3、初めての雪景色
翌朝、いつもより早く起き朝食を食べ、眠い目を擦りながら昨日と同じマイクロバスに乗り込む。
サービスエリアに寄りつつ、4時間くらいかけて、目的のスキー場に辿り着いた。
バスの中で眠そうにしていた面々もゲレンデを見ると目がぱっちりして、テンションが上がっていた。
「雪だー!」
「滑るぞー!」
ゲレンデに初めて来た香緒里は、一面の雪景色に目を細めた。
あまり雪が降らない首都圏に住んでいるため、こんなにたくさんの雪を見たのは初めてだった。
雪の坂の上を通るリフト、山の上の方まで繋がっているゴンドラ、写真で見るゲレンデそのものだ。
「すごいねぇ………。」
「ここのスキー場はかなり大きいからね、迷わないように気を付けてね。」
圧倒されている香緒里に奈津は言う。
秀人、真、沙世、悠、圭、美愛はもう既にリフトで上に上がっている。
意外なことに、由美もそれなりに滑れるらしく、美愛について行った。
雪音、奈津、翔太、亮、満は完全に初心者の香緒里と直樹に付き添っている。
初めてのスキーに産まれたての子鹿のようにプルプルしていた香緒里だったが、運動神経が悪いわけではないので、何本か上から下まで初級コースを滑ると、ある程度動けるようになった。
「初日でこれだけ滑れるようになれば充分ね。」
「さすが、身体のバランス感覚とかはいいよね。」
「まぁ、あそこまで軽やかに滑るには相当時間が必要だろうけどね……。」
雪音と翔太に褒められた香緒里は、颯爽と上の上級者コースから初級コースまで滑り落ちてくる秀人たちを見て、苦笑いをする。
あれはあれでフィジカルが違いすぎるので(特に秀人と鮎川兄弟)仕方ないは仕方ないのだが。
「とはいえ、ゲレンデマジックは起きるでしょ?」
「そりゃまぁ、もちろん、かっこいいなぁとは思ってるけど………。」
リズミカルにスムーズに滑る秀人は確かにかっこいいし、目を惹く。
これ、秀人に聞かせてやりたいな、と香緒里の言葉を聞き、翔太は思う。
「俺もあれくらい滑れればいいんだけどね。」
「大丈夫よ、翔太もかっこいいもの。」
「ありがと。」
ナチュラルにイチャイチャしだす2人を香緒里は脇で眺めながら、もう少し上手くなれば秀人と一緒に滑れるかなぁ、と考えた。
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ゲレンデはもちろん寒い。
ので、割りとトイレに行きたくなる。
そんなわけで、一頻り滑った悠はトイレに行っていた。
一年に一度しか来ないが、やはりスキーは楽しい。
スノーボードもやったことはあるが、スキーの方が個人的には好みだと思っている。
休憩所兼食事処にあるトイレから出、さぁもう一度リフトに乗って滑りに行くか、と伸びをする。
「なぁ、あの子一人かな??あそこのめっちゃかわいい子。」
「なんか迷ってるっぽいし、声掛けてみよーぜ。」
スキー板を履いていると、近くでそんな会話が聞こえてきた。
大学生くらいだろう、髪色が明るく、ややチャラめの男子二人組の視線の先には、見知った顔があった。
恐らく悠と同じく、トイレに行って出てきたであろう香緒里が、どこのリフトに乗ればいいのか迷った様子で立ち止まって首を捻っていた。
やべぇ、ここ見逃すと絶対秀人に後で絞められる気がする。
そう直感した悠は、急いでストックを持ち、香緒里の方へ滑り出した。
「吉崎!!」
「あ、悠。丁度良かった〜。」
悠か駆け寄ったことで、ナンパ未遂の二人組は諦めたようでどこかへ行ってしまう。
悠に会えてホッとする香緒里とは別の意味で悠も胸を撫で下ろした。
これは一応後で秀人に伝えておこう、と心の中で思う。
「翔太と安西と一緒じゃなかったのかよ。」
「私だけトイレ休憩してたの。待ってもらうのも申し訳ないから滑ってて、て伝えてて。リフトも一人で上手く乗れるようになってきたし、大丈夫かなぁと思ったんだけど………」
「どのリフトに乗ればいいのか分からなくなったと。」
「うん、そんな感じ。」
