2、クリスマスイブ
終業式の翌日はクリスマスイブ。
朝からなんとなく寮の中も浮き足立っているような雰囲気に包まれていた。
美愛と直樹は父方の祖父母の家に行くらしく、同じ方向の由美と一緒に午前中のうちに帰っていってしまった。
香緒里たちは15時頃に香緒里の自宅へ向けて、出発する予定である。
そんなわけで、お昼は鮎川三兄弟と奈津と一緒に食堂でとっていた。
「そういえば、なっちゃんたちは今日どうするの??お家でクリスマスパーティー??」
オムライスを食べる手を止めて、沙世は聞いた。
「ううん、今夜は鮎川グループ主催のクリスマスパーティーがあるから、そっちに出なきゃなのよね。」
「今年は船上って言ってたよな。」
「船上クリスマスパーティー、セレブだねぇ。」
「さすが鮎川グループ。」
奈津に続いて悠が言い、感心したように沙世と真がコメントする。
「そんな雰囲気全然ないんだけど、こういうことを聞くと4人はお坊ちゃまお嬢様なんだなぁって思うよね。」
「感覚としては庶民的だよね。」
「まぁ家はでかいけど、使ってるものとか俺たちに与えられるお金はみんなと変わらないと思うよ?」
香緒里と雪音の言葉に圭がそう答えた。
所謂お金持ちの雰囲気は普段の振る舞いからは感じられない。
唯一普通の高校生と違うように見えるとしたら、亮が仕事をしている社長というくらいだが、これも香緒里たちくらいしか知らない。
本人たちがほとんど公言していないので、鮎川グループの子息だということは知らない者が多いのだ。
「家にでも行かねーと実感湧かないだろうな。」
「春休みあたりに、よかったらみんなで遊びにおいでよ〜。」
「え!!いいの!?めっちゃ行きたい!!」
秀人の呟きに奈津が反応し、提案すると沙世が身を乗り出して言う。
確かに鮎川家の豪邸は見てみたいかも、と香緒里も思う。
どんな家なの?などと話していると、亮のスマホが鳴った。
「…はい、もしもし。あぁ、じゃあ食堂にいるから、そのまま来てもらって構わない。守衛に言えば大丈夫だろう。」
「井口さん?」
電話に短く対応した後の亮に奈津が聞くと、うなづいた。
「今到着したらしい。数分後にはこっちに来るだろ。食べ終えとけ。」
はーいと奈津、悠、圭は返事をする。
「井口さんって、確か亮の秘書の方だよね??秀人の病室に行く時に車出してくれた。」
「そうそう、その人だよ〜。」
香緒里は顔を思い出しながら聞くと、奈津が答えてくれた。
スーツの生真面目そうな背の高い男性だった気がする。
「大体日中この学園の近くにいる。今日はパーティーで着る服を取りに一度家に戻ってもらってたが。」
「亮の専属秘書だからねー学園からあんまり離れられない亮と会社の人達との中継ぎをしてる感じよね。」
「まぁ、そんなところだ。」
「俺らのことも気に掛けてくれるいい人だよな。」
よく忘れ物届けてくれたな〜、と悠は懐かしんでいる。
美愛がいたら、「それはもう秘書じゃなくておかんや」と突っ込まれていそうである。
「お待たせしました。」
しばらくすると、夏に見た時とあまり変わらない井口が食堂に入ってきた。
手にはいくつか紙袋を持っている。
お昼も過ぎ、食堂にはほとんど人がいないため、スーツ姿の男性が入ってきても気にする人はいなかった。
「助かる。親父たちは?」
「お二人は既に会場入りをしています。副社長ご夫妻も現在会場に向かわれるとのことです。」
「俺らもなるべく急ぐか。よし、じゃあ悠と圭はそのまま俺の部屋で着替えて支度するぞ。奈津は大丈夫か?」
亮は立ち上がり、井口から紙袋を受け取る。
その1つを奈津に手渡す。
「うん、多分大丈夫。メイクとかはまだちょっと自信はないけど。」
4人とも、自分たちで支度するらしい。
メイクと聞いた沙世が手を上げる。
「それ、私に手伝わせてくれない??メイクもヘアアレンジも、任せて!」
「いいの……??」
「もちろん!」
「沙世の腕前はなかなかだよ〜メイクとかもめっちゃ上手いから。」
雪音が言葉を添える。
休みの日など、真とデートに行く時などはメイクをして出ていくのを見るが、確かに上手い。
「じゃあ、お願いしようかな。とっても助かる。」
「ついでに香緒里と雪音も来て〜」
「いいけど……??私たちに手伝える?」
「いいのいいの。」
疑問符を浮かべる香緒里の手を沙世は引く。
