8、溶けだす雪
扉の外で二人の会話を聞いていた圭と由美はそっと扉から離れ、気づかれないようにそのままロッジの外に出た。
「由美ちゃん………大丈夫?」
雪の上で脱いでそのままになっていたスキー板とストックを拾って片付けながら、圭は由美に問いかける。
「うん、私は……大丈夫。びっくりはしたけど、美愛ちゃんが何か抱えてるのは、なんとなく……気づいてたから。」
「そっか………。」
「それがどれだけの物なのかは全然想像つかなかったけど、話してくれるまで待ってようって、思ってたの。だから、聞いた今も、話してくれるまで待つ。
美愛ちゃんが大好きなことは、変わりないもの。」
そう由美はきっぱり言った。
由美は優しくて穏やかで、言葉数は多くないけれど傍にいると暖かな気持ちになれるタイプの子だ。
それでいて、芯もしっかり持っている。
美愛は由美を救ったけれど、救われてもいたんじゃないかと圭は思う。
もちろん、そんな子だから、利用してしまった罪悪感に苛まれたのだろうけど。
「圭くんは……?大丈夫?」
「俺……?」
今の美愛の話に圭は関係ない。
けれど、由美が言わんとしてることは分かった。
「いいんだよ、俺は。……そろそろ、引き際かな……。悠には……敵わないなぁって、実感した。」
スキー板とストックをラックにかけ終わった圭はその場にしゃがんだ。
「悠はさ、俺や亮より自分は劣ってるって思ってるところあるんだよね。確かに勉強は俺らの方が出来るし、運動神経も飛び抜けてるわけではない。」
でも、と圭は区切って雪を触る。
「悠は、まっすぐでバカ正直で、その癖見てないようで人のことをちゃんと見てる。
俺が中学の時、恋愛で痛い目あった時もさ、何も聞かない。でも、やれゲームしよう、遊び行くぞ、とか頻りに俺に構うんだよ。俺が話すまで待つし、話さなくても傍にいてくれる。そういうやつなんだ。」
普通は、大丈夫かと聞きたくなる、何か言いたくなる。
でも、悠は待つ。隣にいる。
話したそうな素振りをしたり、一人で抱え込むのが無理だろうと思った時だけ、踏み込む。
「由美ちゃんもだけどさ、待つって……大変だよね。信頼している証でもあるんだろうけど。」
雪を手に取り、雪玉を作る。
それを弄りながら、話を続けた。
「余計なことは言わない。でも自分の思っていることを飾らずにまっすぐ伝える。それって、俺や亮には出来ないことなんだよ。本当は、俺らが悠のことを羨ましいと思ってる、あいつのいい所。」
だから美愛には悠がいいんだよ、と圭は言い切る。
「綺麗事を言うんじゃなく、ずっと何も言わなくても傍にいてくれる、そういう悠が美愛には多分必要なんだよ。だから、2人のためには俺は身を引いたほうがいい。」
由美は圭の隣に座って、圭の方を見た。
「圭くんは、優しいね。もっと自分の気持ちをぶつけてみてもいいのに。」
「優しくなんかないよ。ただ、臆病なだけ。自分が傷付きたくないから傷付く前に逃げてる。卑怯で弱い。」
由美も雪玉を作り、圭が丸めた雪玉の上に乗せた。
弱いと、彼は言うけれど…
「圭くんは、いつも人の事を優先してるみたい……自分のことよりも。……やっぱり、優しいよ。」
もう一度、重ねて伝える。
その言葉を聞いて、圭は少し表情を和らげた。
「ありがとう、由美ちゃん。」
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翌日、いつもと変わらない様子の美愛はいつものように悠とやり合っていた。
「だーから昨日のコースの方が絶対ええって!」
「いやあっちのコースのが絶対滑りがいあるだろ!」
「……どっちも行けばいいだろ……。」
朝から元気のいい二人に、亮は呆れたように言う。
今日は亮と奈津は悠達と上級者コースを滑りに行くらしい。
雪音と翔太も、香緒里のことは秀人に任せ、沙世と真と中級コースあたりを行くという。