「初級コースだろ?ならこっちだよ。」
悠に連れられ、目的のリフトに辿り着くことが出来た。
「ありがとう、助かった。悠は向こうのリフト?」
「んーまぁ、そうなんだけど………ここで吉崎を放っておいたら多分秀人に怒られるから、翔太達のとこまで送るよ……」
ナンパされやすいタイプであるとさっぱり理解していなさそうなので、こういう場所だと危ないような気がするのだ。
誰かと一緒ならともかく。
そんなわけで、二人がけのリフトに一緒に並ぶ。
「悠は秀人や美愛達と滑ってたの?」
「うん、そう。中級や上級コース滑ってた。上級行ったのは俺と秀人と圭、渡辺だけだけど。」
「そっか〜。」
他愛ない話をしながら待っていると、すぐに順番が回ってきた。
リフトに座り、足が浮き、出発する。
香緒里は高いところは苦手ではないので、リフトからの景色は気持ち良く見ることが出来る。
「そういえば、悠って好きな女の子のタイプとかってあるの?」
以前から気になっていたことをせっかく二人きりなので悠にぶつけてみる。
照れて答えてくれないかな、と思ったが意外と悠は「うーん」と悩みながら答えようとしてくれる。
「好きなタイプ………まぁ、俺より背が低くて、かわいくて、女の子らしい子だなぁ……。」
「なるほどねぇ。」
悠らしいタイプではある。
実際に好きな人である美愛とは異なるが。
「………どうせ、俺の気持ち分かってるんだろ……??」
「うん……まぁ、そうだねぇ……。」
香緒里のその視線に気が付いたのか、溜息をついて悠は言う。
それに対して、香緒里も否定しなかった。
「……好きなタイプじゃ、ないはずなんだけどなぁ。」
ポツリと洩れた、悠の珍しい本音。
隠すことを諦めたのか、はたまたあまりからかわない香緒里の前でだからなのか。
「そんなもんじゃないかなぁ、恋なんて。」
「そうかな……。」
「そうよ。まぁ私の場合、好きなタイプも何も考えたことなかったけど……。」
「いや、秀人の前なら好きなタイプも何もなくねぇ?ほぼ完璧じゃんあいつ。」
「悠って……結構秀人のこと好きよね。」
「そういう意味じゃねぇけどな!?」
このスキー旅行で、三角関係にも少し変化が出たりするのかなぁ、なんて香緒里はぼんやり考えた。
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寒くなる前の15時過ぎには泊まっているロッジにみんな戻っており、各々お風呂へ入り、身体を温めていた。
鮎川グループのリゾートホテルのすぐ近くにある別荘であるそのロッジは、東京にある鮎川家や上原家よりは小さいものの、通常の戸建てよりはずっと大きいサイズで、13人全員がリビングに集まってもかなり余裕がある程度には広く、部屋もたくさんあった。
香緒里が雪音と奈津と共にお風呂から出て身支度を済ませた後にリビングに行くと、既に男子組は全員いて、1箇所に固まっていた。
「オセロしてるの?」
「そう、秀人が亮と圭を同時に相手してる。」
香緒里たちが近付いて覗き見ると、真がそう教えてくれた。
盤面を見ると、亮側が黒が優勢、圭側が白が優勢に見えた。
「どっちがどっち?」
「どっちも秀人が白。」
しばらくすると、圭との勝負が先についた。
「あー負けた。負けるだろうなとは思ってたけど。」
「変な手を指してくるから読みづらかったけどな。」
と言いつつ秀人はまだ決着のついていない亮との盤面を見て悩む。
四隅の3箇所は亮に抑えられており、かなり劣勢ではある。
数分後、結果的に秀人が負けた。
秀人でも負けることあるんだ、と中学時代から知る香緒里達にはある意味衝撃的ではあった。
「負けたかーさすがに悔しいな。」
「二人同時に相手なんかするからだ。」
悔しい、と言いつつちょっと嬉しそうに見える。
対等に相手になる人はなかなかいないから当然なのかもしれないが。
そして亮の方もそうだろう。
「なんや、オセロやってたん?」
そこへ美愛と沙世と由美がリビングに入ってくる。
「俺と亮が秀人とやってたんだよ。」
