8、溢れる
秀人や翔太より少し遅れてA組での仕事を終えた悠はE組の教室へ向かった。
教室へ顔を覗かせた悠に美愛は直ぐに気が付き寄ってくる。
「早いな、もう終わったん?」
「丁度人の波が落ち着いたからな、上がらせてもらった。腹減ったしなんか食いに行こ。」
「ええな。由美と圭にも声掛けて来るわ。」
そう言って美愛は2人を呼びに行く。
E組の中はそれなりに人が入っており、賑わっていた。
「あれ?悠だ。今日は早いんだね。」
今度は奈津が気が付いて寄ってくる。
「奈津はもう上がり?」
「うん、もう終わりーなんだけど、亮がまだ抜けられないっぽいから教室で待ってようかなって。」
「一緒に行くか?」
「ううん、大丈夫。先に楽しんできて。」
邪魔しちゃ悪いしねーと奈津は言う。
邪魔ってことはねーんだけどな………そもそも圭と須賀もいるし。
と悠は思ったが、奈津が亮を待つというならそれでいいのだろう。
多分付属で直樹もついてくるだろうが。
「ほな行こか。」
美愛が由美と圭を連れて戻ってきたので、連れ立って教室から出る。
「何食べるー?」
「昨日模擬店の方行ったしなーとりあえず下の階行くか?」
ナチュラルに悠と美愛が並んで歩き出したので、必然的に圭は由美と歩くことになる。
いつもこのメンバーだとプラスで直樹がいることが多いので気にしていなかったが、4人だと文化祭ダブルデートに見えないか………??
と圭は気付く。
いや、変に意識するとよくない、動揺する。
なんとか平静を保ちつつ、由美に話を振ろうと思っていると、由美が圭の袖を引く。
え、何それかわいいんだけど。
と思っていると由美は小声で、
「なんか、若干昨日から美愛ちゃんの様子が変なんだけど……なんか知らない?」
と言ってきた。
小声のため、必然的に距離は近くなる。
必死で保とうとしていた平静が危うく崩れそうになる。
が、由美の美愛に向ける視線が心配そうだったので、ちょっと冷静になる。
「うーん………ごめん、俺も知らない。けど、多分悠関係だろうな、ということだけはわかる、かな。」
何となく美愛と悠……というより美愛からの悠との距離の取り方が違うのは昨日から気になってはいた。
悠自身は気付いているのかいないのか、努めていつも通りにしてるように見えたが。
「で、俺の予測にはなるけど、いい?」
「うん、大丈夫。」
「多分……これ、なんじゃないかな?」
圭は視線を周囲に向ける。
外部の女子学生や女性たち、そして緑高の後輩たちが悠をチラチラ見ているのが由美にもわかった。
もちろん、圭にも向けられているが。
「ヤキモチ、みたいな感じ?」
「多分。最近急激にモテだしたからね。」
悠本人はさっぱり気に止めていないが、美愛は悠を見ている女子たちを少し気にしている素振りがある。
割りとさっぱりしてるタイプなので、付き合いの長い由美としても、美愛がヤキモチを妬くというのは意外に思えた。
そういう理由であるのならば、由美の出る幕はない。
悠に何とかしてもらう他方法はないだろう。
「美愛が話して来たら、聞いてあげればいいんじゃないかな?」
「うん……そうだね、ありがとう。」
そう言った圭に、由美は少し笑って応えた。
4人は2年生や1年生のカフェやテイクアウトの軽食を巡り、お腹を満たした。
次はどうするか、と廊下の端で立ち止まって相談していると、悠と圭が声を掛けられた。
「あれ?圭くん、と悠!?久しぶり〜!」
二人が揃ってそっちを見ると、女子高生二人組がいた。
「え、知夏!?なんでここにいるんだよ?」
「知夏ちゃんか、久しぶりだね。」
そのうちの片方と知り合いらしく、二人はそう言った。
中学の同級生だろうか?
