6、星霜の静寂
最後の夜だし、ナイター行く?という話になり、香緒里たちは夕食後に再びゲレンデに来た。
日中よりも底冷えする寒さに身体を震わせながらも、ライトで照らされるゲレンデはとても綺麗だった。
昼間の喧騒とは異なり、静かで、音が雪に吸い込まれていくような気さえする。
「防寒しっかりしてきてよかったねー思ったより寒いや。」
「あんた、ほんまに行かんでええの?」
「オレの体力はなくなりました。」
「今日トータル2時間も滑ってないやろ。」
むりですーと言いながら、直樹はロッジの前で雪だるまを作り始める。
一緒に外に出てきてくれただけでもマシなのかもしれないが。
「俺も疲れたから、ここで待ってようかな。」
と満も言うので「寒かったら中に入ってるんだよ。」と奈津が声掛け、一行はリフトに向かって出発した。
意外とナイターを滑る人達はいるようで、リフトは並んでいた。
学校の行事で来ているのだろうか?揃いのウェアを着てゼッケンをつけている高校生くらいの集団もいる。
とりあえずリフトに乗り、各自滑ろうということになったので、悠や圭、美愛たちはサッサとリフトに乗り込んでいった。
香緒里は2人掛けのリフトに秀人と乗る。
「私と一緒だと早く滑れなくない…??」
せっかくのナイターなのにいいの??と香緒里は気遣う。
「俺は香緒里と滑りたいだけだから、いいんだよ。」
「…そっか。」
秀人のその言葉を聞き、香緒里はちょっと嬉しそうにする。
その時、冷たい風が吹いてリフトが少し揺れた。
「あの…秀人?」
「ん?」
「寒い、から……もう少しくっついても、いい?」
香緒里の意識的な甘え、そして無意識の上目遣い。
秀人の思考回路が一瞬止まる。
が、すぐに動き出し、なんとか冷静さを保とうとする。
「ダメ…かな?」
「ダメなわけないだろ。」
そう言って、ストックを片手に持ち、香緒里を引き寄せる。
が、思ったより香緒里は自分から秀人の方に寄ってきて、ぴっとりくっついてきた。
これは……やばい。そうだ、素数を数えよう。
「なんか、秀人が壊れかけてる気がする。」
後ろのリフトに乗る翔太が、会話は聞こえないものの、前のリフトの様子を見てそう呟く。
「香緒里からの甘え耐性は全くついてなさそうだもんね、秀人。」
それに対して雪音は言う。
旅行といういつもと違うシチュエーション、そして昨日からの流れもあっての、香緒里の行動。
学校に戻れば人の目も多いから大っぴらにイチャイチャは出来ないだろうから、今はそっと見守るのが一番なのかもしれない。
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ライトの光を跳ね返す、真っ白な雪の上を滑る。
夜の寒い空気が逆に心地よい。
「2人とも、夜だからあんまスピード出すなよ〜」
スピードを上げつつ下る悠と美愛に、後ろからついて行く圭が声を掛ける。
由美はそのまた後ろにいるので、圭は前も後ろも気にしながら器用に滑っている。
「わーかってるよー」
と悠は言いつつなだらかなカーブを描きつつ斜面を滑る。
ナイターはナイターで、雪質も違うし、昼間に滑るのとはまた違って面白いんだよなー、と悠は思う。
家族で来ていた去年までは、圭と一緒に毎日ナイターも滑っていた。
自分でもスキーはかなりの腕前であると思っていたが、それについて来られる美愛は相当運動神経がいい。
運動センスありまくりかよ、とちょっぴり嫉妬しながら、前を滑る美愛を見る。
その美愛の近くを、死角から横切ろうとするスキーヤーが見えた。
「渡辺!!!前!危ねぇ!!」
咄嗟に叫ぶと、美愛は急いで舵をきろうとするも、転倒。
ぶつかりそうになった相手も同じく避けようとして美愛の近くで転んだ。
「いったー……すんません、来てたのに気付かんで……」
「ううん、こちらこそすんまへん。」
ぶつかった相手である女子に美愛は謝罪し、ゴーグルを外す。
聞こえてきた言葉も、関西弁だった。
先程リフトに乗る時に見掛けた、ゼッケンをつけた高校生の集団のうちの1人のように見えた。
相手のゴーグルを外した顔を見て、固まった。
「おい大丈夫か?怪我してねぇか?」
「唯!大丈夫!?」
慌てて近くに滑ってきた悠はそう美愛に声を掛けるも、美愛の表情を見て、その後の言葉は飲み込んだ。
圭と由美もやってくる。
相手の友達も傍にやって来たが、美愛を見て、顔を歪める。
「渡辺美愛……なんであんたがここにおんねん……!」
「唯……弥生……」
どうやら、美愛は2人と知り合いらしい。
仲が良くないことは、今のやり取りだけでもよく分かった。
「やっと忘れてきたのに!!なんでや、なんでうちらの前に現れるん!?」
美愛がぶつかった方の女子…唯と呼ばれた女子が叫ぶように言う。
「ほんまに、ごめん……あの時のことは、謝っても許してもらえへんかもしれないけど……」
「許せるわけないやろ。」
「うちらが、唯がどれだけ傷付いて、追い詰められたと思ってるん!?一生、許さへん。あんたなんか、大嫌いや。」
「ほんま……ごめん……。」
消えるような声で言い、俯いた美愛は、スキー板を履き直して、滑り出す。
「あ、おい!待てよ!」
悠はその後を急いで追い掛けた。
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あれ……美愛?
