5、甘えるとは
スキー旅行3日目。
昨日の午後は結局直樹は部屋でずっと寝ており、井口が見ててくれると言うので、残りのメンバーで滑りに行った。
直樹は案の定、起きると何も覚えていなく、本人も悪気はさっぱりなかった様子なので、とりあえず不問とし、『絶対にアルコール成分を与えないこと』との共通認識だけ、全員が持った。
初日の初級コース中上級コースの組み合わせとメンバーはほぼ変わらないが、秀人だけは上のコースを滑るのをやめ、香緒里たちと一緒に滑ることを選んだ。
皆、その理由はなんとなく察していたが、誰も突っ込むことはなかった。
そして今日もその組み合わせで滑ることとなった。
直樹は今日も満と一緒にゆるゆる滑るらしい。
朝食を終え、すぐには滑りにいかず、お腹を休めている頃。
男子組はダラダラとスマホゲームで対戦し、女子組はテレビを見ながら談笑している。
3日目ともあり、皆少しずつ疲れが見えている。
「あ、ミツくん。昨日言ってた本、ネットであらすじ見たらやっぱり読んだことあったよ。」
紅茶を持って、テレビの近くに来た満に香緒里が声を掛ける。
「あ、本当??その続きは読んだことある?」
「それはないかも……」
「そしたら、4月に学校行ったら貸そうか?」
「ありがとう、じゃあお願いしようかな。」
香緒里と同じく、満も本を読むのが好きらしく、初日頃からお互いの好きな本の話を時々こうしてしていた。
「満がこんなに早く人に懐くの、初めて見たかも。なおくんに対してもそうだったけど、まさか香緒里とも仲良くなるとは…………」
「香緒里、歳下に懐かれやすいよねぇ。直樹とか悠とか。」
「いや2人とも一応同い年やろ。」
沙世の発言に美愛が突っ込む。
「弟属性って意味だよ〜」
「なんか俺らのこと呼んだか?」
丁度、トイレから帰ってきた悠と直樹が立ち止まる。
「呼んでへんわ。」
「お前に聞いてねーよ!」
また始まったぁ、と周囲が生暖かい目で見守る。
しばしキャンキャンやりあった後、ふと悠は香緒里が手に持っている本に目を止める。
「あれ?それって今度映画化するやつ?」
「うん。悠も知ってるの?」
「コミカライズしたやつ読んだ。」
「あんた漫画しか読まへんもんな。」
「お前もだろ!」
「オレも読まないな〜本面白い??」
香緒里の周りに美愛、悠、直樹も群がる。
「漫画になった方を読んだ後なら、本でも読みやすいんじゃないかなぁ?」
「なるほど??」
「文字追ってると眠くなってくるんだよな…………」
「わかるわー……」
美愛と悠ってなんだかんだ似てるところあるよな、主に学力面、と香緒里は口に出さずに思う。
思考回路もちょっと似ている。
「よし、9時になったし、そろそろ行こっかー。」
奈津の掛け声に、皆立ち上がり、帽子とゴーグルを手に取りぞろぞろとリビングから出ていく。
香緒里は最後に残り、忘れ物がないかチェックをして、その後にリビングを出る。
玄関に向かうと、秀人が靴を履いて待っていた。
他のメンバーはもう外に出たようだ。
「秀人…………待ってたの?」
「あー、うん、まぁな。」
妙に歯切れの悪い秀人に首を傾げつつ、香緒里も靴を履く。
立ち上がり、玄関を出ようとしたところに、後ろから秀人に抱きすくめられる。
咄嗟に、昨日の記憶が思い起こされ、固まり、頬が熱くなる。
「しゅ、秀人……??」
「……香緒里がみんなに優しいところ、香緒里の長所だと思うし、俺も好きなんだけど、さ…………もうちょい、俺のことも見て欲しい。…………悠や直樹たちと何も起こらないってのもわかってる。けど、ごめん、今日はちょっと余裕ねぇんだ。」
言葉を選ぶように、ゆっくり話す。
抱き締められる力がいつもよりも強い。
「……なんてな。悪い、変なこと言って。」
パッと香緒里を解放して、秀人は曖昧に笑う。
その目を見ようとするも、珍しく視線を逸らされた。
「みんな待ってるから、行こう。」
「う、うん…………。」
ドアを開けた秀人に続いて、香緒里は外に出た。
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「嫉妬……なのかなぁ?」
雪音と奈津と乗ったゴンドラの中で、考え込んでいるとどうしたのかと突っ込まれた。
先程の話をした後、香緒里はそう呟いた。
「まぁ、そうだろうねぇ。」
いつもの秀人なら今朝くらいの程度では然程気に留めない。
ただ、昨日からの積み重ねであまり精神的に余裕がないのかもしれない、と雪音は思った。
嫉妬されたり無防備なところを心配されたりしてることを、多分香緒里は全くわかっていないのだろう。
「うーん、あとは『甘えて欲しい』ってのもあるんじゃない?」
「そうなの??」
奈津が少し考えた後に言う。
「多分ね。亮もそういうところあるから。頼って欲しいし、甘えて欲しい、みたいな。要は必要とされたい感じ?」
「香緒里、自己完結するところあるもんね。昨日のナンパしてきた男たちも、秀人が来なかったらなんとかしようとしてたでしょ?」
「まぁ、確かに……。」
亮と秀人は系統としては似ているから、なんとなく奈津には予想がつくらしい。
「でも、甘えるのってどうしたらいいんだろう……??