最終日くらいは各々カップルで、ということになったのだ。
直樹は筋肉痛があったらしく、ロッジでお留守番、満も奈津達と行くらしい。
「最終日だけどいいの?上級コース滑りに行かなくて…。」
リフトに並びながら、横に立つ秀人のことを見上げて香緒里は尋ねる。
「2日間ガッツリ滑ったからな、満足。それに昨日も言っただろ?香緒里と滑りたいから、いいんだよ。」
「……ありがとう。」
嬉しそうに笑った香緒里を、秀人は愛おしそうな目で見て、頭を撫でる。
「『そんな顔されたらいくらでも一緒にいたくなるだろ』っていう顔してるね。」
香緒里達の少し後ろに並んでいた沙世がその二人のやり取りを見て、アテレコをした。
一緒に並んでる真はそんな沙世を見て、苦笑いをした。
「この旅行くらいはちょっと放っておいてやった方がいいんじゃないか?」
「まぁねーどうせ学校戻ったら大っぴらにイチャイチャ出来ないだろうしねぇ。でも気になるんだよね〜」
恋バナ大好き、友達が幸せなら尚よし、という沙世的には目下気になる対象。
「だってここ最近、あの二人の糖度爆上がりじゃない?一昨日の出来事のせいもあるんだろうけどさ。」
「まぁなぁ……。」
真はもちろん、沙世にも二人に何かあったのだろうということはなんとなくわかっている。
色々あった香緒里だから、幸せになって欲しいと沙世は強く思うのだ。
「でも、さ。沙世さん。学校云々は、俺らも一緒じゃないか……?」
「!」
真から珍しく腕を差し出され、沙世はニコニコでその腕に縋り付く。
「俺らは俺らで楽しめばいいかな、と思うんだけど。」
「そうする!」
楽しそうに笑う沙世を見る目が、先程の秀人と然程変わらないことは、まだ沙世は気づいていない。
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昨夜はあんな事があったのにも関わらず、思いっきり泣いたためかよく眠れ、朝はすっきり起きられた。
幾分気持ちも回復したのでいつものように振る舞うことが出来て、美愛は内心ホッとしていた。
悠がいつもと変わらずに接してくれているのもあるが。
その悠は美愛の少し先を軽やかに滑っている。
そのまた先には亮と奈津、満がいる。
ずっと初級コースを滑っているのしか見ていなかったため気が付かなかったが毎年行っているだけあって、3人ともかなり上手い。
悠と圭の兄なので、亮は当然と言えば当然だが。
「ほんま、ハイスペックな兄弟やなぁ。」
なんて呟きながら悠の後を追う。
「渡辺、ストップ。」
悠はそう言って、斜面の途中でブレーキを掛けた。
美愛も急ブレーキを掛けながら、悠の傍で止まった。
「なんやねん突然。」
「いいから、しゃがめ。」
なんだがよく分からないが、有無を言わさない言い方をされたので大人しくしゃがむ。
丁度2本のコースの合流地点付近。
誰か来たから念の為止まったのだろうか、と思っているとすぐに昨日も見掛けたゼッケンをつけた高校生集団が美愛たちがいるコースと別のコースを通り抜ける。
その中には、唯と弥生もいた。
まさか、通り過ぎることを気付いていたのだろうか。
確かに別コースも木々の間から見えるは見えるけど…………
美愛は前に立つ悠の後ろ姿を見上げる。
今日も会ってしまったらどうしようか、と思っていた。
まさかその気持ちまでわかっていたのだろうか。
「よし、行くか。」
集団が遠くに行ったのを見て、悠は振り返り声を掛ける。
なんで止まったのか理由は言わない。
美愛も、敢えては突っ込まない。
だけど、
「悠……ありがとう。」
柔らかく笑った美愛を見た悠は、少し顔を赤くし、視線を逸らす。
耳も赤い。
「行くぞ!先に下まで下りた方がケーキ奢りだからな!」
そう言って、また滑り出してしまった。
「あ!スタートダッシュずるない!?」
それを追い掛けた美愛の表情は、先程よりももっと明るかった。