「ほな、うちともやる?」
「美愛と?いいけど、俺そこそこ強いよ?」
「じゃあうちと鮎川悠、二人同時に相手すればええやん?」
「俺を巻き込むなよ!……いいけど。」
ナチュラルに、圭VS美愛、悠が始まる。
知らない者も、なんとなく気付いている者も見守る中の三角関係での対決。
美愛は、圭はともかく、悠とは仲が良いのか悪いのかよくわからないな、と思いながら香緒里も見る。
「そういえば、圭はいつの間にか美愛のこと呼び捨てになったんだね。」
ふと気付いた沙世がそう言う。
「あぁ、うちが圭に、ちゃん付けやめてって言うてん。男子にちゃん付けされるの苦手やねん。」
下の名前で呼ばれることの抵抗感はないらしい。
美愛が男子を下の名前で呼ぶのも珍しいが。
ちょっぴり複雑な表情でその会話を聞いている悠に香緒里は気付く。
元々女子と距離が近めの圭だからこそ出来ることなのは分かっているのだろうけれど、複雑は複雑のようだ。
男子組の遊びがボードゲームからテレビゲームに切り替わり、某家庭用ゲーム機で大乱闘のバトルゲームを始めたのを、香緒里たちはソファで談笑しながら見学をする。
「あ、おまっ!それずるいぞ!」
「隙見せる新谷が悪い。」
「やべっ、復帰ミスった。」
「げ、悠がハンマー持ち出した!」
「無双ターーーイム!!」
「ぜってーこっち来るなよ!!」
賑やかだねぇ、とそれを見ながらゆっくりホットココアを飲む。
ちなみに直樹はというと、筋肉痛で部屋の隅に転がりながらそれを見ている。
満も奈津の隣で見学している。
「悠って、ゲーム上手いのね。」
「あーそうだねぇ。昔からバスケとゲームばっかりだから。調子いいと亮にもあのゲームで勝つよ〜」
雪音が呟くと奈津がそう返した。
三兄弟でよくゲームをやっていたらしい。
圧倒的に亮のコントローラー操作が上手いらしい。
「意外とゲームだと秀人は普通だよね。」
「このゲームだとそうかもなぁ。けど、FPSはアホほど強いで。一緒にやったことあるけど、キル率エグかった。」
FPSは観察力洞察力や心理戦もあるので得意分野なのだろう。
一方反射神経やコントローラー操作が鍵のこのゲームの実力は普通らしい。
わーわー言いつつ楽しむ6人を見ていると、いつの間にか夕食の時間となった。
今日のメニューは中華料理らしく、餃子や焼売、エビチリ、青椒肉絲などがテーブルに並ぶ。
「いっつも思うんだけどさ、香緒里のそれ………ヤバくない?」
香緒里が、さぁ食べようと席に着き、小皿に醤油とラー油を入れていると沙世に突っ込まれた。
「そう??普通じゃない?」
「いや普通じゃないのよ。醤油よりラー油の方が割合高いじゃん。」
皆が香緒里の手元にある小皿に注目すると、小皿が赤い。6割以上がラー油だ。
「これが美味しいんだけど………」
「え、意外。香緒里ちゃん辛党なんだ。」
びっくりしたように圭が言う。
「へーおいしいんだ!」
「な、直樹くん……やめた方がいいと思うけど……」
由美の制止の声も届かず、直樹は香緒里と同じくらいの割合にした醤油とラー油を入れた小皿に餃子をつけ、食べる。
そして、口に入れた瞬間、悶絶した。
口を押さえ、床に転がる。
慌てて由美はティッシュと水の入ったコップを差し出す。
「んな大袈裟な〜そこまでじゃないだろ。」
「いやーやめておいた方がいいと思うよ……??」
奈津の制止を聞かず、今度は悠が同様の割合で餃子を食べる。
もちろん、悶絶。
「からい!!しぬ!!!!」
「アホなん??」
秀人と真、沙世は爆笑している。
圭が悠の小皿に小指をつけ、ペロリとそれを口にする。
「あー確かに辛い………んん!?結構辛いな!?後からかなり来るよ!!?」
「はいお水。」
翔太にコップを差し出され、慌てて水を飲む。
「美味しいんだけどな〜。」
そう言いながら香緒里は顔色1つ変えず、ラー油まみれの餃子をもぐもぐ食べている。
「香緒里、ちょっとは異常であること自覚した方がいいと思うよ……???」
その香緒里に、雪音は静かに突っ込んだ。