斜面を滑っていると、視界の端に見知った影が映ったため、思わずそちらを向いてしまう。
初心者の香緒里は、他のところを見ながら滑るなんていう高等テクニックなどもちろんなく、バランスを崩して転んだ。
「大丈夫か?」
後ろを滑っていた秀人がすぐに傍に来て、香緒里に手を差し伸べた。
その手に掴まり、立ち上がって体勢を立て直す。
「余所見するからだぞー。」
「う、確かにその通りなんだけど………美愛がいて。なんか、何となくなんだけど、必死に滑ってたような気がして気になっちゃって……。」
「あぁ、さっき通ったな。その後に悠と、それにちょっと遅れて圭と須賀も。」
「何かあったのかなぁ?」
「…通り過ぎた時に見えた渡辺の表情からすると、まぁ多分、何かあったとは思う。」
美愛達が滑り抜けていった方向を秀人は見る。
「よく一瞬なのに、わかったね。」
「動体視力はいいからな。……また、心配してるんだろ?」
「うん………」
あまり人のことまで抱え込まないでもいいんじゃないか、と秀人は香緒里に言いたいところではあるが、そこも香緒里の長所だからな…と思い、心の中に留めた。
代わりに、
「大丈夫。悠達が追い掛けて行っただろ?あいつら……特に、悠に任せておけば、平気だろ。」
そう、香緒里に伝えた。
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美愛はどんどんスピードを上げ、人を避けながら斜面を下った。
「あーーくっそ!無駄に早いんだよ!!あいつ!」
文句を言いながらも、悠は同様に上手く人を避けて追い掛ける。
絶対、さっきのやつらと前に何かあったに違いない、そう思って反射的に、逃げ出すように滑り出した美愛を追ってしまった。
美愛はスピードそのままに、ロッジまで行くと板を脱ぎ捨て、玄関でスキー靴も脱いだ。
あーもう!そんなとこまで素早いのかよ!
と思いつつ、悠も急いでロッジへ上がり、2階へ行く美愛の後に続く。
そして、自分の部屋に入ろうとドアノブに手を掛けたところで、やっと追いついた。
「おまえ……早すぎ……」
息も絶え絶えになりながら、美愛の腕を掴む。
「なんで……ついたきたん…今は、放っといてくれへん……??」
「バカか!んな顔してるやつ、放っておけるわけねーだろ!!」
今にも泣き出しそうな、壊れてしまいそうな、追い詰められた顔をする美愛。
どう考えても1人にしていいわけない。
「部屋入れてくれるまで、離さねーぞ。」
「あんたってほんま……デリカシーないなぁ…」
そう口では言いつつも、少し眉を下げ、困ったような、少し和らいだような表情をした。
そして、悠も部屋に入るように促す。
部屋に入ると美愛は自分のベッドに腰掛け、悠はその傍にあった椅子に座る。
入れてもらったものの、なんて声を掛ければいいのかは見当がつかなかった悠は、どうしたものかと黙ってしまう。
心配だったとはいえ、完全に勢いで付いてきてしまったのだ。
俺、考えたらそんなに上手いこと言えるタイプじゃないんだよな……なんて思っていると、美愛の方から口を開く。
「さっきの……昔の、同級生やねん。大阪にいた頃の小学校のクラスメイト。」
「そっか。」
その続きを口に出そうか迷うような素振りをしながら下を向く美愛に、悠は声を掛ける。
「話、聞いて欲しかったら聞く。上手く聞いてやれるかは、ちょっとわかんねぇけど……。」
「あんた、語彙力少なそうやもんな。」
「うるせー。」
いつものように軽口をたたいてくる美愛を見る。
口だけは元気そうではあるが、その目はいつもと違い、迷いに揺れているように見えた。
「じゃあ、ちょっと長いけど……聞いてくれへん…?」
「わかった。」
静かに頷く悠を少し見て、美愛はゆっくりと過去を遡る。