「奈津や悠たちに会えるかなーって思って。」
「てか遊んでて大丈夫なのかよ?受験生だろ?」
「それは悠もでしょ?私はほら、高校は外部受験して大学までエスカレーター式の高校行ったから大丈夫。」
「うわー羨ましー。」
親しげに悠と、知夏と呼ばれたその女子は話す。
「で、この子はその高校の友達。」
「知夏から話は聞いてます〜。けど、話と違くない?」
一緒にいた女子はそう言って話に加わる。
「知夏………なんて話してたんだよ。」
「えー?小さいとか?」
「お前……もっと言い方あるだろ。」
「だって実際小さかったじゃん。こんなに身長伸びてイケメンになってるとは思わないじゃない?」
悠の少し後ろにいた由美は隣に立つ圭を見て、少し声のトーンを落として聞く。
「悠くんが、なっちゃん以外の女の子を名前で呼んでるの珍しいね…?」
「あー、あの子苗字が佐藤でさ。悠と同じ男バスでマネージャーやってたんだけど、男バス内に佐藤が何人かいたんだよね。それで、名前で呼んでたみたい。」
美愛にも由美と圭の話は聞こえていた。
理由があるのはわかった、けど……。
うちのことは未だに名前で呼んでくれへんのになぁ、なんていう思いが頭を過ぎってしまう。
「ところで、そっちの子たちは友達?」
知夏は美愛と由美の方を見て悠に聞く。
悠は一歩下がってやり取りを見ていた美愛の腕を引いた。
「いや、こっちは俺の彼女。」
「え……彼女?」
美愛はその間と、少しだけ揺らいだ視線と、先程までのやり取りを見て確信した。
この子、悠のことが好きなんやろうな、と。
「えー嘘!あの恋愛に興味なかった悠に彼女??」
「嘘ついてどうすんだよ、マジだよ。」
「男バスのみんなに言ったらびっくりしそうだわー。」
知夏は何事もなかったかのように、そう反応した。
そして、奈津と亮くんは元気?と話を続ける。
彼女と明言してくれたのは嬉しい。
嬉しいが……。
中学時代、悠のことが好きな子がいてもおかしくはないだろうとは思っていた。
まさか、目の前に現れるとは思っていなかったが。
この子は美愛の知らない悠の中学時代を知っている。
仕方がない、出会ったのは高校にはいってからなのだから。
そう思うが、どうしてもモヤモヤした思いは晴れない。
やり取りを見ているとかなり親しかったのだろうということがわかる。
だから、尚のことモヤモヤした。
圭は表情を少し曇らす美愛と、その美愛を心配そうに見ている由美を見た後、悠に声を掛ける。
「悠、そろそろ移動しないか?体育館のステージ見るなら行かないと。」
「あぁ、そうだな。んじゃ、俺ら行くから。」
「たまには連絡返してよねー。」
「気が向いたらなー。」
そう言って手を振って知夏たちと分かれた。
知夏たちは3年の教室に行くらしく、階段を上って行った。
「じゃ、行こうか。」
圭は再度声を掛け歩き出し、由美はその隣に並ぶ。
悠と美愛もその後ろについて行く。
「……渡辺?」
黙っている美愛に、悠は声を掛ける。
「……仲、良かったん?さっきの子と。」
「あぁ、知夏?んー、まぁ同じ部活だったしそれなりに話してはいたけど。」
「ふーん……そっか。」
煮え切らない返事をする美愛の顔を悠は見る。
知夏、か……。
こんなことでモヤモヤしている自分が嫌だし、気付かれるのも嫌で。
視線を逸らした。
「気になるか?」
「別に、気にならへんわ!」
核心を突かれそうになった美愛はキッと悠の方をちょっと睨んだ後、その場から逃げ出した。
「あ、おい渡辺!?悪い、ちょっと行くからなんか適当に行ってて!」
悠もそれを追い掛けて走り出す。
圭と由美は二人の走って行った方向を見つめる。
「美愛ちゃん、キャパオーバーだったんだろうなぁ………。」
「そんな感じだね。」
悠なら大丈夫だとは思うが。
「……中学時代の悠はさ、恋愛のれの字も興味無いくらいだったんだよね。」
圭は思い出すようにそう話す。
「だから、こんな風に一人の女の子に一生懸命になるなんて想像つかなかった。
さっきの子……知夏ちゃんとも仲良かったんだよ、多分女子の中では一番。好きなのかなって思ったこともあったくらいに。でもそういうんじゃなかった。」
「つまり、美愛ちゃんはそれだけ悠くんにとって特別ってこと?」
「一目惚れの初恋だからねぇ……。」
それはそれは大事にしている、と圭は思っている。
中学時代の圭が見たらびっくりするくらいの変化だとは思う。
さて、どうしようかと思い、二人が去った方向から由美に視線をずらし、はたと気が付いた。
………これ、完全に二人きりでは……???
いや、さすがに無理……!
