4、ボーダーライン
スキー旅行2日目。
香緒里は今日も初級コースを滑っていた。
昨日は山の下のコースを行ったり来たりしていたのだが、今日はゴンドラで上に上り、山頂から下まで、初級の迂回コースを滑る。
意外と距離が長く、1本滑るのにも時間がかかるが、あまり転ばずに滑れるようになってきた。
ちょっと楽しいかも、と思いながらゆっくり、スピードは出し過ぎずに滑る。
「上手くなったねー。」
「これなら中級コースも行けるんじゃない??」
今日は雪音と奈津と3人で滑っている。
最後まで亮は奈津を心配していたが、「たまには自由に滑ってきて」という奈津の押しに負けて、翔太と滑りに行っている。
香緒里のスピードがあまり早くないので1本下っている間に大体抜かされるが。
ちなみに、昨日のナンパ未遂があったため、悠から雪音や奈津に、「絶対吉崎を一人にしない方がいい」と伝えられていた。
なんとか本日3本目の山頂から下のゲレンデまでのルートを終え、下で遊んでいる直樹と満を見に行こうかと探しに行くことにした。
昨日の筋肉痛が響いている直樹は休みつつ一番下のコースを滑っており、満が一緒にいてくれている。
意外と気が合うようで、満から「直樹くんといるよ。」との申し出があったのだ。
二人を探していると、満の声が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、ボードを手にした2人の男に囲まれている満を見つけた。
「男子大学生、かな……?」
「仲が良さそうには、見えないよねぇ。」
香緒里と雪音がそう言っている間に、奈津はスーッとそちらの方に滑っていく。
慌ててその後ろを追い掛けていく。
「いいじゃんちょっとぐらい〜一人なんだろ?」
「だから!俺は男なんだってば!」
「またまた〜こんなかわいいのに、んなわけないじゃん。」
近付くとそんな会話が聞こえてくる。
直樹は傍にいないようだ。
「ちょっと、私の弟に何してるんですか。」
奈津は満と男達の間に入り、睨む。
いつもより声のトーンが低い。
「え、マジで男なの!?」
「本当です。大事な弟に手を出さないでもらえます?」
「うわーマジかーこんなにかわいいのに男なのかよ。」
「俺、目覚めそー。」
ギャハハと下品に男達は笑う。
そして、奈津と追い付いてきた香緒里と雪音の顔を見て、表情を嫌らしく変える。
「てか、君たちめちゃくちゃかわいいじゃん。俺らと遊ぼーよ。」
「は!?」
一人の男が奈津の腕を掴む。
振り払おうとするも、相手の力も強く、なかなか振りほどけない。
「レベル高いじゃん、ラッキー。一緒に滑りにいこ?」
雪音も手を掴まれる。
どうしよう、スキー板つけてるし、板を外してもスキー靴は重いからいつものように蹴りは出せないだろう。
突きだけでいける?でも騒ぎになっても鮎川家に迷惑になる?