「食器は俺らが片付けとくよ。なっちゃんそれなりに急ぐんでしょう?」
翔太がそう言ってくれたので、お礼を言って甘んじることにする。
「井口は悪いがしばらく翔太たちといてくれ。」
「承知しました。」
そう声を掛けると、亮は悠と圭と連れ立って食堂を出ていく。
私たちも行くねーと奈津たちも続く。
後に残った秀人たちは、食器を片付け、机を拭いた。
「さて、俺らは談話室で待機が無難だろうな。」
「ご一緒させていただきます。」
「全然いいですよ、せっかくだからゆっくり休んでください。」
秀人は井口と話しながら歩き、真と翔太はそれを追いかけた。
「秀人ってさ、実はコミュ力めちゃくちゃ高いよな??」
「俺もそう思うよ。普段は面倒くさがってるのと、対女子にだけ塩対応なだけで。」
真の問いに翔太は乾いた笑いをする。
本当に底がしれない男だと思う。
---------------
「「「かわいいーー!!!」」」
井口から受け取ったパーティードレスを着た奈津を見て、3人は声を揃える。
淡い桃色のロングドレスで、胸元は詰まり気味でウエストから裾にかけては緩やかに落ちるシルエットが、いつもより奈津を大人っぽく見せていた。
「シンプルだけどすごいかわいい。」
「ちょっとだけ背中空いてるのがまたいいよね。」
「裾のあたりもらふわっとしててかわいいよね〜。」
ベタ褒めの3人に、奈津は少し顔を赤くする。
「もうっ、そんなに褒めても何も出ないよ?」
「ふふふ、ではこのなっちゃんを私がもう一段階、いやもう二段階かわいくするよ!」
奈津持参のものと、自分の部屋から持ってきたメイク道具を沙世は机に並べていく。
「ところで私たちは何をすればいいの?」
「私もメイクはほとんどしないからなぁ。」
未だ手持ち無沙汰な香緒里と雪音が言うと、沙世はビシッとヘアブラシを2人に向けた。
「私が呼んだのは、2人もかわいくするためだよ。なので、2人はこの間私と一緒に行った時に買った洋服にまず着替えてきて。」
「えぇ?」
「デートではないとはいえ、私たちも一応クリスマスパーティーだよ、気合い入れてこ。」
なぜか妙に張り切っている沙世の気迫に押されて、2人は「わかりました……」と返事をして一度部屋に戻るのだった。
-----------
談話室に来た秀人たちは、井口と共に談笑していた。
もう他に人はいなく、貸し切り状態だ。
「新谷様、もうお加減は大丈夫なのですか?」
「えぇ、もうすっかり元気になりました。ところで、俺らに対して様は付けなくてもよくないですか?」
夏、秀人が怪我をして救急車で搬送された際、香緒里たちを病院に連れてってくれたのが井口だった。
その後経過は亮から聞いていたのだろうけど、直接会ったのは今回は初めてだった。
「亮様のご友人ですので、と思いましたが。」
「俺ら様付けされる程立派じゃないですよ、なぁ?」
「まぁなぁ、呼び捨てでなくてもいいけど、もうちょいフランクな感じでいいよな。」
「そうだねぇ。」
秀人が真と翔太に同意を求めると、2人とも頷いた。
「では、新谷さん、と呼ばせていただきますね。」
「まだ若干堅い気もするが……まぁいいか。ところで、井口さんはいつかは亮たちと一緒にいるんですか?」
「そうですね、亮様が生まれた頃からでしょうか。私の父も母も鮎川家に務めておりまして、私は鮎川家所有の敷地の従業員区画の家で育ちました。」
そこで一度言葉を区切り、少し懐かしむように遠くを見る。
「私が高校生の頃、亮様、悠様、圭様、奈津様が生まれました。アルバイト代わりに、お世話係を頼まれたのがその頃です。そこから、お世話係を終えるまで皆様のお傍に、今は次期社長となりました亮様の秘書を務めさせていただいてます。」
「もう人生の半分くらい一緒なんですね。」
自分たちの今の年齢くらいから、30歳を過ぎるまで一緒にいるとなると、相当な年数だと高校生である秀人たちには感じる。
亮たちの昔のエピソードなどを聞いていると、3人が戻ってきた。
「おー全員スーツだ、かっこいいね。」
翔太が素直な感想を述べる。
亮が濃いネイビーのスーツにシルバーのネクタイ、悠がダークグレーのスーツに落ち着いたエメラルドグリーンのネクタイ、圭がブラックスーツにワインレッドのネクタイをしている。
髪もワックスで整えたのか、いつもと分け目が違ったりしている。
「こう見ると、いいとこのご子息ぽさあるな。」
