6、いつの日か
真の言葉に香緒里たちもそちらに視線を向ける。
背が高く、少し茶色っぽい髪に切れ長の目。
恵に見せてもらった写真より少し歳を重ねた、スラリとした男性がいた。
その隣には恐らく義母であろう、30代前後の派手な見た目の女性がいて、幼稚園児くらいの子供を二人連れていた。
向こうもこちらに気が付き、義母の方が近付いてきた。
後ろから義父と子供たちも付いてくる。
「あら、真くんいつの間に帰って来てたのぉ?」
真は義母の顔をみて、舌打ちをする。
向ける視線はかなり冷ややかだ。
沙世は真の前に立ち、義母との壁になろうとする。
「気付かなかったわ〜また沙世ちゃんちにご厄介になってるわけ?」
「厄介だなんて……私も私の家族もそんなこと思ってません。」
煽るような言い方に、沙世は睨んで言う。
それに怯むことなく、義母は続ける。
「血の繋がりのない子を預かるって結構大変なのよ〜?ちゃんと沙世ちゃんのご両親に感謝しないとね??」
その言葉に香緒里の身体も強張る。
まるでそれは養母の言葉のようで、せっかく収まった心の中がまた波立ちそうになる。
そんな香緒里を察し、秀人は静かにその腰を抱き、真の義母を冷たく見つめた。
真は義母に向かって怒鳴り散らしたくなる思いを、深呼吸してようやく落ち着かせる。
「おい、ちょっと話があるんだけど。」
「『おい』じゃ、誰だか分からないだろう。」
抑揚のない口調で義父は言う。
その目は苛立ちも冷たさも、何もない、無感情のように香緒里には見えた。
真は義父の言葉に舌打ちをし、顔を顰めた。
「親父、話がある。ちょっとこっちに来てくれないか。」
そう言ってその場を離れ歩いていくと、義父も黙って着いていく。
香緒里達もその後を追う。
義母は面倒くさそうな顔をしており、子供たちと屋台の方に向かって行った。
人のあまりいない木の下まで行くと、真は立ち止まり、義父と向かい合う。
まるで、中学生の時…荒れていた時のようにその表情が、雰囲気がトゲトゲしい。
クリスマスのあの日から、ずっとモヤモヤしているのが取れなかったのだろう。
必死で隠していたけれど、それが張本人を前にして溢れてしまった。
「質問が、ある。」
「なんだ。」
「今井恵……という女性を知っているか。」
香緒里は驚いて真を見た。
義父は少し眉を上げたくらいで、特段その質問に対して動揺した様子はない。
「あぁ、知っている。過去に少し付き合っていた女性だ。その人がどうした。」
「その人と、お前との間に子供が出来たことは?」
「それは知らない。初めて聞いた。」
「気にならないか?俺がなんで知っているのか、とか。」
「別に。過去のことだ。今その人がどうしていようが、俺には関係のないことだ。」
「勝手に捨てたくせに……!」
あくまで態度を変えず、真の言葉に淡々と返していく。
苛立ちを募らせる真に対して向ける目線も変わらない。
「私が………その子供だとしても、ですか?」
香緒里が漏らしたその言葉に、ようやく少し驚いた様子を見せ、香緒里の方を見た。
この人が自分に似ているか、と言われたらあまり似ていないと思う。
実母以上に、自分の親だという実感は湧かない。
そして、何も感じなかった。
「………なるほど。確かに彼女によく似ている。」
恵を思い出したのだろう、香緒里を見つめてそう言った。
「君にも、君の母にも、迷惑を掛けたな。すまなかった。」
そう、口では言うもののやはり感情が籠っているようには見えなかった。
形式的な言葉に聞こえる。
「もういいか?」
その言葉に、真は答えない。
代わりに憎々しげに睨みつける。
義父は気に止めていない様子で背を向け歩き出し、人混みの中に消えていった。
実父に会ったらなんて感じるんだろう、どんな思いになるのだろう、と思っていたが。
思った以上に何も感じなかった。
なぜだろう。恵に会った時はあんなに心が揺れたのに。
向こうが何の感情も示さなかったのも、もしかしたらあるのかもしれないが。
俯く香緒里と、遠くを睨む真。
二人を交互に見た後、秀人は息をつく。
そしてパンッと1つ手を打った。
「とりあえず、昼飯買って帰るぞ。」
「そーだね、お腹空いた!」
沙世はこの雰囲気を紛らわすように、笑顔でそう言った。
