1、騒がしい中で
午前中に終業式が終えた吉崎香緒里たちは、昼ご飯を食べたあと、部屋に戻らずそのまま寮の談話室に集合していた。
冬休みに入ってすぐに年末となるため、年明けまでは部活がない。
そのため、今日から帰省している人も多い。
明日帰る人たちも、自室に戻ったり、外出したり、受験生である3年生は自習室にいたりするので案外談話室には人は多くなかった。
「成績……やばいかも………模試はもっとやばい……」
谷中沙世はソファに座り込み、項垂れている。
その手には鞄から出した成績表と模試の結果の紙がある。
部屋に戻らずそのまま談話室に来たため、心が重たくなる品をそのまま持ち込んでしまったわけである。
「俺も似たようなもんだなぁ……」
どれどれ?と隣にいた沢田真は沙世の成績を見ると、苦笑いした。
ギリギリ補習にならなかっただけでも二人は頑張った方だとは思う。
「まぁ、渡辺よりはマシだろ。」
「いやあんたには言われたくないわ。」
「それはどうかな!」
いつもの鮎川悠と渡辺美愛のやり取りが始まる。
悠はドヤ顔をして模試の結果の紙を美愛に突きつけた。
「そんなドヤ顔するほどの点数ちゃうやん。
……て、なんでリスニングだけめちゃくちゃ点数ええの!?」
「え、どゆこと???」
美愛の周りに香緒里たちも寄り、見る。
他の科目は悉く平均以下どころではないレベルだったが、英語のリスニングのところだけ満点になっていた。
「……カンニングでもした……??」
「するかよ!実力だ!」
疑わし気な目を向ける沙世に悠はすぐに反論した。
カンニングするほど器用じゃなさそうだよねぇ、と香緒里と安西雪音は言う。
「俺、英語は話せるんだからな!!」
「悠、日常生活を送れるくらいの英会話は出来るのよね。」
「英語の勉強自体は出来ないんだけどなぁ。」
「勉強しないからだ。」
キリッとした顔で言った悠の言葉に、上原奈津と鮎川圭が補足した。
そして鮎川亮がさり気なく毒を吐く。
相変わらず悠に対して容赦ない。
「むしろなんで英語話せるんだ??」
「私たち小さい頃から、将来のためにってことで英会話のレッスンしてたの。ほら、小さい頃の方が飲み込みがいいでしょう?」
翔太の疑問に奈津が再び答える。
さすがお坊っちゃま〜と久しぶりに悠が大企業の社長の息子であることを思い出したかのように皆感心する。
「でも、なんで英語話せるのに英語の勉強は出来へんの?」
「日本語話せる人がみんな国語得意なわけないだろ!!!」
悠の悲しい叫びに、みんな(特に勉強出来ない組)納得してしまった。
日本語でも知らない単語や漢字はたくさんあるし文法を間違える場合もある、
英語を話せたとしても、同様なことが起こる、のかもしれない。
「日本語、むずかしい……読むのもむずかしいけど、書くのはもっとむずかしいんだ……」
「そうだねぇ、英語とまた全然違うもんね。」
絶賛日本語勉強中の渡辺直樹は眉を八の字にして言い、須賀由美も同調した。
その直樹は、理数系と英語の成績は良いが、文系の科目はどうにも不慣れらしく、補習となっていたため、数日前まで頑張って勉強をしていた。
「ところで、秀人は成績と模試どうだったの?」
「俺?」
スマホでゲームをしつつ、話を聞いていた新谷秀人は沙世から話を振られて顔を上げた。
足元にあった鞄から2種類の紙を取り出して、そのまま沙世に手渡した。
「待って、全教科全国100位前後なの!?」
「あーまぁそんなもんだろ。」
まず模試の結果を見た沙世は声を上げる。
偏差値は80台ばかり。
特に気にとめない風に秀人は返す。
「こんなの初めて見たんだけど…………」
「相変わらず頭おかしいくらいの成績やな。」
「秀人より上がいるってのもまたびっくりではあるけどな。」
今度はわらわらと沙世の周りにみんな集まる。
香緒里だけは秀人の傍に寄っていく。
「ねぇ秀人?」
「ん?」
「しっかり対策とって勉強すれば、もう少し上を狙えるんじゃない??」
「まぁそうかもな。でもそこまでしてトップの方狙う必要性も感じないからさ。なぁ亮?」
「俺に同意を求めるなよ。そもそも俺は新谷ほど頭がいいわけではないからな。
まぁ、そこまで必死になって上を狙う必要もないってのは理解出来るけどな。」
そもそも仕事に割く時間がなくなる、と秀人に声を掛けられた亮はそう呟いた。
と、丁度その時、亮の腕につけてるスマートウォッチが振動する。
「打ち合わせの時間だ。部屋に戻る。翔太、悪い、しばらく部屋使うぞ。」
「りょーかい。」
ずっとキーボードを叩いていたノートパソコンを畳み、立ち上がるとルームメイトの翔太に声を掛け、談話室を出ていく。
沙世たちはようやく、秀人の成績表を見だした。
「はーなんかもうここまで来ると爽快なくらいオール5だな。…………あれ??」
「なんや、美術だけ2なんか。」
「秀人は美術はダメだもんねー」
香緒里たちにとってはもう周知の事実だが、高校からの友人たち的には秀人が美術系がテンでダメなのはあまり実感が湧かないらしい。
「あ、そういえばこの間の美術の時に写真撮ったんだよな、秀人の書いた絵を。」
「絵?あ、2人組になってお互いの似顔絵描きましょーてやつか。」
「そうそう。それがなかなかでさー」