無理、だし、多分由美ちゃんは人目を気にするから二人きりで周るのはよくない。
どうするか……と悩んだ末、
「えーと、奈津に連絡してみようか……?」
「そうだねぇ、それがいいかな…?」
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美愛は人を避けながら校内を走っていた。
普通に走れば悠の方が断然速い。
だが、人混みの中をかき分けて走るとなると、さすがの悠でもなかなか追い付けない。
美愛が逃げ出した理由は、正直しっかりとは分からない。
モヤモヤしてるのだろうということだけはなんとなくわかったが。
分からないけれど、悠は反射的に追いかけた。
前にもこんなことあったな……と一年半前の出来事を頭の片隅で思い出した。
校舎を出ると、美愛は寮の方へと向かって行く。
寮に向かうにつれ、人は減っていく。
文化祭では使用していないので当然と言えば当然なのだが。
人混みから抜けたことにより、美愛の走るスピードは上がるが、同時に悠のスピードも上がる。
「おい、待てって!渡辺!」
走りながら声を掛けるも美愛は止まらない。
「………っ美愛!!」
そう、呼び掛けるとようやくスピードが落ち、悠は追い付いた。
いつの間にか、寮の前まで来ていた。
二人の他には誰にもいなく、校舎の方とは打って変わって静かだった。
悠はそっと美愛の腕を掴む。
「なんか……溜めてること、あるだろ。」
「それは………。」
振り向いた美愛の目を悠は見据えるが、美愛は目を逸らす。
「……引かへん?」
「俺が引くと思うか?」
「…………思わへん。」
美愛が言ったところで悠は幻滅などしないだろう。
それは、わかっている。
そういう人じゃないってことくらいは。
これは、美愛自身の問題だ。
「………うち、ヤキモチなんて妬いたことなかったんや。歩と付き合ってた時も、好きな人がいた時も。モヤモヤなんて、したことなかった。」
美愛はようやくそう話し出した。
「なのに、最近ずっとモヤモヤしとる。悠が、うちの知らない子と話してたり、他の子らに見られてたりするだけなのに………。こんなこと、今までなかったのに。どうしたらいいかわからへん。」
泣きたくないのに、徐々に感情が昂ってきて、涙腺が緩まっていく。
胸の内を話せば話す程、涙がこみ上げてきた。
「………挙句、なんでうちのこと名前で呼んでくれへんのやろ、とか、余計なことまで考えて………。」
一粒涙が零れると、後から後から止まらなくなってしまった。
「……あんたのことばっか、考えとる………もしかしたら、うちばっかり好きなんやないかって思って …っ」
黙って話を聞いていた悠は美愛を引き寄せ抱き締めて、キスをしてその口を塞いだ。
いつもより長い。
そして深いキスをする。
初めてのそのキスに、美愛は頭の中がいっぱいいっぱいになる。
しばらくして、ようやく離れた頃には息も切れ、顔も真っ赤に染まっていた。
「悠………?」
「全っ然伝わってねーみたいだから改めて言うけど。」
少しだけ荒くなった息を整えて、悠は美愛の目を今度こそ捕らえる。
「俺はお前のことめちゃくちゃ好きだからな?初めて会った時からずっと好きだし、その後もどんどん好きになってるし。なんなら付き合い出してからは更に好きだし。」
真っ直ぐに飾らずに悠は美愛に向かって言う。
「笑ってる顔も、怒ってる顔も、泣いてる顔だってかわいい。好きな子が無条件に傍にいてくれて、俺だけに見せるかわいい顔があって、なんならヤキモチも妬いてくれる。そんな幸せなことあるか?」
悠は優しく笑って、美愛の髪を梳く。
「俺はお前の………美愛の隣が一番好きなんだよ。一番一緒にいて楽しいし、安心する。……伝わったか?」
言葉を尽くして優しく優しく悠は伝えた。
美愛は別の意味でいっぱいいっぱいになり、更に顔を赤くする。
「つ、伝わった………けど、あかん、そんな言われたら無理………!」
瞳を潤ませ、赤くなりこちらを見上げる美愛は正直めちゃくちゃかわいい。
「かわいい。」
「あほ………。」
そう呟くと、そのまま悠の胸に顔を埋めた。
悠は優しくその頭を撫でる。
「うち、こんなに人好きになったことない。」
「そりゃ俺だってそうだよ。そもそも、初恋だし。」
「……なんで、うちなん?」
一目惚れだというのは知ってる。
でも……
「悠の好みと違うやろ?」
「いや、まぁそうなんだけど……なんだろうな。わかんねぇ、でも見た瞬間から気になって、かわいいって思った。そっから、もうずっと好き。」
「そっ……か……。」
とりあえず、自分と同じくらいか、それ以上に好かれているのだということはよくわかった。
美愛は珍しく、自分から抱きついた。
少し驚いた顔をした後、悠は抱き締める。
「悠………もう一回、キス、してくれへん……?」
その言葉を聞いて、悠は一瞬フリーズした。
それは、ダメだろ……。
そう思いつつも、そのかわいいお願いに抗えるわけなく、キスをした。
先程よりも更に深く長く、キスをする。
止める理由も、止まらないといけない理由も、ない。
ようやく離れた後、悠は美愛の肩に額をつけた。
「あーもう、ほんと……あんまかわいいこと言うなよ……。」
「別にそんなつもりはないんやけど……あかん?」
「……ちょっとあかん。」
今度は悠の方が顔が赤い。
美愛はそれを見て、ちょっと楽しそうに笑った。
モヤモヤしていたものはすっかりなくなっていた。
ようやく笑顔になった美愛を見て、やっぱり笑った顔が一番かわいい、と悠は少し目を細めて思った。