それを見て、真は少し表情を緩めてその手を取る。
ゆっくり歩き出した背中を見て、雪音と翔太も少しホッとしたようにその後ろに続く。
秀人は香緒里の頭をポンポンと優しく撫でた後、真と同様手を取り、4人を追った。
--------------
屋台で食べ物を買い、再び秀人の家に戻って、美鈴が注文しておいてくれた宅配寿司と共に昼食を摂る。
その後は、秋人も含めて人生ゲームをしたり、某鉄道のすごろくゲームをしたりして和やかに過ごした。
「ちょっと!!秀人なんで私に貧乏神付けるわけ!?」
「俺の行く道にいる沙世が悪い。」
「絶対後で擦り付け返してやる……!!!」
「あーあ、沙世の借金がまた増えるね………」
「そういう香緒里も結構ギリギリじゃない???」
「意外と翔太くんがいい調子だよね。」
ワイワイとして、なるべく気を紛らわす様に。
そうしてはしゃぎまくった結果、前日の大晦日に夜更かしをしていたのも相まって、夕方頃にはみんなコタツに入って眠ってしまった。
一人眠れずに起きていた真は静かに庭へと出る。
17時も過ぎるともう空は暗くなり始めている。
日中晴れていたとはいえ、この時間は冷え込んできている。
息を吐くと白い。
庭にあったベンチ座り、ぼんやりと寒空を見上げていると、足音がした。
「秀人か……寝てたんじゃないのか?」
「いや?起きてたよ。」
秀人はそう言って、真の隣に腰掛けた。
「…大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃないか、と言えば……大丈夫ではねぇなぁ………」
秀人の問い掛けに真は乾いた笑いをする。
「そりゃそうだよな。」
「今回の帰省では特に会いたくはなかったから、家にも足踏み入れてなかったんだけどな……」
「あそこで会うとは思わねぇよ。」
だよな、と真は呟き、また空を見上げる。
「どうも、あいつに会うと感情のコントロールが効かなくなる。色々思い出して、イライラしちまう。」
その目は未だに怒りが残っている。
「俺の母親のことも、香緒里の母親のことも、まるで何も感じていないように見えるあの態度。俺の言葉も何も響いちゃいねぇ。」
溜息をつき、自嘲したように笑う。
「どうしたらいいんだろうな。」
「………どうにも、今は出来ないんじゃねぇか?」
ずっと黙って真の言葉に耳を傾けていた秀人は口を開く。
「冷たいように聞こえるかもしれねーけどさ、今、真が何かを悩んで考えても、どうしようもないんじゃないか、と俺は思う。」
「それは、まぁ…そうだろうけど………。」
「お前の親父はさっきも言ってたけど、何を言っても響かないわけだからさ、要は後は真の気持ちの問題だろ?
それなら、今は無理に考えなくてもいいんじゃねぇかな。」
考えるように黙る真に、秀人は更に続ける。
「香緒里はさ、向き合う時だっただけ。実の母親が誰なのか分かって、会って話すしかなかった。そう決めたのは香緒里自身だけど、遅かれ早かれそうするべきだった、というだけ。でも、真は違う。多分、今じゃない。」
「今じゃない………」
「そのうち向き合わなきゃいけない時は来るよ、きっと。俺の勘だけどな。」
「……秀人の勘は、結構当たるからなぁ。」
そう言って真は苦笑いをした。
そこで秀人は真の顔を見る。
「香緒里のことも、心配してるだろ?」
「そりゃ、まぁ……。」
「香緒里は、思っているより大丈夫だよ。そんなにダメージは受けてない。まぁ多分、現実感がないっていうのもあるだろうけど。
それに、実の母親に会って、結構心の整理がついてきたんだと思う。」
確かに今日も戸惑ってはいるように見えた。
けれど、先程みんなで遊んでいた時も、無理しているようには見えなかった。
無理してるのはよっぽど自分の方だ。
「沙世、随分心配してるぞ。」
「………分かってる。」
「今はまだ何も出来なくても、何かあったら頼れよ。沙世だけじゃなくて、俺らもいるんだからさ。」
「あぁ、分かってる。」
ありがとな、と短く、けれど柔らかく真は言った。
少し落ち着いた様子になった真を見て、秀人は内心ホッとする。
解決するのは難しいかもしれない。
けれどいつか、真の心がもっと軽くなる日がくればいい。
そう静かに願った。