秀人のこと頼ってはいるとは思うんだけど……。」
親にすら甘えたことのない香緒里には、何が甘えなのか、すらも実は分からない。
「雪ちゃんは普段どうしてる?」
「私?そうねー……例えば疲れた時とかは嫌なことあった時は抱きしめてーって言ってるかなぁ。なっちゃんは?」
「雪ちゃんと同じようなこともあるし、後は普段からスキンシップは多いかなぁ。二人になると特に。くっついてる方が安心するしねー。」
「小さなことでもいいのよね。何かお願いごとしたり、自分から手を繋ぎにいったり、それこそ『もっと一緒にいたい』ってお願いしたりね。」
なるほど……と香緒里は再び考える。
スキンシップはあまり得意でない。
どうしたらいいのかわからない、というのもあるが。
「もちろん、香緒里からキスしたっていいんだよ?」
奈津がにっこり言う。
分かってて言われているような気がするが、思わず昨日のことを思い出し、再び顔が赤くなる。
なっちゃん……と確信犯な友人を見て、雪音は苦笑いをした。
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一方、秀人は珍しく頭を抱えていた。
「で、ヤキモチ妬いて、つい言ってしまったと?」
先程の事の顛末を翔太と亮に話す。
「言わない方が良かったのはわかってんだけどさ…………でも、多分香緒里は言わないと自覚してくれねぇだろうから。」
「まぁ、そうだろうなぁ。でも、それを言って香緒里が秀人に幻滅することは絶対ないと思うぞ?」
「それも分かってる。ただ、ちょっとさすがにかっこ悪かったかなと。」
「それも香緒里は思ってないだろ、きっと。」
要は秀人自身のプライドの問題なんだろう。
「嫉妬くらい、普通にするだろ。」
「亮が言うと説得力が違うな……。」
「心配で守りたいから他の男を近付けたくないと思うのは、当然だ。」
故に、亮はいつも奈津のそばに居る。
過保護と言われてしまえばそれまでだが、それが亮なりの奈津への愛情なんだろう。
「というか、秀人は反省するなら昨日の騒動の後の反省した方がいいと思うけど?」
「あれは……別に後悔してないから、いい。」
何があったまでは話さないけど、確実に何かはあったはずの出来事。
後悔してないと言い切る秀人に、そっか……と翔太は言うしかなかった。
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沙世と真は二人で滑っていた。
「ねー今日は香緒里大丈夫かなー?」
「あー……まぁ昨日よりは落ち着いてたし、大丈夫、なんじゃないか?」
今朝の秀人の様子的に、今後はちょっとどうか分からないけど、と真は心の中で呟く。
明らかに悠や満達と話す香緒里を気にしている素振りをしていたから。
ちょっと昨日から振り切れすぎてて心配なところではある。
二人の問題だから、真から口出すことはないが。
「わぁ!」
後ろで叫び声と共に転ぶ音がしたので、真はブレーキをかける。
「大丈夫か?余所見してるからだぞ。」
そう言って、沙世のそばに行き、手を差し伸べる
「ごめーん、ありがとう。」
よいしょ、と身体を起こして立ち上がる。
そして、ふと視線を斜面の下の方に向ける。
「ねぇ、あれ美愛たちじゃない?」
「ん?あ、ほんとだ。」
美愛、由美、悠、圭の4人で時々立ち止まりながら滑っている様子だが、どうも圭が近くにいる女性集団に絡まれているようだ。
二人で少し下の方まで滑っていくと、会話が聞こえてくる。
逆ナンのようだ。
悠と由美は先に滑り出してしまっている。
「圭、由美たちと先に滑ってんで。」
「あ、ちょっと待って。俺も行く。」
ごめんなさい、また会ったら話しましょうね〜なんて言いながら、女性達を断り、圭は美愛の後に続く。