とりあえず板を外そう。
などと、グルグルと一瞬のうちに考えていると。
「おい。俺らの女に手を出すんじゃねぇ。」
いつの間にか、亮と翔太がやって来て、それぞれ男の手を振り払う。
翔太は即座に雪音を自分の後ろに隠し、亮は腕の中に奈津を収める。
「んだよテメー。」
亮は自分より数cm身長の高い男を下から睨みつけるが、相手も同様に睨んでくる。
あー亮、これはブチ切れている気がするな……と香緒里は冷静に思う。
睨み合いに先に折れたのは男の方だった。
チッと舌打ちをした後に、香緒里の方を見る。
「君だけでいーや。君はフリーでしょ?ね?一緒に行こうよ。」
「私も彼氏います。」
「えー絶対大したことないでしょー君くらいかわいい子に合うやつなんて、なかなかいないってー。」
手を掴まれ、肩にも腕を回そうとしてくる。
これはさすがに手を出しても文句は言えないだろう、とグッと拳を固める。
「誰が大したことないって??」
腕を引かれ、後ろに倒れそうになる、がポスンと後ろに来た人の肩口に収まった。
「秀人!」
「俺の大事な彼女に、何か用かよ?」
秀人は冷ややかな目線を男達に向ける。
『大したことない』のはどちらだろうな?と言いたげに睨むと、男達は何も言わず、急いでボードをつけ、滑って逃げてしまった。
「来てくれたんだ。」
「当たり前だろ??上から香緒里見つけて、急いで飛んできた。」
「そっか……ありがとう。おかげで手を出さないで済んだわ。」
「それは絶対やめてくれ、色んな意味で……。」
「奈津姉、香緒里ちゃん、雪音ちゃん、ごめんね……俺が絡まれたばっかりに、巻き込んじゃって……」
「いいのよ、てかあの男達が悪いんだから!」
謝る満に奈津が言う。
男達に対して未だにプンスコ怒っている。
いや、と亮が言う。
「一緒にいなかった俺らも悪い。やっぱり目を離さない方が良かった。」
「そういえば、直樹は?」
「直樹くんはあっちで寝てるよ。疲れたみたい。」
翔太に聞かれ満が指差した方向には、直樹が転がっていた。
寝ているのか倒れているのかが近くに行くまで分かりづらくて少々ややこしい。
「直樹がいれば、ミツくんも絡まれなかったかもしれないわねぇ……」
「そうかもねぇ。」
健やかに眠る直樹を見て、雪音と香緒里はボヤいた。
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「げ、ナンパされたの?それは大変だったねぇ。」
昼食後、リビングで休憩している時に午前中の話題になり、満が絡まれた話をすると、沙世は顔を顰めて言う。
ミツかわいいもんなぁ、なんて言いながら。
「沙世も気を付けろよ?」
「えー私??私は大丈夫だよー香緒里たちみたいにかわいくないからナンパはされないってー。」
真に言われた沙世は笑って手の前で手を振る。
「いや、普通にかわいいから心配なんだって。」
その沙世に真が真顔で言う。
香緒里と雪音は顔を見合せて「あー……」という表情をお互いにし、真顔でたまに爆弾落とすよね、と目で話す。
沙世はみるみるうちに顔を赤くしていく。
自分から「かわいい?」とか聞く癖に、向こうから来られるのには大変弱い。
「……ずるい。」
ポツリと呟く沙世はかわいい。
自分のした発言をよくわかっていない真は隣で首を傾げているが。
「ナンパと言えば、圭くんもかなり女の子に声掛けられてるよね。」
由美がそう言って圭を見る。
スキー場では逆ナンもあるらしい。
意外と肉食女子がいるのだろうか。
「俺の魅力が、ゴーグルの隙間から漏れ出てるのかな……!!」
「水漏れするバケツかよ。」
亮が呆れ気味にツッコミをする。
「直樹は午後どうするの?」
しばらく休憩した後、そろそろ滑りに行こうか、という雰囲気の時に、香緒里は直樹に聞く。
結局午前中はそんなに滑っていない。
本人は雪遊びで楽しそうではあるが。
声を掛けた香緒里に直樹は近寄る。
そして、
「カオリ、オレと一緒に滑ってくれる?」
と妙に色気のある視線を向け、香緒里の肩に手を置き、
「おい直樹!!!」
危機を感じた秀人が駆け寄る前に、香緒里の頬にキスをした。
もちろん、香緒里はフリーズ。
直樹はそのまま、香緒里の脇にいた雪音と沙世の頬にもキスをする。