「だろ?」
「ドヤ顔するとかっこよさ台無しだぞ、悠。」
しっかり整えて真顔でいれば、圭や亮同様、イケメンに見えるんだけどな。
と思いつつ秀人は3人の写真をスマホで撮った。
香緒里経由で渡辺に送ってもらおう、悠と圭の援護射撃になるだろ。
「亮はなんかこう、社長感出てるよね。かっこいい。」
「翔太……社長感というか、俺は一応社長なんだがな?」
圭は、ちょっとホストっぽく見えるな……と真は口に出さないもののそう思った。
「そういえば髪のセットは自分たちでやったんだな。」
「圭がこーいうの得意なんだよなー。」
「いい男の嗜みだからな!」
キリッとした圭はふと秀人たち3人を見た。
「3人もこれから彼女たちとクリパなんだろ??ちょっと、整えない?」
ジャケットのポケットからスチャッと小さい容器のワックスを取り出す。
「えーー……」
「さすがに申し訳ないよ。」
面倒くさそうにする秀人に、遠慮しようとする翔太。
いーからいーからと圭はソファに座っている3人の傍に寄り髪を触りだす。
悠はその様子をスマホを弄りつつ眺め、亮は井口と今日のこの後のスケジュールを確認していた。
ほぼセットが終わった頃、女性陣が戻ってきた。
「おーまたせー!!なっちゃん仕上がったよー♡♡」
沙世はグイグイと奈津を前に押し出す。
ショートカットの髪を編み込み、ナチュラルにメイクをした奈津は、ドレスと相まって、普段より数倍大人っぽく見えた。
「ふふふ自信作です。」
「奈津、めっちゃいいじゃん、かわいい!」
「いつもと雰囲気違うな〜!」
圭と悠に褒められてにこにこ「ありがとー」と言い、奈津は続いて亮の方へ行く。
井口と話していた亮は、奈津の足音で気が付き、振り向いた。
そして、少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。
「綺麗だし、かわいい。」
ストレートなその言葉に、奈津はちょっと顔を赤くした後、嬉しそうに笑った。
「おわーー!!亮がデレたー!!」
沙世は小声で叫びながらスマホを構えてシャッターを何度か切る。
香緒里や雪音もニマニマしている。
「なかなか破壊力あるだろ??たまにあるんだよなー」
「あんな表情もするんだな。」
「表情筋心配してたけど、ちゃんとあるんだな。」
「秀人、さすがに失礼では?」
圭曰く、家だと学校にいる時よりあんな感じにイチャイチャしているのを見かけるらしい。
関心したように言う秀人に、翔太が静かに突っ込んだ。
わいわい騒いでいるこちらに気が付いたのか、亮はスっといつもの無愛想な表情に戻る。
奈津は特に気にしていない様子でまた悠たちの傍に戻っていった。
「そういえば、3人ともスーツかっこいいねぇ。」
「ねー。圭はスーツ着るとホストっぽく見えるね。」
真が心の中で思っていたことを沙世は言う。
確かに、スーツを着るとスタイルがいいのが更に際立ち、髪をかきあげる様はホストのように見えなくもない。
三兄弟並ぶと、パーティーでも特に目を惹くだろう。
「香緒里たちも、服と髪型変えたんだな。」
「うん、沙世がやってくれたの。」
服もこの間私が選んだのよ!と沙世が付け加える。
3人は下ろした髪を巻いて、ハーフアップにしている。
香緒里は白のニットワンピース、雪音はネイビーのワンピース、沙世はボルドーのセーターに黒のミニスカート、といつもの雰囲気とはちょっと違った印象である。
「どう……かな?」
「もちろん、かわいいよ?」
窺った香緒里のふわふわになった髪を触りながら秀人は微笑んで言う。
香緒里の顔が真っ赤になったのを見て、今度は楽しそうに笑う。
隣では、翔太と雪音が
「雰囲気いつもと違うけど、かわいいね。」
「翔太もいつもと髪型ちょっと違って素敵」
と言ってイチャついている。
沙世は前髪を少し上げて大人っぽくなった真にちょっとドキドキしながら、
「みんななかなかいい出来栄えでしょ?」
っと真に向かってドヤ顔をした。
「あぁさすがだな、沙世。」
「ちなみに今日の私はどう???」
いつものツインテールではなく、髪をおろして巻いている沙世は少し大人っぽく華やかに見える。
少し視線を逸らしながら真は、
「……かわいいよ。」
と言った。
照れながらも貰えたその言葉に、沙世は満足そうにニコニコ笑った。
クリスマスはまだまだこれから。