「よかったん?」
「うん。美愛と滑った方が楽しいし。」
「なんやねん、それ。」
微笑んで言う圭に、美愛はちょっと苦笑したように笑い、一緒に話しながら滑っていく。
「真、気付いてた?」
「あー圭だろ??なんとなくな。」
「あそこはどうなるんだろうねぇ。」
どちらとも違った形で仲良い美愛。
真壁歩もチラつく中での三角関係の行方はまだ誰にも分からない。
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夕方、昨日や一昨日と同様に入浴後にリビングでみんなでのんびりと過ごしていた時に、雪音と翔太はダイニングチェアに腰掛けて2人で話していた。
「ねぇ翔太、あれ、どう思う??」
雪音の視線の先には、ソファに座る秀人とその秀人の肩に頭を預けてうたた寝をする香緒里。
時折、眠る香緒里に向ける秀人の視線は優しい。
「あー……なんか珍しい光景だね。」
「今日ね、ゴンドラの中で香緒里となっちゃんと話してたんだけど…………」
秀人が香緒里に甘えてもらえたいんじゃないか、という旨の話になったと雪音は話す。
翔太もそれを受け、同じく秀人の話をした。
「秀人も嫉妬、というか独占欲みたいなの、あるのねぇ。」
「夏の段階では、嫉妬するとしたら真に対してだけ、だったと思うよ?」
翔太はそう言ってゆっくり話し出す。
「でも、喧嘩して仲が深まって、多分香緒里の意識が少し変わったんだろうね。ほら、最近はたまに秀人に無意識に爆弾落としてるでしょ?」
「確かに。かわいいこと言って秀人を撃沈させてるね。」
「そもそもさ、かわいい彼女を独占したい、なんてことはさ、男なら大体思うんだよ。もちろん、俺もね?」
そう言って雪音を見ると、雪音はちょっぴり頬を赤くして、嬉しそうに笑う。
かわいい。
「真と沙世の場合は、むしろ沙世が独占したい側だし、真が家の事含めてまだそんな心の余裕がないから別だけど。」
と、真と沙世の方を見る。
二人は何やらスマホゲームを並んでしている。
相変わらず距離は近い。
「香緒里の家のことがあったから、秀人はブレーキを掛けてたんだよ。」
「そっか、それが最近は落ち着いてきて、香緒里のメンタルも安定してきてる。」
「うん、だから徐々にストッパーを外してる段階だったんだろうね。でも、香緒里の無意識に出てくる好意……つまり無意識の爆弾をくらってるうちに、『こんなにかわいい香緒里を他の男に触れさせたくない』っていう独占欲が生まれてきたんだよ。」
そこで、昨日のナンパからの直樹ウィスキーボンボン事件だ。
「多分、理性が吹っ飛びそうになるには充分過ぎる出来事だったんだと思う。」
「でも……香緒里が悪いわけでもないもんねぇ。」
「うん。でもだからこそ、秀人は止まれなくなってるんだろうね。理由をつけて止まれなくなっちゃった、みたいな。」
隣に座る雪音から、再び香緒里と秀人に目を向ける。
実はくっついたのは香緒里からだ。
うとうとしている時に、秀人が隣に来て、それが分かったのか秀人の方にもたれかかったのだ。
「香緒里に、甘えてみれば?って言ったけど、今のあれは多分無意識にやってると思うのよねぇ。眠いわけだし。」
今度は雪音が香緒里のことを見て言う。
「『甘えるのってどうしたらいいんだろう』って言葉、多分今まで一度も誰かに甘えたことないから出てきたんだと思うの。家族にすら、きっとしてこなかったんだなって。」
視線を下に向けた雪音に、翔太は「大丈夫だよ」と言った。
「香緒里は秀人になら少しずつ甘えていけるよ。今みたいにね。最初は無意識だとしても、そのうち意識的に。」
「そうなるといいな。」
そう言って香緒里を見る雪音の視線はとても暖かく、それを見て、翔太も優しく微笑んだ。