翔太と真も、間に合わなかった。
「直樹あんた何食べ…………あ!!ウイスキーボンボン食べたやろ!!」
「え、もしかして直樹ってアルコール激弱……??」
「激弱も激弱や!ウイスキーボンボン1個でこうなるし、しかも豹変するんが厄介!」
「ミメイ〜〜」
奈津は既に亮が保護し、由美は最初のアクションが始まった頃に部屋の隅に逃走している。
最後に美愛のところに直樹が来て、香緒里たちにしたのと同じく、キスをしようとして、美愛に頭を掴まれてストップする。
そこを、圭がひっぺ返し、そのままソファに運んで放る。
ソファに転がった直樹は、すぐに寝息を立てて寝始めた。
「めちゃくちゃ冷や汗かいたんだけど…………」
と悠は転がる直樹を見て言う。
秀人、翔太、真の空気が居た堪れない。
直樹がアメリカ育ちで元々スキンシップが多めであるとはいえ、彼女にほっぺチューをされて冷静でいられる男の方が少ないだろう。
「ごめん、ウイスキーボンボンあったの気が付かないで……」
「いや、ほんま申し訳ない、うちがちゃんと直樹がアルコールダメなの話してれば……」
圭が言い、美愛も溜息をつく。
「タチ悪いことに、多分あいつ起きたら忘れてると思うんや……」
「記憶なくしちゃうタイプか。」
美愛、圭、悠で周囲を見回し、どうしたものかと考える。
「香緒里。」
名前だけ呼び、秀人は香緒里の手を引いて歩き出した。
それを見た翔太と真は顔を見合わせる。
今の秀人、ちょっとヤバいんじゃないか、ということは二人には分かったが、そうなる気持ちも分かるので、止めることは出来なかった。
秀人に手を引かれ、リビングから出る。
廊下に着くと、香緒里は壁際に追い詰められた。
いつもより真剣で、少し余裕の無さそうな秀人は、腕を香緒里の頭上の壁に置き、香緒里の頬にキスをする。
ちょうど、直樹に触れられたところ。
そしてその後、頬に手を添え、口に少し長めのキスをした。
一度唇が離れる。
真っ赤になった香緒里の耳元で秀人は囁く。
「嫌だったら、言って。」
そして、もう一度キスを落とした。
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香緒里と秀人が出て行った後、少し冷静さを取り戻した翔太は肩を抱いていた雪音の頬に触れる。
「雪音、大丈夫……??」
「ん、私は大丈夫よ?そりゃ、びっくりはしたけど。」
翔太の手を自分の手と頬で挟み、上目遣いに少し微笑んで言う。
「そう……」
「だから、そんな顔しないで?」
そして、今度は翔太の頬に両手で触れる。
その温かさに、翔太は表情を和らげる。
「沙世は……大丈夫そうだな……。」
「あーうん、大丈夫大丈夫。なおちゃんだと、なんかこう、ちびっ子にされた感じ??」
「そうかよ…………」
納得していないような、複雑な表情をする真の気持ちを察してか、沙世はギュッと真に抱きつく。
「でも、真がヤキモチ妬いてくれたなら、めっちゃ嬉しい。」
ニヒヒ、と笑いながら沙世は言う。
とりあえずお茶もう1回飲もうかーと電気ポットのある机の方に行った雪音と沙世を見て、毒気を抜かれたように翔太と真はソファに座り込んだ。
「正直さ、俺らもやばくなかったか?」
「あーわかる。秀人見て冷静になれたところはあるよな。」
小声で言う翔太に、同じく小声で真が同意する。
「秀人は、午前中からの積み重ねもあるからなー……。」
「それ言ったら翔太も同じだろ?」
「まぁ、そこはほら、雪音だからさ。香緒里は自覚ないじゃん?」
「確かにな……。」
秀人が振り切れてしまったのもわかる。
わかってしまうが……
「「香緒里、大丈夫かな…………。」」
心配する二人を他所に、香緒里と秀人は10分程すると戻ってきた。
ただ、先程より落ち着いた表情の秀人とは対象的に、香緒里の顔は薄ら赤い。
ソファに腰を下ろした香緒里に雪音が「大丈夫?」と聞くと、チラリと秀人を見た後、
「だ、大丈夫……なんでもない。」
と更に顔を赤くした。
「秀人……お前、何したんだよ……。」
「別に、何も?」
自分の隣に座った秀人に翔太が聞くと淡々とそう返ってくる。
が、それ以上聞くなよというオーラが出ている。
絶対何かあっただろ、と二人を見比べて、翔太と真はジト目になったのだった。