秀人と同じクラスの真がスマホを取りだし、写真を見せる。
秀人が書いた真の似顔絵、ということだが。
お世辞にも上手いとは言えないレベルである。
「ちょ、これは…やばいな…!!」
「さ、さすが秀人…!!あはははっ」
「小学生でも……もう少し描けそう……っ、くくくっ」
「弱点すぎるやろ…」
それを見た悠、沙世、圭、美愛、直樹は爆笑する。
嫌な気配を感じた雪音、翔太、奈津、由美は対して香緒里の元へ避難していく。
「お前ら……言わせておけば随分だな???真も、写真撮るんじゃねぇっつったよな???」
ゆらりと秀人が爆笑してる面々の背後に立つ。
笑みは浮かべているが目が一切笑ってない。
ひぇっ、と沙世が声を漏らす。
「いいんだぞ?テスト前、もう助けてやらなくたって。」
「いいいたい!!秀人それ痛い!!!ごめんなさい!!」
手始めに悠を羽交い締めにし、そのまま拳でグリグリ頭を擦る。
やべぇ、さすがに怒らせた、と真は内心冷や汗をかく。
「あーあー」
「逃げてきて正解だったねぇ。」
わーわー騒ぐメンバーを見て、安全地帯にいる雪音たちはのんびりソファに座っていた。
「まぁ、あれは本気で怒ってはないと思うよ。」
「だろうなぁ。若干楽しんでると思う。」
彼女と親友は騒ぎの中心にいる秀人を見て生温かい目でそう言う。
多少は腹は立ってるだろうけど、半分くらいはじゃれてるように見えると。
「2人が言うならそうかも??」
「そういえば、香緒里は絵が上手いのよね?」
「そうそう、めちゃくちゃ上手いのよ。」
「あ、私美術の時に撮った写真あるよ。」
今度は由美がスマホを取りだして、撮った写真を見せる。
そこには、由美そっくりの絵が映っていた。
「うっわ、めっちゃ上手!!」
「髪の毛の細さ、すっごいね。」
「表情もかなり似てるね。」
「えへへ、ありがとう。一応元美術部なので…」
ちょっと照れ臭そうに香緒里は言う。
元美術部でかつ趣味でも絵を書いているためその腕前はなかなかである。
実は中学時代は何度かコンクールで入賞してる程。
本人の性格ゆえに、人に見せたりすることはほとんどないのであまり知られていないが。
「はー疲れた。」
騒ぎから戻ってきた秀人が、香緒里の隣にどっかりと座る。
その後に真と沙世もフラフラとソファに吸い寄せられて座った。
さすがにはしゃぎすぎた、なんて言いつつ、未だに騒いでいる悠たちを眺める。
すると、視線を談話室の入口の方に向けた美愛が大きく手を挙げて振った。
「歩!」
歩と呼ばれたその男子生徒は、丁度美愛に用があったのか近付いてくる。
それに合わせて美愛も少し口元に笑みを浮かべながらそちらの方に行く。
「あれ、真壁先輩。」
「真もここにいたのか。」
「お疲れ様でーす。」
野球部の先輩なのか、真は声を掛ける。
真壁歩というらしい眼鏡をかけた爽やかめの男子生徒は近寄ってきた美愛を見ると微笑む。
「今、話大丈夫か??」
「全然平気やで。向こう行く?」
「じゃあそうしよっか。」
「ほな、ちょい抜けるわ〜」
親しげにする2人。
美愛は香緒里たちに声を掛けると真壁と共に談話室から出ていってしまった。
去り際、真壁と目が合った由美は軽く会釈をし、真壁の方も手を振っていた。
2人が出ていったのを確認すると、沙世は素早く由美に詰め寄る。
「由美、今の男子、誰!!??」
「えーと、私たちの中学の先輩、だよ?真壁歩先輩。」
「それだけじゃないでしょ???」
「えぇぇ……」
「沙世落ち着いて?気持ちはわかるけど。」
グイグイ由美に迫る沙世の両肩を持ち、雪音は引き剥がす。
「だって、美愛があんな嬉しそうな顔して行くとか珍しいじゃない、絶対何かあるって!」
力説する沙世に、雪音や翔太はそりゃそうだけどさーと相槌を打つ。
由美は、微妙な表情をする悠と、いつも通りの笑顔のようで、どこか視線が泳いでいる圭を見つつ、ボソッと呟く。
「美愛ちゃんの、元彼だよ…。」
「もっ……!もとかれ!?」
「先輩の高校受験の頃からなかなか会えなくなって、そのまま自然消滅しちゃったけど……。緑ヶ丘で会ったのは、本当にたまたま。」
そう、説明する。
衝撃的な事実に沙世はもちろん、その場にいた皆動揺している。
もちろん、香緒里も。
「香緒里。」
「ひゃっ…!」
突然耳元で秀人に囁かれ、声を上げそうになるが、秀人の指によって口を閉じさせられる。
「な、なに??」
「圭って、渡辺のこと好きなのか?」
小声で聞き返した香緒里に秀人は周囲に聞こえないボリュームでそう尋ねる。
なんでそれを、という気持ちが顔に出てたのだろう、秀人はちょっと笑って、
「圭の今の表情、それに香緒里や須賀の視線からそうじゃないかなって。」
「さすが、鋭いね……」
「まぁな。しかし、なかなか複雑になってきたな。」
「ほんとにね……」
悠は、「ちょっと部屋行ってくる」と言って出ていってしまったし、圭は圭で沙世たちの会話に混じってはいるものの、事情を知る者からするとやや表情が暗い。
美愛は男子ともよく話すし、悠や圭以外とも軽口叩き合ったりする程度にはフランクな関係を保っている。
だから、沙世の言う通り、あんな表情をした美愛は初めて見た。
まるで、好きな人と話すような、そんな表情。




