていると翔太がベンチから立ち上がる。
「俺の使いかけだけど……これもあげる。手、冷えちゃうから。」
ホッカイロを雪音に渡して、「また明日ね。」と少し微笑んで公園から犬と共に帰って行ってしまった。
もしかして、私が帰りたくないの、気付いてたのかな……??
何も聞かず、ただ傍にいてくれただけなのに。
心は貰ったホッカイロのように温かくなっていた。
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「何そのエピソード。好きになるに決まってるじゃんそんなの!」
雪音の話を聞き終えた沙世がそう言って悶える。
「翔ちゃんって、昔から優しかったのねぇ。」
「そうだね、今と昔であんまり雰囲気も変わってないかも。」
奈津の言葉に、2人と同じ小学校に通っていた香緒里が言う。
「その日からかなぁ、翔太のことが気になってたの。大事な思い出。翔太は、もしかしたら覚えてないかもしれないけど……」
「覚えてるよ?」
いつの間にか、ソファの近くに翔太がいた。
その後ろには秀人と真もいる。
「翔太!いつから聞いてたの……??」
「ちょっと前くらいから。話遮っちゃうのも悪いかなって思って黙ってたけど。
ちゃんと覚えてるよ。小3の時の、あの日の公園のことでしょ?」
「うん……。」
「忘れるわけないよ、俺はあの頃から雪音のこと好きなんだから。」
突然の爆弾発言。
ほわぁ!と沙世は変な声を出し、真に口を抑えられていた。
「まぁ、当時はそこまで自覚はなかったけど。雪音みたいなかわいい子と付き合えるなんて思ってなかったから憧れに近い感じではあるけどね。」
それを聞いた雪音の顔は、嬉しさと恥ずかしさで、真っ赤に染った。
え、雪ちゃん可愛すぎ、と奈津が漏らした通り、その顔はいつも見る表情とはまた違ってかわいく、近くを通り過ぎようとしていた男子たちが立ち止まるくらいではあった。
その雪音を見た翔太は、
「香緒里、席替わってくれる?」
「え?うん。」
立ち上がった香緒里の代わりに雪音の隣に腰を下ろした。
そして、雪音の顔を隠すようにギュッと抱き締めた。
「しょ、翔太……???」
当然雪音は戸惑う。
普段、人前でこんなにくっつくことはほとんどない。
香緒里たちの視線も感じた翔太はニッコリ笑った。
「彼女のこんなにかわいい表情、誰にも見せたくないに決まってるだろ?」
流れ弾を食らった近くにいた生徒が何人か逃げたり膝から崩れ落ちたりしている。
「ご馳走様でした……」
沙世は手を合わせてそう言い、香緒里は雪音と翔太の様子をちょっと嬉しそうに眺める。
「……砂糖漬けが出来そうな甘さだな。」
「それ、お前が言うか???」
呟いた秀人に、真が静かに突っ込んだ。




