6、君だから
圭に向けていた視線を由美は再び下に向ける。
そして少し深呼吸をした後、口を開いた。
「本当に、大したことではないの……。私の気持ちの問題なだけ、なんだけどね……。」
そう言った後に話を続ける。
「私、一人だけ先に受験が終わったでしょ……?それでね、なんか一人で勝手に疎外感……みたいなものを感じちゃって……。みんなはいつもと変わらず、接してくれるのに、変だよね……。」
自嘲気味に由美は少し笑う。
みんなの話の輪に入って行きづらい。
共有出来る話題が今は少ない。
私でなかったら、もっと上手くやれるのではないかと思ってしまう。
「ここは私の居場所なのかな、って思っちゃうこともあって………。
美愛ちゃんが、いなかったら………私は、多分みんなと友達になれてない。こんな素敵な人たちと仲良くなんて、きっとなれなかった、って思うの。」
そんなことない、と圭は口に出そうになる。
でも、安易に否定してしまっては由美の奥底の話は聞けないのではないかと思って、止まる。
「これから……卒業して、一人で違う環境に行っても、友達なんて……出来ないんじゃないか、って……不安にも、思って………ごめんね、上手くまとめられないや………。」
少し声に涙が滲んでいるような気がした。
「ゆっくりでいいよ。まとまってなくてもいい、何でも言って?」
圭が優しくそう声を掛けると、由美は目を閉じ、少し考えた後また続ける。
「私、ね……。美愛ちゃんのこと、大好きなの。親友だと、思ってる。でも………自信を持って、私の居場所だって、思えるのが美愛ちゃんの隣しか……ない。
みんなのことも好きで、大切なのに、本当に私がみんなのそばにいていいのかなって、思うの。私には、何にもない、何の面白味もない………」
言葉に詰まりながらも、由美は自分の中の気持ちを少しずつ吐き出して行く。
モヤモヤとした、ドロドロした、重たくて、めんどくさいであろう、思い。
こんなことを考えてる自分が嫌なのに、考えることを止められない。
「私に………価値ってあるのかな、って………そんな後ろ向きなことばっかり………ごめんなさい、こんなめんどくさい話、聞かせて………。」
由美の自己肯定感がここまで低いのは、過去のいじめのせいなのだろうかと圭は考える。
何をどんな風に言われたのかまではわからない。
けれど、由美の心を追い詰めた要因の一つではあるはずだ。
「由美ちゃんは、由美ちゃんが美愛の友達だから俺たちが仲良くしてると思ってるの?」
「うん………。」
圭が聞くと、小さくそう返事が返ってくる。
圭は少し屈んで由美と視線を合わせた。
「俺はね、由美ちゃんが美愛の友達だから好きなわけじゃないよ。由美ちゃんだから、好きなんだよ。」
声のトーンを柔らかく、優しくそう言うと由美は視線を上げて圭を見た。
「私だから……??」
問い返されて、圭は自分の言葉を頭の中で反芻してちょっと固まる。
待って、さっきの言い方だと告白みたいになってないか……!?
「そう………俺だけじゃないよ、みんなだって、そう。」
動揺を上手く隠して、言葉を付け加えた。
好きな気持ちに間違えはないが、伝えるのは今じゃない。
「確かにきっかけは美愛と一緒にいたからなのかもしれない。でもね、由美ちゃんが今こうして俺たちと一緒に話して、出掛けて、遊んでってしてるのは、友達になったのは、他の誰でもない、由美ちゃんだからだよ。」
重ねて伝える。
圭にとっても、みんなにとっても由美は美愛の付属品では絶対ない。
「由美ちゃんが、優しくて温かくて、友達思いで、真面目で一生懸命なところ、みんな知ってる。そんな由美ちゃんに価値がないわけない。」
そう言い切る圭に、ついに由美の目から涙が溢れた。
そんな優しいことを言われるとは思っていなかった。
美愛以外にも由美のことをちゃんと見てくれている人がいるなんてことも、思ってもみなかった。
「ごめんね………泣くつもり、なかったのに……。」
「気にしないでいいよ。ずっと、我慢してたでしょ?」
ポケットからハンカチを出して由美に渡す。
ありがとう、と呟いて由美は受け取り、目に当てる。
受験が終わって少しした頃から、なんとなく違和感はあった。
でもきっと由美のこの想いは3年間ずっと根底にあったのだろうと思う。
「私……ね……多分、怖い、んだと思う……。せっかく居場所を手に入れても……またそこから外れるんじゃないか、嫌われたらどうしよう………卒業して、バラバラになったら、なくなっちゃうんじゃないか、とか、色々……。」
今のこの環境はとても居心地がいい。
みんな優しくて、一緒にいて楽しくて、幸せで。
この3年間が幸せだったからこそ、怖いのだ。
卒業したら確実に今のようにずっと一緒にいられない。
別の所にみんながいってしまったら、由美に会いたいと思ってくれる人なんて、美愛以外にいるのだろうか、と。
会ってくれるのだろうか、と。
一度口にした不安な思いは、後から後から溢れ出ていく。
こんなに話すつもりはなかったのに。
それでも圭は静かに聞いてくれている。
「卒業したら確かに今までのようには会えないよね……。でも、何だかんだみんな理由をつけて集まるんじゃないかなって思うよ。もちろん、そこには由美ちゃんは絶対いる。」
こちらを見る由美に圭は優しく微笑んで、続ける。
「少なくとも俺は……卒業しても由美ちゃんに会いたいって、思ってるよ。」
「ありがとう……。」
瞳がまた潤む。
涙が零れるのを我慢しつつ、少し表情を緩める。
「圭くんは、優しいなぁ……。」
「……俺が言ったことはお世辞でも綺麗事でもないよ、本音だからね。みんなも、同じように言うと思うよ。」
「そう……なのかな……。」
由美が由美だから友達になったのだと言ってくれたその言葉を信じてもいいのだろうか。
確かにこちらを見つめる圭の目に嘘や誤魔化しはないように見える。
自分に自信はない。
けれど、圭の言葉は信じてみたいと思った。
「もし……みんなのところに行くことに遠慮があるならさ。俺に会いに行くって名目でもいいよ?」
圭はそう、いつもの調子に戻ってウィンクして言う。
それを見て由美はちょっと笑った。
「待ってるよ、由美ちゃんのこと。」
少しだけ、本音も混ぜてそう言う。
「ありがとう、圭くん。」
外に出た時より少しだけ晴れた表情をして、由美は微笑む。
「やっぱり、ちょっと冷えてきたね……帰ろうか。」
「そうだね……。あの、話、聞いてくれてありがとう。」
「そんな、大したことはしてないよ……むしろ、話してくれてありがとう。」
二人は顔を合わせて少し笑った後、寮へと向かう。
由美のことが好きで、大事だから本音を伝えたい。
どれくらい圭の言葉が伝わったかは分からない。
本当はこれは圭だけの言葉だけでは解決しないのだろう。
それでも、言葉を尽くして伝えたいと思ったのだ。




