閑話 君のおかげで
俺、新谷秀人は赤ん坊の頃から天才だったと両親は話す。
寝返りも立って歩くのも他の子供より断然早く、生後半年を過ぎたくらいでパパママと言い、2歳になる頃には小学生のように話していたし、文字も一通りを読めていたらしい。
母の仕事の関係で幼稚園から小学2年生までをアメリカで過ごしたのでバイリンガルになり、その頃には高校生レベルの漢字や数学の問題を解いていた。
少しやればなんでも出来てしまったので次々に新しいことを覚えていった。
絵を描くことだけは、どう頑張っても上手くいかなかったが。
その頃からミステリー小説を手当り次第読んでいた気がする。
わからない謎を考えて解いていくのはとても楽しかった。
日本に帰ってきて、日本の小学校に通い始めた俺は相当浮いていたと思う。
いや、アメリカでも変わった日本人だとは思われていただろうが。
「秀人が入るとさー遊び全部勝っちゃうからつまんねぇよなー」
「何考えてるかわかんねぇしなー」
そんなことをクラスの男子が陰で言っているのがしょっちゅう聞こえてきた。
小学生にしては大人びていた俺は、それすらも仕方がないと割り切っていた。
寂しいと悲しいと感じることもなかった。
ただ、弟の秋人が入学してから、校内で会うようになって、気遣う視線を向けられて、少し申し訳ない気持ちはした。
秋人は俺と違って社交的だったから友達も多く、毎日楽しそうに学校に通っていた。
それを妬ましいと思ったことは一度もない。
羨ましい、と思った時期は正直少しだけあった。
でも、弟が楽しく過ごせている事実は、兄としてとても嬉しかった。
高学年になると、武道を習い始めた。
合気道、柔道もやったが、一番上達したのは空手だった。
大会に出る度に優勝をしていたが、接戦になる時もあり、楽しかった。
その大会で、俺は吉崎香緒里に出会った。
香緒里は小学生女子の部で無類の強さを誇っていた。
力強くもきれいなその蹴りは目を引いた。
優勝した彼女の周りには、同じ道場生だろうか、人がたくさんいた。
ただ、笑顔でいるのに、その目はどこか寂しげで冷めたようにも見えた。
空手をしている時とのそのミスマッチが気になった。
気づけば大会に出る度に彼女を探し、目で追っていた。
隣の小学校の同い年の子だとそのうちに知った。
小学6年生の頃、両親に『私立中学に行きたいか』と聞かれた。
確かに学力の高い中学に行けば、もう少し過ごしやすいだろうと思った。
けれど、彼女とはこのまま地元の中学に進めば会える。
もう少し、彼女のことを知りたいと思った俺は、中学受験をしなかった。
そうして、彼女と同じ中学校へ進学。
1年生の頃はクラスが違ったものの、目を引く見た目をしていた彼女は見つけやすかった。
俺と同じように、人間関係に疲れているように見えていたが、実際に近くで見るようになって少し違うことがわかった。
俺はもう人付き合いは面倒くさいので距離を置いていた。
けれど、彼女はきっと苦手であろうに、それでも諦めず、人と関わっていた。
すごいと思ったし、自分も彼女のように頑張れば、もう少し上手くやれていたのだろうかとも思った。
そうして、中学2年生になった。
クラスでいじめが横行し、関わっていないものの見るのもうんざりするくらいだった。
これだから面倒くさいんだ、と思っていた。
けれどあの日。
『いい加減やめたら?』
彼女はいじめを止めようとした。
以前の自分なら静観していたであろう。
けれど、傍観者から変わろうとしている彼女を見て、影響を受けた。
『同感だな、俺も。』
気付いたら口を開いていた。
いじめを見て、俺にも鬱屈とした想いが溜まっていたのかもしれない。
ともかく、そこからは彼女の力になれたらとそばにいた。
多分、もうその頃にはとっくに好きだったのだと思う。
そこからはあっという間だった。
あんなに毎日が退屈で、時間が経つのが遅かったのに。
月並みに言えば、まるで世界が色付いたかのように。
学校に行くことが、初めて楽しみになった。
香緒里はいじめを解決出来たのは俺のおかげと言うだろう。
でも、あの日香緒里が声を上げなかったら、俺は動きもしなかっただろう。
変わろうとした君が、とても眩しく見えたから。
その眩しさに近づいてみたくなったんだ。
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「……ん……?」
目を開けると、寮の談話室だった。
ソファで眠って夢を見ていたのか、と身体を起こす。
いつの間にか、ほとんど人がいなくなっていた。
「あ、起きた。そろそろ消灯の時間になっちゃうよ?」
寝ている俺のそばでずっと読書をしていたのだろう香緒里の顔が、起き上がるとすぐ目の前にあった。
夢の中の香緒里より、少し大人びて、柔らかくなった顔。
思わず抱き寄せ、その肩に顔を埋めた。
「秀人……??どうしたの?何か怖い夢でも見たの?」
「んー?いや、そういうわけじゃないけど。」
近付くと、香緒里の胸の鼓動が聞こえ、少しづつ早くなっていくその音さえも愛おしく思い、抱きしめる腕の力を少しだけ強めた。
付き合う前は、香緒里が幸せでいてくれればそれでいい、と思っていた。
けれど、今は俺が幸せにしたい。
欲張りになったな、と思うけれど、この感情も香緒里に出会わなければ持たなかっただろう。
「香緒里と出会ってよかったなーと思ってただけだよ。」
「えぇ……??急にどうしたの?」
少し頬を染め、きょとんとするその顔がかわいくて。
そっと顔を寄せて、キスをした。
香緒里が照れて顔を更に赤くするまで、あと少し。
君のおかげで、俺の世界は変わったんだ。
今はまだ、面と向かっては言えないけれど。
本当に感謝している。




